俺は妹を尾行していた
◇
……翌日の放課後、俺は妹を尾行していた。理由は簡単、例のストーカーを見つけるためだ。優香を付け狙う奴がいるなら、俺も同じことをすれば、自ずと見つけられると思ったのさ。言うまでもなく、優香をストーキングして楽しむためではない。
「……だもう」
「いえいえ……」
優香は二人の同級生と歩いていた。一人は女子。茶色のウェーブが掛かった髪に、中学生だとしても控えめな体躯、そして気品に溢れた仕草が目立つ彼女は、優香の幼馴染である鶴野光子だ。優香が体格で圧倒する魅力なら、光子はオーラで飲み込む美貌、という感じかな。ま、俺は妹以外どうでもいいんだけど。
そしてもう一人は男子。光子の執事である山田花野だ。女の子みたいな風貌に、制服ではなくスーツを着用した、妬ましいほどの美少年。主である光子にいつも付き従い、誰に対しても丁寧に接する彼は、その容姿も相まって凄くモテる。けれど噂では、告白されても全部断っているらしい。仕事一筋なのか、或いは……。
そして一番不思議なのは、この二人が公立中学に通っているということ。家がちゃんとしたところなら有名な私立に行くだろうに、それでも公立を選んだのは多分、優香と一緒にいたいからなのだろう。……「あんなこと」も、あったわけだし。
「でも、……でしょ?」
会話が途切れ途切れに聞こえてくるけど、断片的で内容が全く分からない。まあ、別にそれほど聞きたいわけでもないし。無理に聞こうとすると気づかれるから、これでいいか。
「はぁ……まったく、兄貴ったら」
下校時、私は光子、花野と一緒に歩いていた。二人とも、いつも私と一緒に帰ってくれる。それが、今の私にはとっても心強い。
「あら、またお兄さん? 相変わらず仲がいいのね」
「ちょ、止めてよ光子……!」
隣を歩く光子が、そんな、身の毛もよだつようなことを言い出した。私と兄貴が仲良いって、どんな嫌がらせよ……?
「僕もお嬢様の意見に賛成します」
「は、花野まで……」
冗談じゃない。あんな、私のことを四六時中考えて、私の心配ばかりして、私のために行動しようとする変態が……。
「あなたのことを常に考え、あなたのことを常時心配して、あなたのために行動してるじゃない。どんだけ愛されてるのよ、まったく」
「ちょ……! やだもう」
それって、さっき私が考えてたことじゃない……! え、何、他人にはそういう風に見えてるの?
「いえいえ、僕も羨ましいです」
「……花野、あんたおちょくってんの? あんなのが欲しいなら喜んでくれてやるけど」
目一杯不機嫌そうな表情を作って言うけど、容易く見抜かれたらしく、二人はクスクスと笑う。うぅ……やっぱ、この二人には勝てない。
「でも、そう言う優香だって、お兄さんのこと好きでしょ?」
「なっ……!」
光子が突然、とんでもないことを言い出す。あまりにも常軌を逸した発言に、私の頭はフリーズしてしまった。
「だって、いっつもお兄さんのことばかり話してるし。構ってもらえて嬉しいんでしょ? もしも本当に嫌がってたら、私に頼むなりして、本気でお兄さんを懲らしめるでしょ?」
「だ、だって、そこまでするのはさすがにあれだし……」
「それはつまり、「嫌よ嫌よも好きのうち」っていうことですね」
は、花野! あんた、またそうやって……本当に喧嘩売ってるのかしら?
「そんなに嫌いなんだったら、私が取っちゃおうかな?」
「え!?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、意味深なことを言う光子。……何か、嫌な予感がする。
「だから、私がお兄さんを貰っちゃうわよ」
「だ、駄目よそんなの!」
何考えてるのよ!? いくら光子だからって、兄貴をあげるだなんて……嫌よ絶対!
「どうして? 嫌いなんでしょ? だったら私が貰ってあげるわ。そしたら優香はお兄さんから解放されて、楽になるでしょ?」
「駄目ったら駄目なの! そんなことしたら寂し―――光子があの変態の餌食になっちゃうじゃない! そんなの駄目よ、絶対に!」
そう、これは親友を守るためなのだ。決して、自分が寂しいからではない。
「あら、やっはり大好きなんじゃない」
「そうですね、お嬢様」
「ち、違うって言ってんでしょ!?」
はぁ~……この二人を相手にするのは疲れるわ。
「……」
優香の奴、光子と花野にからかわれてるな。大方、ツンデレな優香を二人がおちょくって遊んでいるのだろう。あの二人なら、どんなことを言っても優香に殴られることはないし。俺はどうなのかって? いや、俺も滅多に殴られない。大概蹴られるからな。
まあ、その話はとりあえず置いておこう。それよりも、優香を付け狙う輩だ。辺りにそんな奴らは……っと。
「おい」
周囲に不審者がいないか確認しようとしたそのとき、背後から声を掛けられた。……まずい、警官か何かに挙動不審と思われたのか?
「い、いやですね、えっと、そう、妹、妹なんですよ妹! 妹が心配で心配でもう―――へ?」
咄嗟に言い訳を考えつつ振り返ると、そこにいたのは白だった。
「妹……?」
白い髪に色白の肌、着ているシャツも白で、全身真っ白に見える男。しかし、その瞳だけは妖しげな紅に輝いていた。まるで、雪兎を擬人化したようにも思える。
「お前は、あの子の妹なのか?」
その男が、驚いたような表情を浮かべて、尋ねてきた。その問いかけでようやく思考を取り戻した俺は、改めてそいつの容姿を見直す。まず、髪は修正液のような白。年寄りの白髪ではなく、ペンキで染め上げたのではないかと疑ってしまう。赤い瞳はルビーを連想させて、もしも俺が怪盗ならば、真っ先に盗もうとするくらいには綺麗だった。背は高い。多分、俺より数センチは上。全体的に痩せていて、ヒョロヒョロとしたイメージがついてしまう。……って、別に野朗の身体的特徴を描写したいわけじゃないんだよ。つまり―――
「お前がストーカーか!?」
「はぁ……?」
辿り着いた結論を吐き出した俺に、男は怪訝な態度を示す。だが、俺は騙されない。ばっくれるのは犯罪者の常套手段だ。
「お前が俺の妹を付け狙う極悪非道な糞野朗だな!? 俺の可愛い可愛い超キュートな妹を毒牙にかけようなどと……この俺が許さん!」
「……とりあえず、落ち着こうか」
すると男は額を押さえ、半ば呆れ気味にそう切り出す。いや、落ち着けと言われても、お前が変質者なのが悪いんだろうが。
「まず、俺は別に、お前の妹をどうこうするつもりは毛頭ない」
「……は?」
あれ、また白を切ろうとしているぞ、こいつ。往生際が悪いな、おい。
「寧ろ逆だ。「どうこうされる」ことがないよう、見守っていただけさ」
「嘘だ!」
「嘘言ってどうする」
否定するも、即座に突っ込まれてしまう。うぅ……ほんとにストーカーじゃないのか?
「まあ、立ち話もあれだ。詳しい話は場所を変えてからにしよう」
従うのは癪だったが、確かに色々とあれなので、俺はそいつについていった。……懐に忍ばせた、スタンガンの電源を入れながら。