俺は不意に襲ってきた頭痛を堪えるのでやっとだった。
「……ほんと、とんでもない教育しているのね」
話し合いが終わった後、琢矢と程影は早々に帰宅し、残ったのは退魔師連中と魔緒だけだった。そんな中で、光子は感心したように呟いた。
「あいつのことか?」
「ええ。お兄さん、予想以上に強かったわよ。ね? 花野」
光子の問いかけに、花野が頷く。それを見て、魔緒は嬉しそうにこう言った。
「正直、あいつは戦力として期待してなかったんだが……そうか、そんなに成長していたのか」
「ええ。彼はとんでもなく強かったです。勿論、僕が油断がしていたというのも否定できませんが」
慢心していたとはいえ、不覚を取ったのは事実。花野は反省した様子で項垂れた。
「でも、あれは確かに凄かったわよ。私達退魔師からすれば大したことないけど、あれをお兄さんがやったら呆気に取られるに決まってるわ」
「そんなに速いか? そりゃ、確かに短距離走の新記録は出せるだろうが」
光子の言葉に、魔緒は疑問を持ったらしい。しかし彼女は、それを当たり前だと肯定する。
「当然よ。常人の動体視力で捉えられるわけないんだから」
「は?」
そこで彼らは、ようやく、互いの話が噛み合わないことに気づいた。
「言っておくが、俺があいつに与えた魔術は、50mを五秒前後で走れるようにするものだぞ? 多少速いが、瞬間的にならもっと速く動ける奴はそこら中にいるし、そんなに言うほどじゃないだろ?」
「え? 明らかに音速に近いスピードだったわよ?」
「んな馬鹿な……」
互いの認識の間に出来た、大きな相違の正体がようやく掴めた。琢矢が実際に使った魔術が、魔緒の教えたものより高いスペックを発揮していたのだ。
「……回路に設定したリミッターを越えて、制限以上の出力を発揮するだなんてな」
「……琢矢君」
「……意外と、とんでもない子なのかしら?」
突如判明した事実に、彼らは戦慄せざるを得なかった。
◇
……光子との一件が片付いたので、俺は早々に帰宅した。こっそり家の外で張り込んでいたほのかさんにお礼を言って帰した後、自室に戻って休むことにした。
「……ふぅ。疲れたな」
戦闘による体力と魔力の消耗に加え、緊張による精神的疲労と、花野から受けた打撲がかなり堪えた。あの時は、光子曰く「優香のナイトとして相応しいか試したかった」らしく、手加減抜きだった。そのせいで、体に残るダメージは未だに癒えない。
「……兄貴、いる?」
ベッドに寝転がっていたら、部屋の外から優香の声が。二度寝から復帰したのか?
「どうした?」
「お母さんたち、帰るのがもう少し遅くなるって。お昼、どうする?」
扉越しに聞こえる優香の声はどこか、いつもより穏やかだった。―――姿が見えないのに、どうしてか、優香を今までより近くに感じられた。それは、俺がどうというよりも、優香の心が変わったからのような気がする。いや、自分でも何を言ってるのか分からんけど。
「ん。じゃあ、俺が用意するわ」
そういえばもうそんな時間かと思いながら、俺はベッドから起き上がった。扉を開けてると、そこには当然のように、優香が立っていた。
「……っ! そ、そう……」
俺と目が合った途端、頬を赤く染めて視線を逸らす優香。もじもじとしながら、半歩後退して、俺から遠ざかろうとする。……まだ、今朝のことを引き摺ってるのか?
「じゃ、じゃあね……」
優香はそう言って、どこかへと去ってしまった。……まあ、今はちょっとギクシャクしてるけど、さっきの感じを見るに、少し照れているだけなんだろう。この寂しい気持ちを無理矢理誤魔化しながら、俺は昼食の用意をしに向かった。
◇
「……ふぅ」
昼食を終えた後(因みに、パンケーキを焼いて二人で食べた)、俺は食器を片付けていた。優香は食事中、俺と目が合う度に赤くなって視線を逸らしていたのだが、俺は食器を洗いながらそれを思い出していた。俺はさぞかし気持ち悪い表情を浮かべていたに違いない。
「っと、誰か来たのか?」
後片付けが丁度終わった頃、インターホンが鳴り出した。誰かがうちを尋ねてきたらしい。
「はいはい、どちら様―――って、おい!?」
ドアホンの向こうに見えた人物に、俺はすぐさま玄関へと向かった。
「どうしたんだよ突然!?」
「あら、どうしたのかしら、そんなに慌てて。別に驚くことじゃないでしょ? お兄さん」
ドアの向こうにいたのは、先程戦ったばかりの、光子と花野だった。花野は両手に、大きな旅行鞄を抱えている。……どこかへ行く途中なのか?
「どうしたのよ兄貴、そんなに走って。誰か来たの―――って、光子じゃない。どうしたのよ?」
すると今度は、家の奥から優香もやって来た。どうやら、俺が応対に出るときに走ってしまったので、気になってついて来たらしい。
「優香もいるのね。なら、丁度良かったわ」
それを見た光子は、居住まいを正して、こんなことを言い出した。
「勘当されちゃったの。暫く住まわせてくれない?」
「「は……?」」
その言葉に、俺と優香の声が重なる。呆然とする俺たち兄妹に、光子は続けてこう言い放ったのだ。
「二人の愛の巣にお邪魔するのは心苦しいんだけど……幼馴染のよしみで、置いて頂戴」
「あ、愛の巣って……えぇ!?」
光子の台詞に、優香が驚いたように声を上げ、うろたえている。……っていうか、突っ込むのはそこじゃないと思う。
「これからよろしくね、お兄さん」
もう既に居座ることが確定したかのような発言に、俺は不意に襲ってきた頭痛を堪えるのでやっとだった。




