なんか、想像してたのと違うな……
◇
……翌日。
「行ってきまーす」
「あら、どこか行くの?」
今日は休日だが、魔緒に魔術の指南をしてもらうことになっていたので、俺は朝早くから家を出ようとしていた。そんな俺を、母さんが呼び止める。
「ああ、ちょっとな」
「そう。珍しいわね」
俺からしたら、休日のこの時間に起きてる母さんのほうが珍しいけど……まあ、そんなこと言ったら半殺しは免れないので、黙っておく。
「じゃあ、行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
にしても、やっぱ母さんに良妻賢母キャラは似合わないな。え? 早起きして息子を見送っただけじゃないかって? うちの母さんは普段あれだから、それだけで良妻賢母に見えるんだよ。
「ふむ、来たか」
昨日の空き地へ行くと、既に魔緒が待っていた。
「あれ? 今日はほのかさん、いないのか?」
「ああ。休日出勤は俺だけだ」
ってことは、今日はこいつと一緒にむさい訓練か? 別に優香以外の女の子はどうでもいいんだけど、男と二人っきりってのも嫌だな。
「それで、昨日渡したあれは、ちゃんと読んだか?」
「ああ、一応」
辞書か百科事典並みの量だったが、どうにか目は通せた。……とはいえ、内容は殆ど覚えていないが。
「まあ、ぶっちゃけ全部読む必要はないんだがな」
「おい」
昨日の俺が費やした時間を返せ。全部読んだ上に早起きして、減りまくった睡眠時間も。
「言っただろ? 自分が使うマナだけ分かっていればいいと。まあ、お前が使うことになるマナ属性を言わなかった俺にも落ち度あるかも知れんが……別に、知ってて損することはないからな。そんなに怒るな」
「ってことは、俺の属性って決まってたのかよ?」
折角だから、自分で決めたかったな……。まあ、あの膨大な種類から選ぶのは大変だが。
「ああ。っていうか、あの後決めた。丁度、必要な術式と道具も揃ってたしな」
魔緒はそう言って、ポケットから何かを取り出した。スポーツ選手がしているような、赤いリストバンドだ。
「こいつがお前の使う魔術、「雷切」だ」
「「雷切」……?」
何か、どっかで聞いたことがある名前だな。ゲームだったか。
「因みに元ネタは、立花道雪の刀、千鳥だ。雷を切ったことから名前を雷切に改めたらしい。そのイメージからか、創作では雷を纏う刀として登場することが多い」
なるほど。だから聞き覚えがあったのか。つまり、その魔術属性って―――
「言うまでもなく、使うマナは「雷」。このリストバンドには「雷切」の魔術回路が込められていて、適正のあるものならば、これをつけるだけで魔術が使える」
「なんか、想像してたのと違うな……」
俺はもっと、魔法陣書いたり呪文を唱えたりするのを想像していたんだけど。その辺を伝えてみると、魔緒は苦笑しながら説明してくれた。
「まあ、初心者がすぐに、ってなるとな。魔法陣はコンマ数ミリずれると機能しないし、詠唱はイントネーションや音域も制限される。それに、魔術ってのは異能の力だ。隠密性に特化して、日常品に術式回路を埋め込んだり、派手なエフェクトが出ないように進化してきたからな。そういう目立つ動作は省略される場合が殆どだ」
なるほど、そういうことも考えて、魔術を使ってるんだな、魔緒は。さすが、自称魔術師。
「けれど、かっこよく詠唱とかしてみたかったな」
「詠唱っていうのは、いうなれば銃の安全装置だぜ? お前は今にも殺されそうなとき、銃の引き金を引く度に、一々長ったらしい口上を述べるか?」
はい、ご尤もです。確かに詠唱って、唱えている間は完全に無防備だもんな……。
「まあ、魔術は基本的に、楽に簡単に、地味に目立たずを目指してきた。創作の中ほど派手じゃないさ。……けど、「雷」系統はその中でも大分派手で危険な魔術だ。くれぐれも取り扱いには注意しろよ」
「了解」
まあ、うだうだ言ってても仕方ないしな。それに、俺が魔術を習ってるのは優香を守るためだし。格好は二の次か。
「因みに「雷切」は、握った鉄パイプに電気を通す魔術な」
「地味っ!?」
何その魔術!? 何の役に立つんだよ? あまりにも用途が局所的過ぎる……。
「何を言う。これほど実践的で初心者向きな魔術はないんだぞ? 鉄パイプに限らず、金属製の得物に雷属性と麻痺のエンチャントをつける魔術だと思えばいい」
ゲームみたく説明されると分かりやすいが、それでも地味だ……ってかそもそも、得物前提の魔術ってどうなんだよ?
「知られていないだけで、武器に魔術を付加して戦う奴は昔からいたぞ? そのほうが術式が単純で扱いやすいしな。っていうか、まともな攻撃魔術はまだ早い」
……もういいや。プロがこう言うんだから、文句垂れずに従おう。
というわけで、本格的な魔術訓練がスタートした。
……その頃、優香は。
「おはよ……」
「おはよ」
朝。休日なので少し遅めに起きたら、お母さんが既に起きていた。
「……って、お母さんが早起きしてる。しかも休日に」
「……あなたたち兄妹は、母親を何だと思ってるの?」
お母さんはそう言ってるけど、平日ですら私たちより遅くまで寝てることが多いから、この反応で正しいと思う。
「っていうか、兄貴は? まだ寝てるの?」
「そんなにあの馬鹿が気になる?」
「き、気になるっていうか、こっちも自衛しないとだし……」
あの変態兄貴は突拍子もないことをしでかすから、居場所を正確に把握してないと、対処のしようがない。決して、兄貴の行動が一々気になるわけではない。ここ重要。
「あのシスコン馬鹿なら、さっき出掛けたわよ」
「え……?」
あの兄貴が、寝ている私に悪戯の一つもなく、一人でどっかへ出掛けたの……? っていうか、最近の兄貴はどこか様子がおかしい。以前ならもっと私にちょっかい掛けてきたのに、ここ数日間は全然だ。……何か、私に隠し事でもしているんだろうか?
「にしてもあの馬鹿、ここのところなんか変よね。優香に全然セクハラしないし」
お母さんも、兄貴の態度が気になるみたいだ。……兄貴、何か病気なのかな? 或いは、病気が治ったのか。
「ん? どうかしたの?」
「う、ううん、なんでもない!」
いけない、兄貴のことを考えすぎて、呆けてたみたいだ。早く朝食を摂らないと。……でも、折角兄貴がまともになったかもしれないのに、素直に喜べない自分がいて。そのせいなのか、朝から気分が沈み込んでしまった。