……って、何で雀荘で集まってるんだよ?
……琢矢は。
「ここか」
やって来たのは、雀荘の一番奥にある部屋、その手前。件の専門家は、ここで待機しているらしい。……うっ、やばい、緊張してきた。
「よっ、待たせたな」
そんな人の(というか俺の)気持ちにお構いなく、魔緒は気軽に扉を開けた。そっちは知り合いなんだろうけど、せめて俺にも心の準備くらいさせろっての!
「気にするな。精々、三分程度だ」
部屋の中心には自動卓があって、その一席、こちらと向かい合うような形で、例の人物は座っていた。ぼさぼさ頭の男で、目を隠すくらい長い前髪と、全身真っ黒な服装が相まって、見るからに暑苦しい。こいつが、専門家とかいう奴だろうか?
「そうか。それは良かった」
魔緒は部屋に入ると、卓の上にあった牌を一つ、ひっくり返した。書かれていたのは「東」の字。これは卓に座る席を決める方法で、自分が引いた牌によって、東から順に南、西、北と、反時計回りに座っていく。え? 反対じゃないかって? 何でか知らんけど、麻雀は逆なんだよ。
「お久しぶりっす、程影さん」
そう言って、ほのかさんも牌を捲った。書かれていたのは「西」。そして、既に「南」の牌が表になっているから、程影という男がこれなんだろう。……つまり、俺は自動的に「北」というわけだ。
「……って、何で雀荘で集まってるんだよ?」
「何を今更。麻雀を打つために決まってるだろ?」
しれっと答える魔緒に、俺は頭痛を堪えるのがやっとだった。……なんでこのタイミングで麻雀打つなんて話になるんだよ?
……全員が所定の位置に座り、対局が始まった。起家(チーチャ。最初の親のこと)は魔緒。つまり、席を決めるときに引いた牌が、そのまま東一局の自風となる。よって、俺は北家。
「25000点持ち30000点返し、半荘のアリアリ、赤四枚、ダブロントリロンあり。ローカル役は流し満貫、人和くらいでいいか?」
「了解」
「いいっす」
全員が25000点を持った状態からスタートし、東一局から南四局までの合計八局まで行うのが、25000点持ちの半荘だ。後の説明は面倒だから省略。気になる人は各自で調べろ。
「んじゃ、始めるか」
配牌が終わり、親の魔緒から順に牌を切っていく。麻雀は、山から牌を自摸り、手牌を切って、決められた役を作れば勝ちだ。役の難易度によって点数が与えられ、逆に和了られたほうはその分点数を払わなければならない。因みに、俺の手牌は二向聴、つまり後二枚で聴牌、後三枚で和了りの状態だ。中々に調子がいい。
「ポン!」
と思ったのも束の間、程影の切った牌を、ほのかさんが鳴いてきた。麻雀では、他人が切った牌を自分のものに出来て、それを鳴きという。ポンは鳴きの一つで、同じ牌が二枚手元にあるとき、三枚目を誰かが切れば、それを自分のものに出来る。
「気をつけろよ。瓦町は早和了りの天才だ。「一飜の女王」なんて異名があるくらいにな」
なんだ、その変な名前は……? 中二病じゃあるまいし。そう思いながら、俺は牌を自摸り、手牌を切った。
「ポン!」
すると、またもほのかさんが鳴いた。しかも、鳴いたのは真っ白な牌「白」だ。この牌は三枚揃えるだけで役となるため、ポンで三枚揃えたほのかさんは、もう和了る準備が整ったことになる。
「役牌狙いか。相変わらずだな」
「ポン!」
ほのかさん、本日三回目のポン。麻雀では役が揃っても、基本となる形が出来るまでは和了れない。三枚の牌で構成される面子が四つと、二枚の牌で構成される雀頭が一つの、計十四枚の牌からなる形だ。既にほのかさんは面子を三つ作っているから、必要なのは後五枚。いや、もしかしたら既に聴牌、つまり後一枚まで来ているのかもしれない。
「ぐっ……」
続く俺の自摸で、俺は一向聴、つまり後二枚で和了れる状態になった。だが、一向聴にするには、関係のない牌を切らなければならない。ほのかさんが聴牌している可能性もあるので、下手な牌を切れば、ロンされてしまう。因みにロンとは、他の人が切った牌で和了ることで、和了るのに必要な最後の牌を切ってしまうと、その人に和了られてしまうのだ。しかも、ロンされた側はロンした側の得点を一人で払わないといけないので、かなり痛い失点だ。
「……通れっ!」
結局、俺は一向聴にする道を選んだ。切った牌が無事通ればいいんだが―――
