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演じる

作者: 保野透香

澤野衿子様


 ついこの間、美しい紅葉のニュースを盛んにやっていたのに、もう銀杏の葉も全て散ってしまいましたね。季節が過ぎるのは早いものです。


 何しろ、私とあなたが高校を卒業してからもう六年も経つのですから。あれから、どうしていますか。卒業式のときには、あれほどまた会おうと約束したのに、結局その機会が持てずにいますね。元気にやっていることを祈っています。

 私は念願かなって希望の大学に合格したあと、あの由緒ある演劇サークルに入ることができました。ここまでは、至極順調だったのです。そう、ここまでは。


 私が今回、あなたに向けてお手紙することにしたのは、それから私の周りで奇妙なことが続くようになったからなのです。


 学部の一、二年のころは、同期の仲間たちとときには喧嘩もしましたが、楽しく芝居をしていました。演じることの面白さと難しさを今まで以上に体験できた、濃密な時間だったと思います。けれど、思えばこのころから兆候はあったのでしょう。


 学年が上がり、私たちの代がサークルの中心メンバーになるにつれ、同期たちとの仲が険悪になっていきました。けれど、これはそう珍しいことではありません。うちのような大所帯の演劇サークルには、よくあることでした。

 対立の結果、私は何人かのメンバーとともにサークルを去り、学生劇団を作ることになりました。もちろん、私は劇団の中心メンバーです。また充実した時間を過ごせる、そう思っていました。


 けれど、感じるのです。私だけがここから弾かれ、浮き上がっている。そんなことを、なぜか感じるのです。


 私は、疎外感につきまとわれるようになりました。次の公演について話し合っているとき、稽古の最中、そんな何気ないふとした瞬間に、私以外の劇団員たちは、意味ありげに視線を交錯させるのです。けれど、私に気付かれたと知ると、さっと知らんぷりをしました。


 最初、私は気のせいだと思いました。または、私のやり方に不満があるのかもしれない、とか。それならそれで構わないと、私も無視するよう努めました。

 それでも、同じ中心メンバーまでが似たような振る舞いをしてくるとなっては、そんなことを言ってはいられません。私は何度も話し合いの機会をもうけました。しかしそのたび、なんのことかと怪訝そうにはぐらかされるばかりです。


 おかしい。そう思っていても時間は流れます。やがて私は大学を卒業し、バイトをしながら劇団員生活を送るようになりました。


 そうするうちに、どんどん交わされるアイコンタクト増えていきます。それでも彼らは、何もやましいことはないと、問い質す私に決まって言いました。そして、どうしてもそれが嘘をついているようには見えないのです。


 私は一体、どうしてしまったのでしょうか。私の周りでは、何が起こっているのでしょう。


 彼らは、役者です。もしかしたら彼らは、私ひとりだけを観客にして彼らだけの芝居を、ずっと演じ続けているのかもしれない。そんな疑念が止められないのです。止めることが、どうしてもできないのです。


 ねえ、衿子。私、どうしちゃったの。しっかり者で実力もある頼りになる部長、もう衿子がそう言ってくれた私じゃない。

 これがいいって、応援するって、衿子は言ってくれたのに。


 だけど私、おかしくなってる。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 眠れないのいつも頭が痛いのだるいの気持ちが悪いのはきそうなの何も聞こえなくなるのなのにあの視線だけは分かるのいつも感じるのひとりでいても分かるの離れられないの。


 怖い。


 たすけて、えりこ



*******************



 そこで、ぷつりと終わっていた。

 筆跡はあとに行けば行くほど乱れている。彼女の心情がそのまま反映されたのだろう。

 高校時代の友人からの六年ぶりの手紙には、彼女のせっぱつまった心のうちが切々と綴られ、かつて高校の演劇部で部長を務めていたときの快活さはどこにもなかった。


 半月後、手紙を読むだけ読んで放っておいたら、彼女の訃報が届いた。

 自殺だという。才能に限界を感じた彼女は、ノイローゼになり自ら死を選んだのだと聞いた。

 やっぱりね、と私は思う。


 やっぱり、こうなると思ってたわ。だって、あなたって独りよがりの馬鹿なんだもの。演劇なんて、一生かけてやるものじゃない。あんなお遊びができるのは、学生のうちだけ。なのにあなたってば、夢なんか見ちゃうから。

 私が、自分の夢を追いかけるのが一番いいと思うって言ったの、信じちゃうんだもの。ねえ、私はあなたが大嫌いだからそう言ったのよ。でもあなた、そんなこと気付きもしなかった。


 私があなたの親友を演じてたなんてことは、少しも。


 黒いふちの向こうであなたは、内心で独白する私を無表情に見ていた。





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