……つまり、この眠たくなる授業はまだまだ続くというわけだ。
……その頃、琢矢のほうは。
「……でさ。これは何?」
「さっきも説明しただろう? 魔力検知器だ」
特訓に使うということで、手渡された謎の物体を眺めた俺は、暫し硬直していた。だってそうだろう。大きさは豆腐くらいで、材質は御影石(墓石に使われている奴)。一箇所だけ豆電球のようなものが埋め込まれている以外は、特に変わった仕掛けは見られない。どうみてもただのガラクタだ。しかし魔緒は、それを魔力探知機だと言い張っているのだった。
「魔力を込めれば電球が光るように細工がしてある。魔力が強く一定であればあるほど明るくなるはずだ」
魔力を込めるって……そんな説明で理解できる奴なんているのか? いや、その話を信じたからこそ、今ここでこうしているわけなんだけど。
「それって、具体的にどうやるんだよ……?」
「……どうやるんだ?」
尋ねると、魔緒は傍らにいるほのかさんに問いかけていた。……って。
「お前も分かんないのかよ!?」
「ああ。全く分からん」
まさかの事実。教える側の人間が全く分からないとか、爆弾発言にも程があるだろ……。
「何せ、俺は魔力が作れないからな」
「え……?」
魔力が作れないって……それじゃあ、魔術が使えないんじゃないのか? 魔力は魔術を使うのに必要なんだろ?
「俺は魔力依存しないタイプの魔術しか使えんよ」
魔力を使わない魔術とかあるのかよ……? ってか、魔力って、魔術を使うのに必要なものだって言ってたよな? 本当は要らないのかよ?
「俺が使ってるのは、近代術式内蔵式魔術、通称インサイトだな。魔力が必要ないから、魔力を作れない者が大多数を占める日本人ではこっちがポピュラーだ」
「因みに、魔力式は魔力を作れる人にしか使えないっす。私や琢矢君は魔力が作れるっすけど、先輩は無理っすから」
色々専門用語を並べられて混乱する俺に、慣れてきたらちゃんと講義してやると魔緒が言った。講義って、学校じゃないんだから……。
「まあ、魔力を使うほうが簡単で強力だから、お前は魔力を使ったほうがいい。けど俺は無理だから、自分で出来る方法を使い戦う。ただそれだけさ」
要するに、自分の力量や適正に合わせて、ベストな方法で戦っているのか。とりあえず、その辺の設定(?)っぽいことにはひとまず突っ込まないでおく。
「というわけだ。瓦町、やってみせてやれ」
「了解っす」
魔緒がほのかさんに魔力検知器を手渡すと、彼女はそれを受け取り、右手で握った。
「よっ……と」
小さな掛け声と共に、ほのかさんが持つ魔力検知器の電球に光が灯る。……これ、霊感商法か何かだと思ってしまうのは、自分が疑り深いからなのだろうか?
「あれ? 結構小さいんだな、灯り」
「魔力の量を調整しないと、電球が切れちゃうっす」
「ああ、なるほど」
豆電球だと過剰な電圧を掛けたときにフィラメントが切れるから、その辺が関係しているのかもしれない。よく知らんけど。
「因みにそれ、とんでもなく高いから壊すなよ」
「え」
そんなに高価なものなん……? 見た目そんなに金掛かってるようには見えないけど。
「冗談だ」
「冗談かよ……」
脅かすなよ……ちょっとびびったじゃないか。それこそ、霊感商法に引っ掛かったかと思ったぜ。
「けど、作るのは大変だから、あまり壊すなよ。一応、ある程度までなら耐えられるが……馬鹿みたく魔力を注がれたらお陀仏だ」
「……へーい」
というわけで、その魔力検知器とやらを使ってみることになった。―――そのとき何故か、ほのかさんが冷や汗だらだらだったのは、見なかったことにしよう。
「……凄いっす」
「マジかよ……」
ほのかさんと魔緒が、二人揃って驚嘆の声を漏らした。それもそのはず、俺の手中にある魔力検知器(というなの豆電球)は煌々と輝いていた。恐らく、豆電球が出せる最大の明るさだろう。
「これって多分、許容量ぎりぎりくらい出てるっすよ」
「しかも光量が安定しているということは、制御も完璧に出来ているわけか……」
