なんだか、今日の優香は異様なまでにサディスティクだな。でも、そんな優香も可愛らしいっ! 素晴らしいっ!
……その頃、ほのかは。
「とっとと……死ねっ!」
銃剣使いの少女は、まるで鬱憤を晴らすかのように、ほのかへと切り掛かる。
「……っ!」
対するほのかは、右手のひら―――その上に展開した不可視の魔術障壁で、少女の繰り出す斬撃を弾いた。先程から、少女が攻撃してほのかが防ぐという、見事なまでの泥試合が繰り広げられているのだった。
「ったく、やりにくいったらないわっ……!」
剣を受け流し、銃撃を弾き、周囲に張った結界で相手の逃亡を防ぐ。ほのかは、見事なまでに相手の動きを妨害していた。相手がイライラするのも無理はない。
「あ゛~っ! もうっ、まどろっこしいわね!」
度重なる防御に痺れを切らしたのか、少女は銃剣を地面に突き刺し、懐から一枚の紙切れ―――赤い文字が書かれた、いわゆる呪符―――を取り出した。
「吹っ飛べっ!」
「……っ!?」
少女の掛け声に呼応して、呪符が微かな光を放つ。やがてその光量が増えていき、視界を塗りつぶす規模になると、光が呪符ごと弾け飛び、爆発した。
「きゃっ……!」
爆風の中、ほのかは小さな悲鳴を上げるが、それもすぐ轟音に掻き消されてしまう。音と光の惨劇が終わる頃には、ほのかと少女、両者は片膝をついていたのだった。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
「……やる、じゃ、ない」
しかし、二人の負傷度合いは対照的であった。ほのかは息を切らしているだけで掠り傷一つ負っていないのに対して、少女は右腕で爆発を防いだのか、皮膚が火傷で爛れていた。あの爆風を、ほのかは全て魔術で防いだのだろうか。
「けれど、これで結界は壊れたわね……」
「あっ……!」
どうやら、防御に集中するあまり、周囲に張った結界が解けてしまった模様。つまり、少女はいつでも逃亡できる状態になったということだ。
「まあどの道、任務は失敗だし……この辺でずらかるとするわ」
「ま、待っ―――」
ほのかが呼び止めるよりも早く、少女の姿は、まるで霧のように掻き消えてしまった。……どうやら、逃げられてしまったようだ。
「……ふぅ」
敵に逃げられた反面、ほのかは思わず安堵していた。外傷こそ負わなかったが、彼女も大分ダメージを受けていたのだ。あのまま戦闘が継続していたら、さすがに危なかっただろう。
「っと、琢矢君たちのところへ行かないと……」
そこで、琢矢たちのことが気に掛かる。あの少女は引き付けたものの、他に追っ手がいないとも限らない。未だに軋む体に鞭打ち、ほのかは彼らの元へと向かった。
……魔緒は。
「―――っ!」
迫り来る二本の黒槍を、サイドステップで躱す魔緒。続いて飛んできた鉄球には電撃を浴びせ、元の砂鉄に変えて無効化。目の前を覆うような砂鉄のカーテンを展開されるも、それすら電撃で崩してしまう。
「ほらほらぁっ! 私と拳で語り合うんじゃなかったのぉっ!?」
対する綾川は、次々と砂鉄の武器を作り出しては、それを使って魔緒を攻撃している。彼女を覆っていた砂鉄は少なくなっており、それよって、綾川の狂気じみた表情がよく見える。
「はぁっ……!」
綾川の問い掛けに応えるかの如く、魔緒は彼女に向かって電撃を放つ。しかしそれは、砂鉄のヴェールに触れた瞬間に弾けて霧散してしまう。
「……ぷっ! はははっ! やっぱり! 磁場の影響を受けないなんて嘘じゃない!」
自分が周囲に作った磁場が、魔緒の電撃を防いだところを見て、綾川は大笑いした。……どうやら、強力な磁場によって、電撃の軌道が乱されてしまったみたいだ。
「全く受けないとは言ってないだろ。というか、お前の周りの磁場が異常なんだ」
笑われてしまった魔緒は、溜息混じりにそう釈明する。確かに、「受けにくい」としか言っていないな。
「言い訳するんだ?」
「そもそも、魔術師のお喋りを真に受けたのが悪い。こういう風に、戦闘中の魔術師が喋ることなんて、殆どがはったりだ」
確かに、戦っている最中に無意味な会話を続ける理由など、相手を欺く以外にはないだろう。そのことを再認識してか、綾川はどこか悲しげな表情で、魔緒にこう問いかけた。
「あら? じゃあ、あのときの言葉も嘘だったのかしら?」
「本気だったさ。……少なくとも、あのときはな」
二人の間で交わされる会話。それは、かつて級友だった頃のことだろうか。
「けれど、今は違うぜ。相手が誰であれ、騙しもするし欺きもする。目的のためなら、誰だって傷つける。―――それが、お前であってもな!」
