だから、忘れていたんだ。
◇
……俺が魔術の訓練を始めてから、一週間が経過した。その間の俺は、魔緒の指導に従い訓練に励み、優香のことを気遣い、時たま触れ合って、とても充実した日々を過ごしていた。……そう、楽しかったさ。だから、忘れていたんだ。何故俺が、魔術の訓練をしているのかを。
「よし、とりあえず休憩だ」
魔緒の一言で、俺はようやく休息を取ることが許された。この訓練にも慣れてきたが、相変わらずしんどい。魔緒曰く、魔力を消費するからで、体力は消耗していないらしいけど。
「順調のようだな。この短期間で、しかもそんなに長い時間はやっていないのに、ここまで出来れば上等だろう」
確かに、平日の訓練は放課後だけで、あまり沢山の時間が取れたとは言い難い。けれども、与えられた魔術「雷切」は殆ど物にできていた。今ではちょこっと応用して、右手そのものに電気を纏うことも出来る。
「成果が上がるのはいいことだが、気をつけろよ。電気系の魔術師は帯電体質だからな。火気厳禁の場所では脱電をしっかりしないと最悪爆死する」
「厄介な体質だな、おい」
確かに、花火工場なんかでは、少しの静電気で大爆発に繋がるとかいうけど。ま、火気厳禁な場所なんて、そうそう行かないだろう。
「ガス漏れしたときも速攻で爆発するし、下手するとガスボンベの栓を開閉するだけでも引火するからな。静電気を抜くアイテムは絶対に手放すなよ」
……よし、帰りに百円ショップで買ってこよう。
「後はまあ、この短い期間によくやったなと、褒めてやりたいくらいだな」
お、褒められた……こいつに褒められるとは思ってなかったぜ。
「とはいえ、全体的にはまだまだ未熟だ。実戦に出るには全然早い」
「そうね。まだまだひよっこだわ」
はて? 突然、女性の声が割り込んできた。ほのかさんじゃないみたいだし、誰だろ?
「!?」
驚いた様子で振り返る魔緒。その視線が射抜く先には、見覚えのある女性が佇んでいた。
「やはー、陰陽君」
「綾川……どうして、お前が?」
そうだ、思い出した。確か、魔緒の古い知り合いで、綾川雲母って人だ。でも、どうしてこの人が、ここに?
「あら、当然じゃない。だって―――陰陽君が、散々私たちの邪魔をしてくれたんだから」
「……っ!」
綾川さんの言葉を聞いた途端、魔緒は俺を庇うように前へ出た。な、何だ……?
「ど、どうしたんだよ……?」
「……こいつ、敵だ」
魔緒が、苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。敵って……どういうことだ?
「あら、やっぱり邪魔するのかしら? ―――あの時は、庇ってくれたのに」
綾川さんが、ほんの一瞬だけ悲しそうな笑みを浮かべるが、それはすぐに消えてしまった。代わりに表れたのは、能面。冷たく感じるほどの無表情だ。
「……おい。今すぐここから立ち去れ」
すると魔緒は、呟くようにそう言った。声の大きさからして、その言葉は綾川さんではなく、寧ろ俺に向けたものだろう。
「どうしてだよ? お前の友達だろ?」
「違う。こいつは―――お前の妹を狙っている」
は? 今、何て言った……?
「こいつは、浜荻優香を狙う一味の一人だ。すぐにここを離脱して、瓦町と合流しろ」
そこまで言われてようやく、魔緒が言わんとしていることが理解できた。この人は、優香を連れ去ろうとしているのだと。……まさか、本当に現れるとは。
「……分かった。ほのかさんを連れて戻ってくる」
「いや、ここには戻ってくるな」
応援を呼んで欲しいという意味だと思ってそう答えたのだが、魔緒は俺の言葉を否定した。
「よく考えろ。あいつ「ら」の目的はお前の妹だ。だったら、俺たちの元に現れたのは陽動で、本命はとっくに目標のところだろ?」
「あ」
そうだ! こうしている間にも、優香の身に危険が迫っているんだった!
「優香っ!」
優香のことを考えたら、体が勝手に動き出した。俺は空き地から飛び出して、優香の元へと向かったのだった。
「……いいのか? あいつを逃がして」
「ええ、問題ないわ」
琢矢が去った後。残された二人は、向かい合いながら、お互いに言葉を交わしていた。しかし、穏やかな口調とは裏腹に、漂う雰囲気は酷く張り詰めていたが。
「いくら陰陽君の教え子でも、今はまだ魔術師見習い。大したことは出来ないわよ」
「そうだな。けど―――まさか、お前が敵に回るとは思わなかったぜ」
知人が敵で、しかも教え子の妹を狙っていたと分かっても、魔緒は驚くような素振りを、その台詞とは裏腹に、態度では全く示さなかった。まるで、最初から全てが分かっていたかのようだ。
「あら、それはこっちの台詞よ。陰陽君は、いつだって私の味方だと思ってたのに……今は、私に楯突くの?」
「そりゃな。何も知らないガキだった頃とは違うさ。―――今なら、「あの事故」を引き起こしたのがお前だって、断言できるしな」
「あの事故」。前に彼が琢矢に話していた、三山線脱線事故のことだろうか? どうして、それが今、関係してくるのだろうか?
「……そう。あの大切な思い出も、あなたは否定してしまうのね」
「そう思ってるのはお前だけだ」
魔緒は徐に、古ぼけた一冊の本を取り出した。分厚いハードカバーの本は、何語とも分からないような、見慣れぬ文字で書かれているようだ。
「さ、やることやろうぜ。積もる話は、戦いながらでも出来るだろ?」
「ええ、そうね。この前は出来なかった話を、たっぷりしたいわね。けど―――」
「っ……!」
突如、綾川の足元から、黒いコードのようなものが飛び出していた。「いた」なのは、飛び出す瞬間を、誰も捉えられなかったからだ。……無論、魔緒も。
「もう、お話も出来ないのよね。残念」
黒いコードは、魔緒の腹に突き刺さっていた。それはつまり―――




