……女性って、どうしてそんなに勘が鋭いんだろうか? 超能力?
◇
……俺はほのかさんの案内で、私立草の木学園―――魔緒やほのかさんの職場にやって来た。敷地も校舎も馬鹿みたいにでかい点を除けば、外観は普通の高校と大差ないが……こう見えて、裏では魔術師を育成してるんだからな。至る所に罠が設置してあっても不思議じゃない。
「……琢矢君。あほなこと考えてないで、さっさと行くっすよ」
「なっ……!」
しかし、まるで思考を見透かしたようなほのかさんの言葉に、俺は驚きを隠せない。……女性って、どうしてそんなに勘が鋭いんだろうか? 超能力?
「考えてることが顔に出てるっすよ」
「あ……」
と思ったら、完全に俺のせいだった。……俺、ポーカーフェイスの練習でもしたほうがいいのか?
「さ、こっちっす」
ほのかさんに続いて、俺は学園の門を潜った。今日は休日なので、校内にはあまり生徒がいない。校庭に、運動部員と思しき学生がいるくらいだ。そんな中、俺たちは正面の建物に入っていく。
「ここは管理校舎……つまり、先生や事務員が事務仕事をする建物っす。ボスがいるのもここっすよ」
それから階段を登って、最上階である四階に辿り着く。そこには木製の扉が一つだけあり、扉には「理事長室」とだけ書かれている。……意外に簡素だな。こういう重役の部屋って、扉もかなり豪華だと思ってたのに。パッと見、普通の扉だ。
「失礼するっす」
ほのかさんは扉をノックしてから、返事を待たずに扉を開ける。事前に連絡を取っていたらしいが、それにしても不躾な気が……もしかして、ここって案外気軽に入れる場所なのか?
「あら、いらっしゃい。時間通りね」
部屋の中は殺風景で、大きな机と、簡素な応接セットがあるだけだった。そしてその机について、デスクワークに勤しんでいたのが……胡桃さんだ。
「琢矢君を連れて来たっす」
「ええ。そこに座ってもらって」
俺が応接セットに腰掛けると、胡桃さんも対面に座る。……向かい合ってみると、彼女の瞳―――琥珀色の双眸に、心が吸い込まれそうだった。
「じゃあ、私はこれで失礼するっす」
「ええ。ありがとね」
ほのかさんも退出して、俺と胡桃さんの二人っきりになる。……やっぱ、ほのかさんは聞かないんだな。それだけ、魔緒のことを信頼しているのか。
「さてと。魔緒のことだったわよね?」
胡桃さんの確認に、俺は静かに頷いた。……ほのかさん曰く、胡桃さんは魔緒の過去を知っているらしい。本人の許可なく聞くのは気が引けるが、本人とはコンタクトが取りづらいし、仕方ないと割り切ろう。
「今から話すことは、本人から直接聞いたわけじゃないわ。……だから、限りなく客観的な内容だと思う。けれど、途中で聞くに堪えないと思ったら言って頂戴ね。かなり残酷なこともあるから」
この忠告にも、俺は頷いた。……無論、全ての話を聞くつもりではあるが、俺のメンタルが耐えられる保証はないからな。
「じゃあまず、私個人の話からするわ。……どうして私が、彼の過去を知っているのかについて」
前振りなのか、胡桃さんは自分の話から始めだした。……確かに、何で魔緒が話していないことを知っているのかは気になるが。どうでもいいと言えばどうでもいいことだった。
「私が未来を予測できるのは知ってると思うけど……実はこれ、ただの魔術じゃないの。私、魔女だから」
「へ……?」
しかし、それは初っ端から雲行きが怪しかった。……魔女ですか?
「つまり、異種族よ。人間じゃないわ。……「災厄」の幹部連中と同じ、異種族」
「……!」
しかしそれは、言葉面よりもずっと重いことで。……「災厄」の中心になっているのも、人間とは違う種族だって言うのか?
「人間とは違う遺伝子構造を持って、生まれながらにして異能を操る。……魔女は三血統があって、それぞれが特徴的な瞳を持っているのよ。紫の瞳を持った「破壊の魔女」、発動する能力によって瞳の色を変える「七色の瞳の魔女」、そして琥珀色の瞳を持つ「未来視の魔女」。私は三つ目の魔女、「未来視の魔女」なの」
魔女に関する設定(?)らしきものを語りだした胡桃さん。……ということは、胡桃さんの美しい瞳も、魔女の証なのか?