今一よく分からないが、どうやらとても凄いことらしい。俺はただ、ほのかさんの言う通りに魔力検知器をいじっていただけなんだが……。
「なるほど、さすがは兄妹。魔力量で劣っても、制御は完璧というわけか」
「みたいっすね」
これは……褒められていると受け取っていいんだよな? と思っていたら、魔緒が表情を引き締めて、俺にこう言った。
「とりあえず、制御は問題ないみたいだから、次回からは実践に入る。今日の残り時間は魔術の講義に充てるからな」
「え」
何それ? 何で講義? 学校じゃないんだから……。
「当たり前だろ。魔術のことを何も知らないのに、まともに戦えるわけねぇんだから。安心しろ、猿でも分かる程度のことしか教えない」
その宣伝文句って、ほんとに猿が分かるってことないだろ……。まあ、ほんとに猿でも分かったら、それは逆に人間が理解できないと思うが。
「よし、時間も惜しいからな、早速始めるか」
「つまりだ。マナによる物質、量子などの操作によって事象を起こす。それが魔術だ。マナに直接働きかけるもの以外に、魔力という高エネルギー体を介して事象を起こす場合もある。お前が使う魔力式だな。魔力式は古来より研究がなされていて、年代によって「古代魔術」、「中世魔術」、「近代魔術」、「現代魔術」に分けられる。瓦町が使っているのは近代魔術のアレンジで、利便性と隠密性に長けた防御・探索・補助魔術を中心に習得している。まあ、細かいことは本人に訊くのが一番だろう。ところで―――」
講義が始まって三十分が経過した。しかし魔緒は未だに饒舌で、喋り疲れたようには見えない。……つまり、この眠たくなる授業はまだまだ続くというわけだ。
「おいこら寝るなよ」
うとうとしていた俺に、魔緒が石ころを投げてきた。……普通ならチョークだろうけど、チョークがないからって石投げるなよ。
「やっぱり、魔術そのものの講義は退屈か。それならまあ、すぐ必要になるマナの知識から教えていくぞ」
……っていうか、やっぱり魔術師も勉強とかするんだな。こうやって日々努力したから、魔緒やほのかさんは魔術師として暗躍しているのだろうけど。
「マナを一言で表現するなら、「万物の相互作用」だな。例えば、「風」のマナは体積の象徴だ。体積を持つ物体には、それに比例した量だけ「風」のマナが含まれている。因みに、俺が主に使うマナは「光」、「雷」、「聖」、「ベクトル」の四種類で、それぞれ「エネルギーのフォトン変換率」、「電気的なクーロン力とその他電気的性質」、「霊体と肉体の相互作用」、「物理量の方向と量倍率の互換」と言われている」
「言われている?」
終わるまで解放されないだろうし、ただ聞いているのも退屈だったので、質問してみた。すると魔緒は、反応があったことが嬉しかったのか、少し機嫌良さそうに答えてくれた。
「ああ。そもそもマナというのは数万種類あって、似た性質のマナは属性で一括りにしているんだ。さっきの例だと、「風属性」、「光属性」、「雷属性」、「聖属性」、「ベクトル属性」みたいな感じでな」
なんだか、ゲームみたいだな。まあ、魔術自体がファンタジーそのものなんだけど。
「だから、一つの属性に含まれるマナの働きは到底一言では表現できない。さっきのはほんの一例だと思えばいいさ。実際、属性が同じならある程度は代用が出来るしな」
ふーん。結構複雑な物なんだな、マナって。っていうか、よくそんなの一々覚えていられるよな。日本史と世界史が致命的に苦手な俺には出来そうにない。
「まあ、全部のマナなんか覚える必要はないさ。俺だって全ては把握していない。自分が使う分だけ分かれば大抵それで事足りる。ま、元素記号や化学物質の類だと思えばいいさ。数千万種類もある化合物を、専門外のものまで覚えてる奴なんて、科学者でもそうはいないと思うぜ」
あ、そうなの? だったらなんとかなるか。これでも化学の成績はいいほうだし。
「ま、今日はマナの資料集を持ってきたからな。存分に勉強できるぞ」
「え」
そうして俺は、延々と魔緒の講義を受けることに……。