妹を守るのは、兄貴の役目、だろ?
◇
……やって来たのは、近くのファストフード店。そこで飲み物(白髪野朗はハンバーガーも一緒に)を買って、手近なテーブル席に着いた。
「さて、どこから話したものか」
男は買ってきたハンバーガーの包装を解いて、一口齧る。何で食ってるのか聞いたら、昼飯がまだだったらしい。っていうか、今はもう夕方なんだが……。
「まあ早い話、俺は仕事で張ってたんだよ」
「仕事?」
どんな仕事だよ? 人の妹を付け回すなんて。変態集団か何か?
「ああ。うちのボスが、お前の妹を警護しろってな」
「警護って……そんなの頼んだ覚えないんだけど」
「ああ。うちは割と勝手にやるからな」
いや、駄目だろそれ……。せめて本人に許可取れよ。人のことは言えないけど。
「ま、俺も細かい事情は把握してないんだ。うちのボスはそういうの言わねぇから」
「じゃあ、知ってること話せよ」
それくらいしてもらわないと、こっちだって安心できない。もしかしたら、可愛すぎる優香を危ない組織とかが狙っているのかも……とか思ってしまう。いやまあ、こいつの言い分自体が怪しいんだけどさ。
「……そうだな。話してもいいが」
男は一瞬悩むような素振りを見せて、続けた。
「この話を聞いたら、お前は多分、引き返せなくなるぞ?」
「……っ!」
何故だ……? その言葉は、俺の胸に重く圧し掛かってきた。まるで、本能が危険を察知したみたいに。―――これ以上は聞いてはいけない。そう、告げるみたいに。
「まあ、お前の妹を守ってるのは本当だ。うちは政府以上にサービスいいから、依頼がなくともボディガードくらいする。お前が言っていた、ストーカーとやらからあの子を守る為にな」
なるほど、こいつの言い分が正しいなら、こいつは優香の味方なんだろう。けれど、その話が本当だっていう証拠はない。だから、信じるわけにはいかない。……でも、それならさっきのは何だったんだ?
「隠してることがあるなら全部言えよ」
でも、聞かないことにはどうしようもない。だから、尋ねた。たとえ引き返せなくたって、構うもんか。
「……そうか。なら教えるが、注意点が二つ。一つは、絶対に他言しないこと。そして二つ目は―――」
男は途中で言葉を切り、俺の目をじっと見据えてくる。……これは、俺が試されているのだろうか? 何故か知らないが、そんな気がした。
「心、折るなよ」
「……なんだそれ? どんな話だっていうんだよ?」
話す前に態々そんなことを言うってことは、相当にえぐい話なのか……? もしかして、想像以上にやばい事態なのか? それとも、そうやって脅しておいて、自分たちにとって有利なほうへ話を持っていくつもりか?
「聞いて正気を保てないと思ったらすぐに言え。はっきり言って、結構残酷な話だ」
俺の問いかけを肯定と受け取ったのか、そんな前置きをして、男は語りだした。
「核兵器。お前も知ってるよな? 大規模殺戮兵器の代名詞と言ってもいいような、強力な武器。それが沢山あれば、人類を地球上から根絶やしにすることもできる」
何故か、話は核兵器に飛んだ。でも、核兵器と、俺の妹がどう関係するんだろうか?
「お前の妹は、核兵器何百個分に相当する力を持ってる」
告げられた言葉の意味を、俺は正しく理解することが出来なかった。理解どころか、単語の意味すら把握できないまま、話は進んでいく。
「それを巡って、お前の妹は面倒なことに巻き込まれそうなんだよ。だから、俺が来た」
そして、またもハンバーガーに齧りつく男。その頃には俺のほうでも話を飲み込めてきて、ようやく口を開くことが出来た。
「……なんだよ、その「力」って?」
「魔力」
返って来たのは、非日常的な単語。男は続ける。
「お前の妹―――浜荻優香は、エネルギー換算で核兵器数百個に相当する魔力の持ち主だ。はっきり言って人類の脅威。国によっては政府に暗殺されるレベルだ。まあ、日本の政府はオカルトを信じていないから、大丈夫だっただろうが」
ゲームでしか出てこないような単語に、「暗殺」という物騒な言葉。それが、優香の身に起きていることだと、思いたくなかった―――というか、思えなかった。
「魔力って……ゲームのやりすぎじゃねぇのかよ?」
思わず言って、そうだ、そうに違いないと自分にも言い聞かせていた。多分こいつは中二病か何かで、或いは光子辺りが仕掛けたドッキリの類のはずだ。
「ああ、魔術の説明がまだだったな」
しかし、そんな一縷の希望さえ、簡単に砕けてしまう。男は胸ポケットから人の形をした紙を一枚取り出すと、テーブルの上に置いた。
「魔似耶」
まにゃ、という言葉に反応して、紙が独りでに立ち上がった。
「……っ!?」
それだけなら、手品だと一蹴できたかもしれない。けれど、その紙人形はこちらに向かってお辞儀をした後、すたこら歩いて、男の手元に飛び乗ったのだ。……いくら手品でも、あんな操作が出来るものなのか?
