優香の―――妹の身に危険が迫ってるって言うなら。妹を守るのに力が必要なら、俺は何だってする。何をしてでも、妹を守る
……魔術の訓練中である琢矢は。
「このリストバンドをつけている間だけ、「雷切」が発動できる。基本は利き腕につけて、その上で導電性の得物を握れば使用できるようになるから、後は昨日の要領で回路に魔力を込めればいい。ま、とりあえずはやってみろ」
魔緒はそう言って、俺にリストバンドと鉄パイプを手渡してくる。それはそれとして、俺は疑問を一つ、魔緒にぶつけることにした。
「そういえば、何で今日はほのかさんがいないんだ?」
「昨日も途中からいなかっただろ?」
あ、そういえば……って、それは答えになっていない。確か俺は、ほのかさんが先生だと聞いていたんだが、すっかり魔緒が先生気取りじゃないか。
「ってかまあ、ぶっちゃけ俺一人でなんとかなりそうだったから、あいつにはサボタージュしてもらった」
「おい」
仕事じゃないのか? 後輩をそんな簡単にサボらせるなよ……。
「ま、あいつの場合はちゃんと理由があるしな。別に問題ねえよ」
「理由?」
「その辺は本人に聞いてくれ。俺の一存で話せることじゃない」
理由、か……あの元気で可愛いほのかさんにも、色々とあるのかもな。俺みたいに。
「さ、試しに使ってみろ。無事に使えたら、次は「雷切」の使用を前提とした戦闘訓練な」
「……よし」
とりあえず、俺は右手にリストバンドをつけて、鉄パイプを握ってみた。後は昨日の要領で、リストバンドに魔力を送る……っていうのが未だによく分からないから、どちらかと言えば、リストバンドをしている辺りに力を込めると表現したほうが正しいかもしれない。
「……ほぅ。やっぱり、お前は才能があるのかもな」
魔緒が感嘆の息を漏らしながらそう呟く。……ってことは、うまくやれてるのか? 俺って、ほんとに天才なのかも。
「しかし、術式自体は安定しているが、制御は完璧でないな。まだ十分な電子制御が出来ていない。もっと鉄パイプに神経を通わしてみろ」
神経を通わすって、どんなんだよ……? 鉄パイプにも魔力を流せってか? とりあえず、力の入れ方を変えてみる。
「出力が落ちてる。術式を維持したまま鉄パイプに効率よく電流を通せ。魔力を流す神経はリストバンドに、電子を流す神経は鉄パイプに意識を向けろ」
違うのか? なら、リストバンドに力を込めつつ、鉄パイプに意識を持っていけば……って、難しいな。
「出力が不安定になってるぞ。電圧と電流は一定に、鉄パイプ上に直流直列回路を描くイメージで」
直列回路っていうと、電池に電球を真っ直ぐ繋いだ奴だよな。じゃあ、電球を鉄パイプの先端だと思えば、上の面を通って先端(電球)に流れ、下の面を伝って腕(電池)に戻ってくる感じなのか?
「そしたら次は出力を徐々に上げろ。同時に電子の通路も拡張するんだ。ただし、行きと帰りがぶつからないようにな」
だぁ~! 注文が多すぎるっての! そんなに一度に出来るかっての!
「複数のプロセスを一度にこなしてこそ魔術師だぞ?」
魔術師への道のりは険しい……っていうか、ちょっと挫折しかけたぞ。
◇
「とりあえず、少し休憩するか」
一時間後、ようやく休息を取ることが許された。疲労が溜まっていたこともあって、俺はその場に倒れ込んでしまう。
「つ、疲れた……」
魔力ってのを使ったからなのか、全身がとんでもなくだるい……。魔術師って、いっつもこんなに大変なことしてるのか?
