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シスコン兄貴奮闘記  作者: 恵/.
第三話 夏と水着と幼馴染
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扱い酷すぎるわっ!


  ◇



「海水浴?」

 その日の午後。俺は魔緒に、海水浴の話をしていた。優香たちと一緒に海水浴に行こうとしていたこと、それを母さんに反対されたこと、信頼できる大人が引率しなければならないこと。一通り話を聞いた魔緒は、小さく唸りながら、こう答える。

「夏休みは、俺も仕事や子供の世話があるからな……まあ、一日くらいは無理できるかもしれないが」

「そうか……」

 魔緒の答えは、やや否定的だった。やっぱ、相手は一応社会人。学生は夏休みでも、大人は常に忙しいのだ。子持ちであれば、余計に。

「因みに、どこに行くつもりなんだ?」

「光子は、長波海岸って言ってた」

「……なるほど」

 参考までに、といった感じで尋ねる魔緒に、俺はそう返した。場所が場所だけに、さすがに断られるかな……? 移動だけでもかなり時間が掛かるし。

「日程をこちらに任せてくれるのであれば、構わないぞ」

「ほ、本当か?」

 しかし予想に反して、魔緒は快く引き受けてくれた。どうしたのだろうか? 急に態度が変わってないか?

「ああ。丁度俺も、家族で行こうと思っていたんだ」

 俺の疑問に、魔緒はそう教えてくれた。つまり、家族サービスのついでだから、というわけか。

「ただし、こっちは泊り掛けのつもりだからな。一応お前らの分も取るから、用意はちゃんとしておけよ」

「泊まり、か……」

 優香とお泊り。なんと魅力的なんだろうか。家族でも、お泊り旅行は滅多に行かなかったし。

「―――ただし」

 すると突然、魔緒の声色が変化した。それはまるで、背筋を凍りつかせるような、冷酷で無感情な―――そう、殺気に満ち溢れた声。

「一つ、俺の娘に触れるな。触れたら指を切り落とす。二つ、俺の娘に話し掛けるな。喋ったら喉を潰す。三つ、俺の娘の声を聞くな。聞いたら耳を潰す。四つ、俺の娘を見るな。見たら目を潰す。五つ、俺の娘と同じ空気を吸うな。吸ったら窒息させる」

 こ、怖い……! 魔緒が、過保護な父親と化している……!

「まあ、それは冗談だとしても、ほんとに変なことするなよ。小学生なんだから、場合によっては牢屋行きだぞ」

「しないってのっ!」

 どんだけ心配してるんだよ? 俺が小学生にちょっかい出すわけないだろ。

「まあ、お前は病的なシスコンだから大丈夫だとは思うが……あ、触れたら指刎ねるってのは本気だからな」

「……分かった。肝に銘じておく」

 俺だって、そんな理由で指を失いたくない。小学生に触れたからその父親に指を奪われるなんて、末代までの恥だ。

「ま、とりあえず訓練を始めるぞ」

 それからは、いつもの訓練だった。



  ◇



 ……その日の夜。俺は母さんに、魔緒のことを話していた。無論、魔術師云々は伏せて、信頼できる大人だってことと、家族旅行のついでに保護者役をしてくれることを伝える。

「ふーん……じゃあいいわよ、行っても」

「え? いいのか?」

 すると、意外にあっさりと許可が出た。信用できないから駄目だ、って言いそうなのに。

「だって、あんたが信頼してるんでしょ? あんたが優香を、危ない奴に近づけさせる訳ないし」

 ……この人、俺のことも少しは信用してるんだな。普段はゴミ扱いだから、優香以外はどうでもいいのかと思ってしまうが。

「あんたみたいな最底辺の屑でも、優香を守るための犠牲くらいにはなれるでしょ? もしも優香が危ない目に遭ったら、盾になって死になさい。そうすれば、遺灰を燃えるゴミに出してあげるから」

「扱い酷すぎるわっ!」

 何その仕打ち。妹を命懸けで守っても、その後焼却処分かよ? いや、優香のために命懸けるのは構わないけど。

「何よ? (あの人)に「私が危ないときは、命懸けで守ってね。遺灰は生ゴミに混ぜて捨てておくから」って言ったら、「喜んで!」って返ってきたわよ?」

 ……父さん、あんたはこんな女のどこがいいんだ? あんたの人生、一番の間違いは、こいつと結婚したことだぞ? いやまあ、そうしないと俺も優香も生まれていないんだけど。