魔緒は、左手で握っていた本を閉じ、綾川のほうへ突き出した。
「切り裂け閃光」
そう一言呟くと、本―――魔道書に込められた魔術が起動する。ページの隙間から眩い光が漏れ出し、一本の帯へと姿を変える。その帯は鋭く尖っていき、やがて一本の剣を形作った。
「あら、また騙されたみたいね」
「おいおい、俺はちゃんと言ったぜ。「閃光と雷光の魔術師」だってな」
「閃光と雷光の魔術師」の異名。それは、電撃と光を操る者に与えられる称号なのだ。この剣こそが、その証明なのだろう。
「切り刻まれねぇように、気をつけるんだな」
光の剣を携え、魔緒は綾川に切り掛かった。
……琢矢は。
「……ねぇ、兄貴」
「ん?」
俺は優香の部屋で、優香と肩を並べるように座っていた。壁にもたれかかり、一緒に寄り添うだなんて、今まであっただろうか? 俺の記憶では、ない。
「あれって……「あの人」、だよね?」
「お前がそう言うなら、そうなんじゃないか?」
優香が尋ねてきたのは、さっき会った猫耳女のこと。優香のいう「あの人」と特徴が一致していたので、多分間違いないとは思う。けれど、俺は実際に会っていないので、あれが本当に「あの人」なのかは分からない。だから、どうしても返答が曖昧になってしまう。
「折角、また会えたのに……お礼、言えなかった」
「優香……」
やっぱり、優香にとっての「あの人」は命の恩人のままなんだろう。……優香を助けてくれたことには素直に感謝しているが、同時に、優香のナイトは俺じゃないんだと思い知らされているようで、悔しい気持ちになる。醜い嫉妬なのは承知しているが、妹の前でかっこつけたいんだ。そう思ってしまうことくらい、大目に見て欲しい。
「あ、でも……さっきの兄貴、かっこよかったよ」
俺がそんな葛藤をしていると、ふと思い出したように、優香はそう付け加えてきた。けれどその表情は、兄である俺でもドキリとするような、優しい微笑みで……あ、やばい。ノットアウトされたかも。
「そ、そうか……」
優香に褒められることに慣れてなくて、しかも少し気まずくなって。俺はそっぽを向いて、紅潮した顔を見られないようにした。
「あれ? もしかして兄貴、照れてるの?」
「そ、そんなわけないだろ……」
だというのに、優香はそんな指摘をしてくる。図星を指されたせいて、俺は思わず素っ気無い態度を取ってしまったが、それで優香の追及が収まるわけもなく。ニヤニヤと意地の悪い笑顔で、俺の顔を覗き込んできた。
「あれあれぇ~? 兄貴、意外と照れ屋さんなんだぁ~」
「て、照れてないってっ!」
照れ隠しを重ねるほど、どつぼに嵌っていくのだが……今の俺には、冷静な対処法など思い浮かばなくて。結果、優香が更に増長することとなった。
「嘘はよくないよぉ~、あ・に・き」
うぅ……なんだか、今日の優香は異様なまでにサディスティクだな。でも、そんな優香も可愛らしいっ! 素晴らしいっ! けれど、この状況は凄く困った!
「ほら、こっち、向いて。ね?」
優香の吐息が、俺の耳をくすぐる。つまり、それだけ優香の顔が近くにあるということだ。今振り向けば……優香の顔が、文字通り目と鼻の先にあることになる。
「兄貴?」
……まずい。ほんとに変な気分になってきた。相手は妹だっていうのに、心臓の鼓動が大きくなって鎮まらない。
「こっち……向いて?」
心なしか、優香の声も色っぽく、艶っぽく聞こえてくる。さっきから、背中に柔らかい何かが当たってるし。
「ゆ、優香……」
今振り返れば、理性を保てなくなる自身がある。妹相手に情けないが、普段と態度がここまで違うと、このギャップに耐えるのは困難だ。耐えられる奴がいたら教えて欲しいくらいさ。
「兄貴……」
分かっているのに、首は勝手に動いてしまう。錆び付いた歯車のように、ゆっくりと、少しずつ、優香のほうへ顔を向けようと―――
「―――あんたたち、何してるの?」
「「!?」」
突然割り込んできた第三者の声に、俺と優香は弾かれるように距離を取った。
「喧嘩してたかと思えば、急にベタベタして……気持ち悪い兄妹ね」
ふと見やれば、部屋の入り口に母さんが立っていた。いつの間にか、部屋に入ってきていたみたいだ。ということは……さっきの、見られてた?
「あ……、あぁ……」
一方、優香は頭を抱えながら震えていた。何というか、「やってしまった」って感じだが……。かと思えば、唐突にこちらを向いて、叫びだした。
「あ、ああ、兄貴の馬鹿ぁーーー!」
「ぐへぇっ……!」
そしてそのまま、頬に平手打ちを食らいました。お後がよろしいようで。