その後。とある屋敷の地下室にて
……魔似耶は。
「七対子」
「反射!」
ローブの人影が放つ銃撃を、展開した魔術障壁で弾く魔似耶。直後に疾走を開始し、人影に迫ろうとする。
「平和」
人影は銃を乱射しながら、バックステップで魔似耶から距離を取ろうとする。それに負けじと、魔似耶も障壁を展開し、銃撃を防ぐ。
「混一色」
「くっ……!」
しかし、続く攻撃を防御することは叶わず、障壁を破壊されてしまう。魔似耶は即座に真横へ飛び、左手で新たな障壁を展開し直して追撃に備えた。
「断幺九」
更なる銃撃による弾幕が魔似耶に襲い掛かるものの、それらは全て、彼女が翳した左手、その先にある紫色の魔法陣が弾いてしまう。その様子を眺めながら、魔似耶は、この奇妙な敵の技について、考えを巡らせていた。
(混一色の一撃は防げなくて、平和や断幺九の連射は全部防げる……もしかして)
その結果から一つの仮説を立てた魔似耶は、左手の先に障壁を維持しつつ、右手に別の魔術を展開する。
「切り裂け閃光っ!」
魔似耶の叫びに応えるように、彼女の右手から眩い光が溢れ出して来る。光は収束して帯となり、その形を剣へと変える。―――魔緒が使っていたのと、同じタイプの魔術だ。
「二盃口」
人影が銃撃を放つのと同時、魔似耶は近くの塀に飛び乗って攻撃を躱す。そのまま塀の上を駆け抜け、人影の傍まで来たところで飛び掛った。
「にゃあぁーーー!」
「……っ!」
飛び降り様に光の剣で切りつけてくる魔似耶と、それを銃で防ぐ人影。しかし、拳銃程度の大きさで防ぎきれるほど、光の剣は弱くない。受け止めた銃身に亀裂が奔り、今にも砕けんとする。
「ちっ……」
すると人影は後退して、そのまま魔似耶に背を向けて走り出す。
「……逃げられたのにゃ」
敵をみすみす取り逃がしてしまった魔似耶。けれど、「深追いは厳禁」が彼女にとっての原則なので、あの人影については諦めることにした。
「それより……魔緒は、大丈夫なのかにゃ?」
問題ないと分かっていても、不安になってしまう。しかし、今はもっと優先すべきことがあると自分に言い聞かせて、魔似耶はこの場から立ち去るのだった。
……魔緒は。
「―――っ!」
地面を転がるように後退する綾川の鼻先を、光の剣が掠めていく。それに遅れる形で、砂鉄が彼女を覆い出すものの、続く電撃がそのカーテンをを払っていった。
「砕け散れ閃光」
回避で手一杯の綾川に対し、魔緒は更なる追い討ちを掛ける。綾川の眼前に幾多もの小さな輝きが広がり、彼女の視界を塗り潰した。
「……!?」
綾川は咄嗟に砂鉄の鞭を作り出し、光源を打ち払わんとするが、時既に遅し。
「閃光の星屑ッ!」
無数に漂う光の粒は、直線状の矢となって、綾川の身に降り注ぐ。その幾つかは砂鉄の鞭を貫いて霧散するが、その他多くの矢は綾川の体を貫いていく。
「がっ……!」
腕を、膝を、腹を、肩を、髪を。急所以外のありとあらゆる箇所に、光の矢が突き刺さる。矢は皮膚を焦がし、溢れ出す血液さえも蒸発させて、綾川の体を破壊していく。文字通り我が身を焼かれて、綾川は悶絶することすら出来ずに、ただその痛みを耐え続けるしかなかった。
「……ったく。この技は後味悪いな」
魔緒が魔道書を降ろすと、光の剣も、矢も、全てが砕けて消え失せる。後に残ったのは、満身創痍となった綾川と、勝者たる魔緒だけだった。
「ちょっと待ってな。すぐに治療してやる」
「……いら、ない」
明らかに重傷な綾川を、手当てしようとする魔緒。しかし、綾川は弱々しい声で、それを制した。
「……やっと、分かった。あなた、も、敵だ……って、こと、が」
零れてくるのは、呪詛の言葉。魔緒を呪う、恨みの篭った台詞だった。
「次は、本気で……殺、す」
「次……? 次なんて―――」
直後、綾川の姿が、一瞬にして掻き消えた。
「なっ……!?」
突然のことに、さすがの魔緒も、状況が飲み込めないでいた。何せ綾川が、一切の予備動作なく消え失せてしまったのだから。
「……仲間がいたのか」
我に返った魔緒は、目の前で起こった現象をそう結論付けた。誰か、綾川の仲間が隠れていて、窮地に陥った彼女を回収したのだと。
「けど、ほぼ一瞬で消えたしな……まさか」
頭を過ぎった考えに、魔緒は表情を険しくする。その可能性を考慮すると、何か不都合があるのかもしれない。
「……とにかく、あいつらの無事を確認しないとな」
それはともかく、忘れかけていた兄妹の安否を確かめるため、魔緒はその場を後にするのだった。
◇
……その後。とある屋敷の地下室にて。
「……全く。無様ね」
石造りの部屋。時代遅れの白熱電球が照らす空間の、その真ん中。そこに、少女は座っていた。木製の古びた椅子に腰掛け、前方の女性に向かって、侮蔑の言葉を吐いていた。
「私の部下まで勝手に使って、その挙句に失敗。あなた自身も重傷だなんて……開いた口が塞がらないとは正にこのことね。涎が垂れてきたらどうしてくれるのかしら?」
そんな言葉責めを受けているのは、少女の前で跪かされた女性。服を着ていないが、その四肢も、胴も、白い包帯が巻きつけられていて、それが衣服の代わりとなっている。
「……言っておくけど、こっちはあなたたちよりも上から命令されてるの。偉そうなことを言わないで頂戴」
「上、ね……」
女性の反論に、少女は嘲笑を込めて鼻を鳴らす。
「あなたの命を救ったのは、その上と、私たちと、どっちかしら? うちの優秀な執事が助けてくれなかったら、あなた今頃死んでたもね。そうでなくても、魔術師に捕らえられて、今よりもっと惨めな目に遭ってたかも。……なのに、そんな口を利けるんだ?」
少女の言葉に、女性は黙るしかなかった。さっきまで生死を彷徨っていたのだから、そこから救ってもらっただけでも、本来なら感謝するべきなのだから。
「本当なら、あのまま死なせてあげてもよかったんだけど……折角だから、あなたには見せしめになってもらうわ」
「見せしめ……?」
すると、女性の背後から、二人分の気配が沸いて出た。一人は、眼鏡を掛けた三つ編みの少女。一人は、ローブを身に纏った、性別不詳の人影。どちらも、琢矢を襲った退魔師だ。
「そ。だから、あなたの人生は、どの道ここで終了なわけ。じゃーねー♪」
二人の退魔師に担がれていく女性―――綾川雲母を見送りながら、少女は無邪気に微笑むのだった。