「ロン!」
ですよねー。っていうか、いくらなんでも早すぎるだろ!? あんた、まだ一回も自摸ってないだろ!? 鳴くと自摸らずに牌を切って、その次の人から自摸るから、ほのかさんはこの局、一回も自摸ることがなかったのだ。
「1000点っす!」
「安っ!?」
役は役牌一つだけだった。役牌は一飜役で、一番点数が低いから、ロンされても大したことはなかった。
「ま、「一飜の女王」だからな」
その渾名、「1000点っす!」が「センテンス」に聞こえるからついたんだろ? 確かに脅威だけど、ネーミングが安直過ぎるわ。
気を取り直して、東二局。親は程影だ。
「チー!」
三巡目で、ほのかさんがまた鳴いた。程影の切った二筒を鳴いて、自分の三筒、四筒と一緒に順子を作った。順子とは、連続した数字を持つ同じ色の牌を三つ集めて作る面子だ。
「序盤から飛ばしてくるな」
魔緒はそう言いながら、特に動じることもなく牌を切っている。どうやら、ほのかさんがこんなに鳴くのはいつも通りらしい。
「立直」
すると程影が、ここで立直を宣言した。立直を掛けると、和了れるまで自摸った牌をそのまま切らなければならない反面、立直そのものが役となるし、和了った際に裏ドラというボーナスがつくこともある。因みに、立直を掛けた後、次の自摸までに和了れば、一発という役もついて更に高得点だ。ただし、その前に誰かが鳴くと無効になるが。
「ポン!」
すると、案の定ほのかさんが鳴いた。これで、程影の一発はなし、と。
「浜荻、そいつはロンだ」
「え」
一発が消えて油断していたら、俺が魔緒にロンされた。いつの間に聴牌だったんだ……?
「混一色と一気通貫。満貫だから8000点な」
「うわぁ~っ!」
結構でかいな……しかも、既に二枚切られている「北」で待つだなんて。同じ牌は四枚までだから、残り一枚しか残ってない「北」は安牌だと思ったじゃないか。
「くっそ……」
そしてお次は東三局。親はほのかさんだ。親が和了ると局は進まないので、ほのかさんが早和了りし続けたとしたら、ずっとほのかさんの親になってしまう。親は得点が五割り増しな上に、連荘するとその分得点が増える。たとえ一回の点数が小さくても、積み重ねて結構な失点になりそうだな……。
「さて、そろそろちゃんと話しておくか」
そう気を引き締めていたら、魔緒が唐突に、そんなことを言い出した。
「程影、こいつに退魔師のことを説明してやってくれ」
「了解した」
え? このタイミングでその話かよ……? なんでまた。
「この局は瓦町の親だからな。こいつは親になると殆ど和了れないから、ゆっくり話すならこの局がいいだろう」
そうだったんか……「一飜の女王」にも弱点があるんだな。
というわけで、程影は牌を切りながら話し始めた。
「まず、退魔師云々の前に話さなければならないことがある。それは霊の存在だ」
「霊って、幽霊か?」
俺の問いに、程影は頷いた。確かに、魔術があるくらいだから、幽霊くらいいても不思議じゃないが。
「霊は死者の魂だ。寿命を全うせずに死んだ者は、霊となって、現世を彷徨うことが多い。そんな彼らに対して、奴ら退魔師と、俺たち除霊師では見解に相違がある」
「除霊師?」
またも現れた聞き慣れないフレーズに、程影は「ああ」と呟きながら、こう言った。
「自己紹介がまだだったな。俺は程影双葉。除霊師をしている」
退魔師とどう違うのかは分からないが、とりあえず専門家だっていうのには納得した。程影は説明を続ける。
「それでだ。俺たち除霊師は、霊を人間として扱い、彼らの人権を保護するべきだと主張している。対して奴ら退魔師は、霊を穢れだとして、駆除するべきだと主張しているわけだ」
要するに、幽霊に対する対応が違っているのか。にしても、駆除って……。
「当然、互いの主張が正反対だから、対立が起こる。故に、除霊師と退魔師は長きに渡って争い続けてきた」
なるほど、大体は分かった。けれど、その退魔師がどうして、優香を狙うのだろうか?
「奴らが何故、お前の妹を襲うのか。それはまだ分からないな」
言葉を引き継いだ魔緒が、それはそれとして、と言いながら―――
「その牌はロンだ」
「ぐぉっ……!」
またも直撃。……今更だけど、俺って、絶好の鴨なのか?




