全力で優香といちゃつくぜ!
◇
……翌日。俺はいつものファストフード店で、魔緒から事の顛末を聞いていた。
「結局、あの綾川って人には逃げられたのかよ?」
「ああ。重傷は負わせたが、途中でな」
俺の問いに、魔緒はしれっとそう答える。重傷って……しかも「途中」っていうことは、まさか、殺す気だったのか?
「折角手当てしてやろうと思ったんだが、仲間がいたみたいでな」
「そうか……って、仲間?」
「ああ」
俺や優香を襲った奴ら以外にも、彼女には仲間がいたらしい。そいつが綾川さんを回収したのだろう、と魔緒は言った。
「綾川は磁気操作の能力者だったんだが、他の奴らは恐らく退魔師だな。お前を襲ったのも含めて」
「能力者? 退魔師?」
また何か、聞いたことのないフレーズが出てきたな。そう思って、俺は魔緒に説明を求めた。
「能力者ってのはそのままだ。特異な能力を持った奴。超能力者とかいえば分かるだろ? 退魔師は……また今度な」
「おい」
何故そこで説明を渋るんだ? 聞かれると困ることでもあるんか?
「多分、次会う時に専門家を連れてくると思うから、そのときにでも説明してもらえ。俺にはうまく説明する自信がない」
そんなややこしい内容なのかよ……? まあ、それならいつまでも食い下がってても時間の無駄か。そう思って、俺は別の質問を投げかけることにした。
「で? 結局俺は、これからどうすればいいんだ?」
「現状はとりあえず待機。次に俺が来るまでは、自主練習でもしておけ」
自主練か……まあ、魔緒も色々と忙しいんだろうし、対応を検討したりしないといけないから、それが妥当なんだろう。
「それから、妹といちゃいちゃするのも忘れるなよ」
「了解」
追加の指示に、俺は速攻で頷いた。そんなこと言われたら、やらない訳にはいかない。全力で優香といちゃつくぜ!
◇
「優香ー! 一緒にお風呂入ろうぜー!」
「死ねっ!」
その日の夜。一緒にお風呂で兄妹の親睦を深めようと提案したら、間髪置かずに蹴られました。グッジョブ!
「そんな冷たいこというなよ~。たまには裸のお付き合いしようぜ~」
「そ、そんなに私の裸が見たいっていうの……?」
蹴られてもなお食い下がる俺に、優香は自分の体を抱き締めながら問いかけて来た。なんて答えるかって? 決まってるだろ?
「そりゃ、見たいか見たくないかでいえば、断然見たい」
「今度こそ死ねっ!」
正直に答えたら、またも強烈な蹴りを入れてきた。……なんだい優香、お兄ちゃんを快楽死させる気かい?
「あ、兄貴が、変態シスコン野朗から変態どMシスコン野朗にランクアップしてる……」
優香が、俺のことをゴミのように見下してくる。しかし、何といわれても、今の俺にはご褒美でしかないっ!
「……ふふっ、もう終わりかい?」
「き、気持ち悪い……」
あぁ……なんか、昨日のあれから、変なものに目覚めたみたいだ。ちょっと自分でも引くくらいの、マゾヒズム的なものに。
「というわけで、一緒にお風呂だっ!」
「嫌よっ!」
それから暫く押し問答を繰り返していたが、結局母さんの介入(主に俺がしばかれただけ)によって、結局バラバラに入浴することとなった。
◇
「優香ー! 一緒に寝ようぜー!」
「死に絶えろっ! この犯罪者!」
入浴を済ませた俺は、優香の部屋へ、枕を片手に突撃訪問。しかし、扉を開けた瞬間に蹴り出されてしまった。
「何堂々と妹と同衾しようとしてるのよっ!?」
「と」が多い突込みだな……まあ、それはともかく。
「いいじゃないかよ~。たまには人肌の温もりを感じながら眠りたいんだよ~」
内側から鍵を掛けたのか、開かなくなった扉に張り付いて、俺は食い下がった。しかし、返って来たのは、こんな素っ気無い言葉だった。
「そんなに人肌が恋しいなら、お母さんと寝れば?」
「嫌だよ、あんなババアなんかと―――」
「誰がババアですって……?」
ふと聞こえてきた声に振り返ると、そこでは母さんが、満面の笑みで佇んでいた。思わずババア呼ばわりしてしまったけれど、未だに実年齢-20歳くらいの若さを保つ母さんの笑顔は、息子の俺でも見惚れてしまいそうだった。―――こんなシチュエーションでなければ、だけど。
「また懲りずに、優香にセクハラしてるみたいだし……ちょっとお仕置きしないとね」
―――その日、俺は地獄というものを知った。本当に怖いのは、魔術師みたく得体の知れない相手ではなく、怒らせた女性だということも。
◇
……それから数日間、俺は優香と全力でいちゃいちゃしようとしたが、毎回母さんに邪魔されてしまった。
「優香ー! ちゃんと温まってるかー?」
「入ってくるなっ!」
「それ、犯罪だから」
お風呂に突入しようとしたときは、脱衣所に入っただけで摘み出されるし。
「優香ー! あーんしてやるぞー!」
「止めて!」
「食べ物で遊ばないで頂戴」
優香のために、夕食のハンバーグを分けてあげようとしたら、その日は飯抜きになったし。
「優香ー! アイス買って来たぞー!」
「要らなーい!」
「なら、私が貰うわね」
優香のためにアイスを買って来たら、母さんに奪われるし。どうしてこんなに妨害するんだろうか? 俺たち兄妹が仲良くするのが、そんなに嫌なんだろうか?
《いや、それは普通の対応だぞ?》
というわけで、俺の不満を魔緒に相談していたのだが、電話越しの魔緒からはそんな台詞が返って来たのだった。
《というか、最後の一つ以外は兄の領分を越えてるぞ。普通なら通報されてる》
「いいじゃないか、兄妹なんだから」
《どちらかといえば、兄妹だからまずいんだろうが》
何故か呆れ気味の魔緒は、「もういい」と勝手にその話題を打ち切った。なんだよ、妹といちゃつけと言ったのはそっちだろうに。
《それより、退魔師の件なんだが》
……どうやら、ここから先は真面目な話らしい。俺も気持ちを切り替えて、姿勢を正しながら聞くことにした。
《襲ってきた退魔師の特定が出来た。明後日、専門家を連れてそっちへ行く》
「……そうか」
俺が優香といちゃついている間も、魔緒は仕事してたんだな。社会人、大変だな……。
《それで、一つ聞きたいんだが》
「何だよ?」
俺が質問の内容を促すと、魔緒はこう尋ねてきたのだった。
《近くに、雀荘はないか?》