「大体ね、男は女のために死ぬのが本望なんだから、それ以上の何かを望むこと自体がおかしいのよ。大人しく焼却処分されて、大地に還りなさい」

 もういい……この人が母親だったのが運の尽きだ。母さんの腹から生まれてきた時から、こうなることは決まっていたんだ。そう思って、俺は諦めることにした。

「分かった? 優香のことはあんたが守るのよ?」

「分かった。言われるまでもないけどな」

 優香は俺の命といっても過言ではない。魔術師になったのも、優香を守るためだし。



  ◇



 ……夏休みに入る少し前。俺は学校の物理実験準備室まで来ていた。理由は勿論、絵美那に会うためだ。最近は彼女との付き合いもすっかり減って、学校の外で会う機会も殆どない。学校ですら、「取引」以外では滅多に顔を合わせない。でも、折角海水浴に行くのだから、絵美那も誘ってみようと思うのだ。あいつ、海とか好きだし、きっと喜ぶだろう。

「おーい、絵美那」

「あ、琢矢君。いらっしゃい」

 制服姿の絵美那が、俺を準備室に招き入れる。今日は着替えていないのか。あんなことはあまり起こらないほうがいいので、別に構わないのだが。

「今日はどうしたの? また壊された?」

「いいや、今日は「取引」じゃない」

「?」

 相変わらず不細工メイクの絵美那が、俺の言葉に首を傾げている。そんな彼女に、俺はこう切り出した。

「実はさ、優香たちと海水浴に行くことになったんだが……お前も、良ければ来るか?」

「え……?」

 俺の誘いを聞いて、絵美那は硬直している。無理もない。最近になって、絵美那を何かに誘うなんてことは全然なかったんだから。

「ほら、お前って海とか好きだし。いいだろ?」

 それに、プライベイトでなら、化粧をしなくても済む。要するに、学校とは違って、思いっきり泳げるんだ。楽しいに決まってる。

「……ありがと、琢矢君」

 すると絵美那は、はにかむように俺を見上げた。……微笑ましい場面なのに、不細工面がどうしても一々気になる。

「でも、いいや。今年の夏休みは叔母さんのところで過ごすって決めてるし」

「そっか……」

 けれども、絵美那は残念そうに、俺の申し出を断った。

「ごめんね、折角誘ってくれたのに」

「いや、こっちこそ悪い。予定があったのに誘ってしまって」

 謝る絵美那に、俺はそう言葉を返した。けど、久しぶりに優香と会わせられると思っていたので、その意味ではがっかりだ。とはいえ、予定があるのなら仕方がない。

「気にしないで。それに、琢矢君は優香ちゃんのナイトをやってればいいの。私がいたら、琢矢君の負担が増えちゃうよ」

 そうだった。絵美那がスッピンだったら、彼女のことも気に掛けねばならなくなる。それが原因で優香が危険な目に遭ったら……考えただけでも恐ろしい。勿論、その逆もだ。

「……悪い。軽率だったな」

「ううん。そういう、琢矢君の優しいところ、私は好きだよ」

 謝る俺に、絵美那は微笑みながらそう言った。……素顔でそういうことを言われれば少しはドキリとしただろうが、今の状態では何も感じないな。

「ほんと、いつも琢矢君は優しくて……だから、こんな駄目シスコンになっちゃったんだよね」

「駄目シスコンって……」

「あ、ごめん。変態シスコン屑野朗の間違いだったね」

「その謝罪は要らん!」

 シスコンなのは否定しないが、駄目とか変態とかは心外だ。俺はただ、優香のことを愛しているだけなのに。兄として。

「……でも、そんな変態駄目駄目シスコン糞野朗の琢矢君が、優香ちゃん第一で行動する琢矢君が、私を誘ってくれたのは、本当に嬉しかったよ」

「……そうか」

 なんか、不名誉度合いが急激に増した気もするが、どうでもよくなった。一緒に海水浴は無理でも、絵美那が喜んでくれたのだから。

「……それで? 海水浴の件だけ? 何なら、予備の発信機とか買ってく?」

「いや、止めとく。前ので、もう殆ど金がないんだ」

 いい雰囲気を壊すように、絵美那は「取引」を持ちかけてきた。けれど生憎、俺の財布はスッカラカン。この前買った盗聴器のせいで、あまり金銭的な余裕がないのだ。因みに、あの盗聴器は自分の部屋に仕掛けた。自室なら誰にも文句は言われないし、また優香が俺の部屋で何かをしてたら、その様子が分かるはずだからだ。

「そう? だったら、さっさと出てって欲しいな。用事もなくて、「取引」もしないなら、はっきり言って邪魔だもん」

「……分かった。もう帰るよ」

 そこまで邪魔者扱いされたら、出て行く他ないだろう。そもそも、ずっと居座るつもりなどないし。

「じゃあ、今度は夏休み明けだな」

「うん。じゃあね」

 というわけで、俺は物理実験準備室を後にした。

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