……元カノ?
◇
「もう昼時だな。休憩がてら、飯でも食いにいくか」
魔緒の提案により、二人で昼食を摂ることになった。とはいえ、(魔緒の奢りではあるが)近所のファストフード店なのだが。魔緒と最初に会ったときにも来たが、正直ここはそんなに好きじゃない。安さだけが売りのチェーン店で、商品の質が低いからだ。
「まあ、そんなに高いところじゃないからな。好きなもの頼んでいいぞ」
そりゃまあ、選択の自由くらいないと、ただのけちだからな。というわけで、俺は一番高い「ジャンボ照り焼き(定価四百五十円)」を選んだ。因みに魔緒は一番安い「オリジナルバーガー(定価百円)」を、四つも買ってた。
「そんなに食うのかよ……」
「お前も、同じの三個くらい食ってもいいんだぞ?」
いや、さすがにそこまで腹減ってないし。……もしかして、沢山食べるから、単価の低いこの店を選んだのか?
「まあ、本格的に魔術を使うようになれば、すぐに大食い体質になるだろうからな。今の内に、食事のやり繰りは考えて置けよ」
つまり、魔術師ってのはそんなにカロリーを消費するのか。体重と戦う女の子も食事制限しなくてよくなるし、そういう意味では嬉しいのかもしれないが……俺の場合は、食費の負担増のほうが痛いけど。
「訓練の間は奢ってやるぞ。昼食手当ても出るしな」
福利厚生が手厚いな、おい。その辺の会社に勤めるよりいいんじゃないのか? 俺も将来、魔術師として働こうか……。
「因みに、基本的な任務は時間外労働だ」
……やっぱ、もう少しだけ考えよう。いくらなんでも、休日出勤とか普通にあるのは嫌だ。そう考えると、魔緒がどれだけ俺のために働いてくれてるのかがよく分かるのだが。
それはそれとして、俺たちは適当な席に着き、軽い昼食を摂り始めた。「ジャンボ照り焼き(定価四百五十円)」は、一番高いだけあってそこそこうまかったが、やっぱり他の店のほうがいい。ってか、昼食手当てが出るならもっといい店行けよ。
「? どうかしたか?」
「……いや」
とはいえ、奢ってもらっている身だ。贅沢は言うまい。
「あ、もしかして陰陽君?」
食事を始めて数分後。ハンバーガーを殆ど食べ終わった頃に、魔緒が誰かから声を掛けられた。
「久しぶり。元気してた?」
話しかけてきたのは、黒髪が綺麗な女性。店内なのにニット帽を被って、けれどもコートは脱いで、腕に掛けていた。化粧が少し濃いけど、普通に美人だ。ちょっと大人なお姉さんって感じで。
「……もしかして、綾川か?」
「あら、覚えててくれたんだ」
そんな彼女を見て、魔緒は驚いた様子で尋ねていた。こいつの知り合いなのか? 美人の知り合いばっかりだな、この男。
「ご一緒してもいいかしら?」
「ああ」
テーブル席で魔緒と向かい合って座っていた俺は、魔緒の隣に移動した。そして、さっきまで俺がいた席に、綾川という女性が座る。魔緒の知り合いみたいだし、向かい合ったほうがいいだろうという、俺なりの配慮だ。
「懐かしいな。中学以来か」
「そうね。それくらいになるのかしら」
話を聞くに、中学時代の知り合いみたいだ。……元カノ?
「ああ、紹介する。中学時代のクラスメイトで、綾川雲母だ。で、こいつは浜荻琢矢。MMORPGで知り合って、今二人でオフ会をしていたところだ」
俺のことは、オンラインゲームで知り合ったことにしたみたいだ。まあ、それが無難だわな。どう考えても接点なさそうな二人だし。
「ふーん。陰陽君、ゲームなんてするんだ」
「昔から割と嗜んでるぞ」
ゲームは嗜むものなんだろうか? っていうか、ほんとにこいつ何歳だよ? 確か、小学生の娘が二人いるとか言ってたよな?
「相変わらずみたいね」
「お前は変わりすぎだ。一瞬、誰だか分からんだぞ」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
そんなことを考えている間にも、二人はなんだかいい雰囲気になっていく。やっぱり付き合ってたんじゃねぇの?
「ほんと、よく私のことなんて覚えてたわね。殆ど接点なかったのに」
「それを言うならお前もだ。よく俺のことなんて覚えてたな」
「だって、陰陽君は目立ってたから」
あれ? 彼氏彼女じゃなかったのか? ほんとにただのクラスメイトだったんだろうか? にしては、お互いにちゃんと相手のことを覚えてたみたいだけど。……まあ、綾川さんも言っているように、魔緒のほうは凄く目立つから分かるけど。
「それに、接点くらいあっただろ。席が隣同士だったじゃないか」
「そうね。……あなたが隣だったあの時期が、私には一番の青春だったわ」
「そうか」
……なんかシリアスな話みたいなので、終わるまで大人しく待っていよう。まだドリンクも残ってるし。
「ねえ、陰陽君は今、どうしてるの? もう結婚した?」
「一応、娘が二人いる」
「あら残念。独身だったら、彼女にしてもらおうと思ったのに。……それとも、不倫のほうがいいかしら?」
ふ、不倫って……。いきなり何の話だよ?
「冗談はよせ」
「あら、結構本気で言ったんだけど」
おいおい、雲行きが怪しくなってきたぞ……まさか、所帯持ちの男を口説く場面を、この目で拝めるとは思っていなかったぜ。
「あんまりふざけてると怒るぞ」
「やだ怖い。そこまで冷たく突っぱねなくてもいいじゃない」
どうやら、魔緒は惑わされなかったみたいだ。……ふぅ、さすがに目の前で不倫成立は後味悪いからな。
「さてと、そろそろ行くぞ」
すると、魔緒が席を立った。今のやり取りで気を悪くしたのか?
「もしかして、怒っちゃった?」
「いや、俺はそもそもこいつが食べ終わるのを待っていただけだ」
そう言って、俺のことを指差す魔緒。紛らわしいっての。っていうか、本当は席を立つ口実に使ったんじゃないのか?
「じゃあな」
「ええ。また会いましょう」
そうして、俺たちは店を出た。
「……ほんと、相変わらずね、陰陽君は」
魔緒たちが去った後、綾川という女性はハンバーガーの包みを開いていた。
「でも、そこが彼の魅力なんだけど」
過去の記憶に思いを馳せながらジャンクフードを食す彼女は、そう、まるで―――恋する、初心な乙女のようであった。
「……けど、私に楯突くなら容赦はしないわ」
純粋な想いであるがこそ、それは時として、歪んだ愛へと姿を変える。愛情が憎悪へと変貌を遂げることなど、人類誕生以来、幾度となく繰り広げられてきたことなのだから。