っていうか、「変態に」って何だよ? 「お幸せに」みたく言うなよ。
……では、その兄妹はどうなったのか。
「……ふぅ。優香の前だし、このくらいにしておくか」
今日は色々なことが起こった。下校途中に変な男たちが現れて、攫われそうになった。かと思えば、突然兄貴が現れて、私を守ってくれた。……どうしてこの男は、普段はゴミのようなのに、こういうときはかっこいいのか。
「優香、大丈夫か?」
「う、うん……ありがと」
今まで誘拐(未遂)犯をフルボッコにしていた兄貴が、私のほうに戻って来た。その優しい笑みに、私は不覚にも、ドキリとしてしまった。
「……優香?」
「な、なんでもないわよ馬鹿兄貴っ……!」
これ以上兄貴の顔を見てられなくて、私は思わず目を背けた。……そ、そうよ、これはただの吊橋効果なんだからっ! 別に、兄貴じゃなくても、同じことになってるはずなんだからっ!
「ゆ、優香……!?」
でも、兄貴は深刻そうな声で、もう一度私の名前を呼ぶ。……そ、そんなに傷ついたの?
「な、なんでもないわよ馬鹿兄貴っ……!」
「ゆ、優香……!?」
優香を攫おうとした不届き者を葬った(注:気絶させただけ)後、優香がそんなことを言い出した。普段の彼女なら、それくらい何の不思議もない。だが、今は違う。優香は今、記憶喪失のはずだ。俺に関する記憶をなくしていたはずなのに―――
「俺のことが、分かるのか……?」
「……は?」
俺の問いに、優香はきょとんという顔をした。俺が何を言ってるのか、理解できないって感じだ。
「兄貴、頭壊れたの?」
「い、今、兄貴って―――」
「当たり前じゃない。兄貴は兄貴よ。それ以外の何物でもない」
やや早口で捲くし立てるように、優香はそう言った。……もしかして、記憶が戻ってる?
「良かったね、琢矢君」
「絵美那……」
「え、絵美那さん……?」
すると、まるで見計らったように絵美那が現れた。どうやら、さっきのやり取りを聞いていたらしいな。
「優香ちゃんの記憶、ちゃんと戻ったんだね」
「記憶? 何の話?」
絵美那の言葉に、優香は疑問符を浮かべていた。……記憶喪失自体も自覚症状がなかったが、記憶が戻ったことも気づいていないのか?
「ふふっ、内緒。それよりも、この犯罪者たちを拘束するほうが先だよ」
絵美那は優香に微笑むと、どこからともなく取り出したごつい手錠で、誘拐犯共をお縄にしていく。気絶させたとはいえ、死なないように配慮したから、目を覚まされると厄介だしな。
「?」
そんな彼女に、優香は可愛らしく首を傾げるのだった。
◇
……それから俺たちは、揃って帰宅した。事後処理は絵美那と、後からやって来たアンネさんたちに任せた。優香に気づかれないようにアンネさんたちと話をするのは大変だったけど、携帯という現代ツールのお陰でどうにか出来た。優香の記憶が戻り、母さんは安心していた(しかし、「これで自由に家を空けられる」などという不謹慎なことも言っていたが)。
「……というわけで、私たちが調査していた事務所が「災厄」からの依頼を受けていたみたいですわ」
「因みに、その方たちはジャパニーズポリースに通報したのでございます~」
そしてあれから一日が経ち、俺はアンネさんとヴィクターさんから詳細な話を聞いていた。二人が「西欧魔術師協会」の仕事で調べていた反社会組織の事務所が、「災厄」と思しき相手から優香の拉致を依頼されていた、とのこと。それを知って二人は駆けつけてくれたのだが、肝心の誘拐犯は俺が先に倒してしまった、という感じらしい。
「私たちを足止めしてたのはフリーの霊術使い―――霧絵の血を引いた人間だったわ。かなり昔に、退魔師としての才能がなくて分かれた血筋みたい。本家の霧絵とは何の接点もないから、こっちでも動きが掴めなかったの。……ごめんなさいね」
「災厄」の奴らは、元・霧絵の血筋まで使って、今回の誘拐犯をサポートしていたらしい。……霧絵が抜けて、黒憑も死んだのに、まだ諦めてないのか。
「霊術使いの身柄はこっちで預かった。他の奴らは警察がしょっ引いている。……まあ、誘拐未遂事件の痕跡は消したから、そっちの分は捜査されないだろうな。他に色々とやってたみたいだから、当分は社会に出て来れないだろうが」
事後処理に関わる面倒ごとは、全部魔緒が引き受けてくれたみたいだ。俺としても、この件は穏便に済ませたいし、その辺の工作をしてくれたことに感謝しないとな。
「また「災厄」の奴らが何か仕掛けてくるかもしれないが、ごたごたも一つ片付いたことだし、よしとするか」
しかし、魔緒は何か忘れている。……こいつも、少し前までは、その「ごたごた」の一つだったということを。
「それと、私たちはそろそろ帰国しなければなりませんわ」
「お役御免なのでございます~」
更には、アンネさんとヴィクターさんは自分の国へ帰るとのこと。確かに、そもそも日本に来たのは仕事だったからな。それも終わったんだし、帰るのは当然だ。
「寂しくなるわね」
「ええ。ですが、また来ますわ。今度はプライベイトで……と言いたいところですが、有給を使い切ってしまったので、それもいつになるか」
「マオ、新作アニメのBD一式を送って欲しいのでございます~」
「自分で買え」
光子や魔緒が、二人と別れの挨拶を交わしている。魔緒は前からの知り合いだし、光子は二人を実家に泊めていたから、寂しさも特に大きいのだろう。
「アンネさん、色々とありがとう。また魔術のこと、教えてくれよ」
「ええ、勿論ですわ」
俺もアンネさんには稽古をつけてもらったし、最後にきちんと挨拶する。ヴィクターさんは……なんか余計なことばかりしてるよな。まあ、いいや。こっちもちゃんと挨拶しておこう。
「ヴィクターさんも、色々とありがとう」
「あらあら~。タクヤもどうか、末永く変態にでございます~」
うぐっ……早速後悔してしまった。っていうか、「変態に」って何だよ? 「お幸せに」みたく言うなよ。
「それでは、また会いましょう。マオ、タクヤ、ヒカルコ、ハナノ、エミナ」
「さよならなのでございます~」
「じゃあな」
「さよなら~」
「メールするからね~」
そんなこんなで、外国人魔術師たちは俺たちの前から立ち去った。……また会えるといいな。