「私たちに与えられた力は、「過去を知り、未来を読む」というものよ。―――現状だけでは未来を予知できない。未来を知るには過去を知る必要がある。そういう風に進化した種族なのよ。尤も、私はその一部しか受け継いでないから、魔術で多少は補強してるんだけど。それでも、他人の過去を知るくらいの力はあるの。……特に、波乱万丈な人生はね」
……要するに、それだけ魔緒の人生も大変だった、ってことだろうか? 見るからにそんな感じはするけど。
「あ、言うまでもないけど、あなたの過去も覗き見したから」
「のぉぉぉーーー!」
かと思えば、今度は俺に爆弾が投下された。な、なんということだ……! 俺の過去も筒抜けなのかよ……!?
「大丈夫よ。他言はしないから。誰かに聞かれなければ」
それって、聞かれたら他言するってことですよね……ま、まあ、俺も他人の過去を聞きだしてる最中だし、文句言える立場じゃないんだが。
「……じゃあ、話すわね。陰陽魔緒の人生について」
……その頃、絵美那は。
「……ふぅ」
浜荻家の前にて。絵美那は深呼吸してから、インターホンに手を伸ばす。……これから、優香と会おうとしているのだ。もしかしたら自分のことを覚えていないかもしれないのだから、緊張するのは当然のこと。
「はーい」
絵美那を出迎えたのは光子だった。事前に携帯で連絡を取り、絵美那を手引きする手筈なのだ。
「さ、入って」
「うん」
優香と―――琢矢のことを忘れた優香と会うのが、絵美那は恐ろしかった。もしかしたら自分のことも忘れているかも……というのもあるが、一番の理由はそうでない。大切な幼馴染を奪い合っているライバルが、突然、訳も分からず試合放棄しようとしているのだ。「恋愛は正々堂々」を信条としている絵美那からすれば、それは手放しで喜べるものではない。寧ろ、琢矢が傷つく様を目の当たりにし、余計に苦しむだけだ。それが怖いだけ。自己中心的な悩みなのは、彼女自身が一番分かっていた。
「優香ー。お客さんよー」
「誰ー?」
光子に呼ばれて、優香が絵美那の前にやって来る。……さて、どうなるのか。
「ゆ、優香ちゃん……!」
「あ、絵美那さん。何か用なの?」
「へっ……?」
絵美那の姿を見て、優香はとても自然に、記憶の異常などなかったかのように、そう言った。……まさか、ここにきて記憶が戻ってたりするのか?
「わ、私のこと、分かるの……?」
「何言ってるのよ? またいつもの妄言?」
どうやら、絵美那に関する記憶は健在のようだ。……となれば、問題はここからだ。優香が、絵美那との関係を覚えているかどうか。
「じゃ、しゃあ、私と優香ちゃんの関係って……何?」
「関係って……幼馴染でしょ?」
……そうか。絵美那は琢矢とずっと一緒で、優香とも関わる機会も多かったから、自身の幼馴染と認識されているのか。しかしこれだけでは、琢矢の記憶との関連が分からない。
「昔はそれほどでもなかったけど、海で会ってからは何度か一緒にいるでしょ? 文化祭に呼んで貰ったし、クリスマスにはプレゼントもくれたし、この前だって一緒にチョコ作りしたじゃない」
「そのチョコって、誰にあげたか分かる?」
絵美那と過ごした時間は正確に覚えているらしい。なので絵美那は、より突っ込んだ質問で、琢矢に関する記憶を掘り起こそうとした。今年のバレンタインデーでは、優香は琢矢のためにチョコを作っている。それを思い出せば、連鎖的に琢矢のことも思い出せると踏んだのだ。
「誰にもあげてないわよ?」
「え……?」
しかし、返って来たのは意外な答え。硬直する絵美那に気づかず、優香は言葉を続ける。
「光子や絵美那さんと一緒に、練習で作ったチョコを食べたりはしたけど……当日は誰にもあげてないわよ? あげる相手なんていないし」
……どうやら、優香の記憶は、琢矢に関するもの限定で全て消え失せているらしい。絵美那のことは覚えていても、彼女と共有した時間から、琢矢の存在が消されているのだ。それも、破綻のないように整合性を取りながら。琢矢がいなくても成立するように、記憶がうまく改竄されている。
「っていうか、どうしたのよ急に? そんなこと聞くために態々来たの?」
「え、えっと……ご、ごめんね? 変なこと聞いて」
「いいけど……」
予想以上に面倒な状況に、これは前途多難だと、絵美那は思ったのだった。