「これは厳密に言うと魔術ではないが、まあ、似たようなものだと思ってくれ。こういう、普通ではあり得ない様な現象を起こすのが魔術で、それを使うのに必要となるのが魔力、という認識でいい。まあ、正確に言うと違うのだが、今はもうそれでいい」
そして、またも一口バーガーを齧る。そのあまりに平然としている姿が、とても異様に見えてきた。
「まあ、例えるなら燃料と機械だな。みんな機械を動かしたい。けど燃料がない。なら、持っている奴から奪えばいい。その理屈で、お前の妹は狙われているのさ。要するに燃料タンクだからな。それも特大の」
「……ふざけるなよ」
耐えられなかった。優香が、この男に侮辱されたみたいで、許せなかった。けれど、男は更なる言葉を、無慈悲に浴びせてきたのだ。
「もっと言うと、お前も狙われているからな」
なんとも軽々しく、その台詞は紡がれた。優香だけでなく、俺も、だって……?
「お前の妹を従わせるには、兄であるお前を捕らえて人質にすればいい。或いは、お前自身を利用する手もある。お前も、妹には劣るがかなりの魔力があるしな。二人とも捕らえて、互いに人質として従わせるのが一番効率的か。もう最悪、植物状態にして魔力だけ奪うという方法だって―――」
「もういいっ!」
気づけば、叫んでいた。それは、妹が酷い目に遭う話を聞いてられなかったのか、或いは自分も同じ目に会うと思ったからなのか。自分でもよく分からなかった。
「……すまない。一気に話しすぎたな」
男は申し訳なさそうに頭を下げる。けれども、すぐに顔を上げて続けた。
「しかし、話してしまったものは仕方ない。お前には、どうするのか決めてもらう」
「どうする、って……?」
「聞かなかったことにするか、俺に協力するか。まあ、個人的には後者のほうが嬉しいが、お前自身のことを思うなら前者だな」
示されたのは、二者択一の問い。前者は、ここで聞いたことを忘れて、いつもの日常に戻るというもの。この突拍子もない話を忘れるのは難しいが、それが一番楽で安全なはずだ。俺も、優香と今まで通りに接して、いつものように生活すればいい。そもそも、この話には何の信憑性もないしな。対して後者は、今の話を聞いた上で、この得体が知れない男に協力するというもの。協力というのが具体的にどんなことなのか分からないし、事態に積極的に関わることで、自分たちへの危険が増えるかもしれない。はっきり言って、普通なら御免したいところだろう。だけど―――
「……分かった。あんたに協力すればいいんだな?」
「ほぅ、決断が早いな。こちらとしては大助かりだが」
気づけば、即答していた。その言葉に驚いたのか、男は感心したように声を漏らす。けれど、俺にとっては条件反射みたいなものだった。
「妹を守るのは、兄貴の役目、だろ?」
「……なるほど。そうかもしれないな」
そう答える男の目は、どこか遠くを見つめているような気がした。が、すぐに表情を元に戻し、右手を差し出してくる。
「名乗るのが遅れたな。俺は陰陽魔緒、魔術師だ。好きなように呼んでくれ」
陰陽って、なんか中二臭い名字だなと思いながら、自分も手を伸ばす。
「浜荻琢矢。こちらこそよろしく」
そうして、男同士で熱い握手を交わしたのだった。