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シスコン兄貴奮闘記  作者: 恵/.
第七話 昔の妹と今の妹
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……何故だか、昼食のあんぱんは、微かに塩味がした。


  ◇



「……はぁ」

 食事の後。私は自室のベッドに潜り込み、深く溜息を吐いていた。……いつの間にかうちに住み着いている謎の男―――母さんや光子曰く、私の兄らしい―――は、今日もやたらと話しかけてきた。っていうか、あんなのが私の兄って……ドッキリにしたって、もう少しマシなのを考えて欲しかった。けれど性質の悪いことに、これはどうやらドッキリではないらしい。本当に、私の兄みたいなのだ。うちのアルバムを見てみると、写真にちゃんと映っていた。一体、どういうことなのか?

「……私、ずっと一人っ子だったはずなのに」

 私の記憶では、私はずっと一人っ子で、兄なんて存在しない。けれど、実際にゴミ男が私の兄になっている。こういう場合、漫画とかだと、何か大きな事件の前触れだったりするのだけれど……さすがに、現実でそんなことは起こらないはず。

「それに、あの男を見てると―――」

 あの変態を見ていると、どうしてなのか、腹の底から怒りが湧き上がってくるのだ。それ故に、私は母さんたちの話を受け入れられないでいる。……あんなのが兄だなんて、死んでも認めたくない。そんな思いがあるのだ。

「……でも、どうしてだろ?」

 とは言うものの、その理由が自分でも分からない。別に、男に対して嫌な思い出があるわけでもない。男に乱暴されたわけでも、襲われたわけでもない。なのに、どうしてここまでの嫌悪感を抱くのか。ただ、相手が男だから……というわけではないんだろうけど。

「……明日、光子に相談してみよっと」

 彼女にはあまり頼らないでくれと言われたけれど、これくらいなら大丈夫だろう。それに、私よりは光子のほうが男慣れしてそうだし、こういうことには詳しいかも。

「……さてと。お風呂入って来ないと」

 とりあえず、私は支度をして、入浴に向かった。……あのゴミが覗かないように、お母さんに見張ってもらわないと。



「……はぁ」

 食事の後。俺は自室のベッドに潜り込み、深く溜息を吐いていた。……光子が心を鬼にしてくれたものの、優香の記憶は戻る気配を見せず、現状の優香ともコミュニケーションを取れていない。自分の不甲斐なさに嫌気が差してきた。

「……優香、俺と目も合わせてくれないな」

 今の優香には、俺はただの不審者にしか見えていない。今まで築いてきた関係は、全て白紙になっているのだ。それがとても悲しくて……それ以上に、そんな状況で右往左往している自分が腹立たしい。俺は優香の兄貴なのに、その愛しの妹が大変な状態だっていうのに、俺は何も出来ていない。光子の助力を受けて、それでもこの様だ。情けないどころの騒ぎではない。

「まさか、こんなことになるなんて―――」

 優香からバレンタインデーのチョコを貰ったのが、遠い昔のように思えてくる。実際は、まだ二日しか経過していないのに。……これが数ヶ月にもなれば、今よりはマシになっているのだろうか?

「……それはないか」

 けれども、この件に限ってはそうでないだろう。時間が経てばどうにかなるとか、そういう問題ではない。受動的に事態を眺めても意味などなく、能動的に解決へと動く必要がある。何となくだが、そう思う。

「……とにかく、次は明日だな」

 今日はもう遅い。このまま無策で話しかけても、優香は相手にしてくれないだろう。明日、光子や絵美那に相談してみよう。記憶喪失に詳しくなくても、女の子の気持ちくらいは分かるだろう。

「……さてと。そろそろ寝るか」

 今日はまだ入浴していないが、まだ冬だし、いいだろう。……優香と衝突しそうなことは、出来るだけ避けたいし。



  ◇



 ……翌日。


「……で? 今日から学校だってことを忘れてて、結局何も出来なかったの?」

「うっ……」

 昼休み。学校の物理実験準備室で、絵美那と一緒に食事を取っていた。他の生徒に会話を聞かれないようにするためなのだが……結局、俺の不甲斐なさを再確認するだけとなってしまった。いや、だってさ、もうすぐ春休みだし……まだ授業があるの忘れてたんだよ。尤も、春休みの前に学年末テストがあるから、それを乗り切ってからだけど。ただでさえ私生活で問題が二つもあるんだ、その上進級まで危うくなのは勘弁だな。

「今、現実を見ながら現実逃避するっていう器用な真似してなかった?」

「し、してないっての……」

 しかし、そんな思考さえも絵美那には筒抜けだった。……女の勘って怖すぎる。不細工メイクで思考内容を当てられると、心臓に悪いんだよな。

「今度は、かなり失礼なことを考えてたでしょ?」

「な、なんのことだよ……?」

 や、やばい……これ以上変なことは考えないほうがいいな。心頭滅却心頭滅却。

「それはともかく、優香ちゃんの記憶喪失はかなり厄介だよ。琢矢君を経由して知り合った人物でも、琢矢君なしで出会ったことになってるみたいだし。つまり、私では取っ掛かりにならないの。……もっと性質が悪いのは、琢矢君関連の記憶も、私が少しでも関わったことは全部私のことにすりかえられていることかな。多分だけど、例えば琢矢君がクリスマスにプレゼントしたアクセも、全部私が渡したことになってると思う」

 絵美那が優香に会った結果は、昨日も聞いた。けれど、それは俺にとって、あまりいい内容ではなかった。……優香の記憶が俺に関するものだけ消えているなら、俺に繋がる記憶を取っ掛かりにして思い出してもらうという方法を考えていた。しかし、絵美那の話ではそれも不可能。俺を経由して知り合ったはずの絵美那も普通の知人として認識していることから、俺に関わるあらゆる記憶は消失、或いは改竄され、都合のいいように処理されているのだろう。そう思うと、ちょっと寂しいな。

「とりあえず、優香ちゃんのことは後回しだね。優香ちゃんの記憶を取り戻すのは容易じゃないし、優香ちゃんとの信頼関係を築き直すのも時間が掛かるから、数ヶ月から数年は見据えないと。……それより、もう一つのほうを解決したほうが早いと思うよ」

「だよな……」

 優香のことは長期的に対応するとして、今はもう一つの懸案事項に―――魔緒のことに専念するべきか。

「今日はほのかさんに来てもらうことになってるし、そっちから情報を仕入れて、それから対策立てよ?」

「それしかないか……」

 ともかく、魔緒の様子を知らないと、今後の予定も立てられない。その方針は賛成だ。

「じゃあ、今はご飯食べないと。午後からの授業、持たなくなるよ?」

 絵美那の言うことは尤もだったので、俺は食事を再開させた。……何故だか、昼食のあんぱんは、微かに塩味がした。

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