「お前、ほんとによくやるよな」
そんな俺を見て、魔緒がそんな言葉を掛けてきた。
「普通なら、ここまでしんどい思いをしてまで訓練しようなんて気にはならないぜ。そもそも、いくら妹のためとはいえ、こんな眉唾物の話を信じるってのも、はっきり言っておかしいし」
「……だよな」
正常な奴なら、そんな漫画の世界みたいな内容を鵜呑みにして、こんな新興宗教紛いのことをしたりはしない。……けど、俺にはそれくらいやってのける理由がある。
「けどさ、優香の―――妹の身に危険が迫ってるって言うなら。妹を守るのに力が必要なら、俺は何だってする。何をしてでも、妹を守る」
「あんなこと」があってから、俺は誓った。優香を守るためなら、どんなことだってやってやると。そのためならば、このくらいのことはお安い御用さ。
「なるほど。根っからのシスコンなんだな」
「……まあ、根っからっていうか」
実は、俺がここまでのシスコンになったのは「あんなこと」があったからだ。それまでの俺は寧ろ、優香のことを疎んでいたんだ。いつまでもベタベタ甘えてくる妹にうんざりで、正直邪魔だった。それが、今では立場が逆だ。
「……何か、言いたいことがあるなら、今の内に言っておけ」
そんな俺の胸中を察したかのように、魔緒はそう言った。……こいつ、勘がいいにもほどがあるだろ。
「ったく……隠してても、仕方ないのかもな」
こいつには全部、見抜かれているような気がする。だからというわけではないが、俺は魔緒に全て話してしまうことにした。……いや、もしかしたら、俺自身が誰かに聞いて欲しいのかもな。何せ、長い間抱えてきたことだ。こういう知り合ったばかりの相手に話したことなんて、ないしな。
「元々俺は、妹のことなんか見向きもしなかったんだ」
「ほぅ。それは意外だな。高所恐怖症なとび職くらいに」
どんな例えだよ……って、そんなことはどうでもいい。本題はここからだ。
「けどさ……もう、三年前になるか。優香が―――妹が、誘拐されたんだ」
いつもの平日だった。俺は学校から帰った後、友達と外で遊んでいた。夕方になって家に戻ると、母さんが珍しく慌てていた。話を聞くと、警察から、優香が変質者に攫われていたと連絡があったらしい。幸いにも既に保護されて、犯人も捕まったとのことだったが。
「なんでも、優香を助けてくれた人がいたらしいんだ。その人が単身で犯人の家に乗り込んで、そのまま犯人を捕まえてくれたんだとさ」
そのお陰で、優香は特に怪我もせず、無事に帰ってきた。けれど、もしその人が助けてくれなかったらと思うと……今でも、恐ろしくて考えたくない。因みにその人は、優香を助けた後は警察に通報して、そのまま名前も告げずに立ち去ったらしい。
「それからだよ、俺が優香に対して、異常なまでに執着するようになったのは。―――はは、馬鹿だよな。それまでずっと蔑ろにしてた癖に、一度誘拐されたからって途端にベタベタするだなんて」
「いや、それが切欠で妹に目を向けるようになったんだろ? だったら寧ろ喜んでおけ。不幸中の幸い、と言えなくもない」
「そうかもな」
実際、それまで俺は優香を邪険に扱っていた。優香は俺に懐いていたのに、俺は鬱陶しがって、一緒に遊んでやったこともあまりなかった。それに比べれば、今のほうがまだ兄らしいのかもしれない。
「そういえば、優香を助けてくれた人って、白髪で猫耳の女の子だったらしいんだけど、何か知らないか?」
昨日、優香が言っていたので思い出した。優香を助けてくれた「あの人」は、白髪で猫耳の女の子。魔緒も、白髪という点では同じだ。もしかしたら、親族か何かかもしれない。
「……白髪で猫耳の女なんて、世界中にゴロゴロいるだろ?」
「いや、そんなにいねぇよ」
っていうか、そんな子がゴロゴロいたら怖いわ。高齢化が進む日本だって、女性は白髪染めを使ってることが多いから、白髪の、しかも女の子(つまり若い女性)なんてそうそういないはず。
「まあ、多分俺の髪を見てそう思ったんだろうけどな。俺は孤児で、肉親とかはほぼいないから、答えられんぞ」
そうか……っていうか、孤児だったんだな、こいつ。天涯孤独って奴か。……こいつも、色々苦労してるんだな。
「一応娘がいるが、今はまだ十歳、三年前なら七歳だからな。別人だろ」
「って、子供いるんかい!?」
孤独じゃねえじゃん! 俺の同情を返せ!
「因みに娘は二人。あと姉が一人で、四人家族だ。それから、一応実家には親と兄もいるぞ。育ての親だから血は繋がっていないがな」
いや、そこまで詳細な家族構成は聞いてないから。……ん? っていうか、何かおかしいような。
「まあ、そいつとも、その内会えるさ。もしもそいつに礼を言いたいなら、そのときでいい」
「そう、だな……」
確かに、いつかは会って、ちゃんと礼が言いたい。けれど、そんな目立つ姿をしているんだから、いつか会えるだろう。礼を言うとしたら、そのときを待てばいい。
「さて、そろそろ再開するぞ」
「え゛」
どうやら、休憩はもう終わったらしい。