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シスコン兄貴奮闘記  作者: 恵/.
第六話 チョコレートはどす黒い。人生の味。
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「俺の妹が記憶喪失で俺のことが分からなくなった。誰か至急理由を教えてくれ」


  ◇



 ……数時間後。


「……ただいま」

「おかえりなさい……」

 魔緒が帰宅し、それを七海が出迎える。だが、彼らの表情は暗い。理由が理由なので、仕方ないのだろうが。

「……アンネたちは?」

「出て行ったわ。もうここにはいられない、って」

「……そうか」

 姉の返答を受けて、魔緒は俯き加減に、家の中に入っていく。

「あ、パパ」

「おかえりなさい~」

 すると、家の奥から魔緒の娘たちが―――仁海と奈緒が姿を見せた。父親の帰宅に、彼の元へと駆け寄ってくる。

「……パパ?」

「どうかしたの?」

「……いや、なんでもないさ」

 出迎えてくれた娘たちに、魔緒は力なく微笑むと、二人をそっと抱き寄せる。

「わわっ……」

「パ、パパ……?」

「……大丈夫だ。お前たちがいてくれるから、俺は大丈夫だ」

 突然の行動に、娘たちも戸惑いを隠せていない。だが、魔緒の様子がおかしいことを察したのだろう、ずっとされるがままだった。



「……悪いな。あれが今の限界だ。子供たちの前では、気丈に振舞いたいのだがな」

「無理しないで。……それで、一体どうしたのよ?」

 魔緒の部屋にて。魔緒と七海は、ベッドに腰掛けて話していた。弟の隣で、七海は心配そうに尋ねている。

「……仁奈のこと」

「……!?」

 魔緒が出したその名前に、七海の表情が強張る。

「ヴィクターの奴にばれた。その場にいた奴全員にも聞かれた。……ずっと、隠してきたんだがな」

「……そう」

 その名前は、二人にとって特別なようだ。……もしかすると、魔緒が殺めた妹の名なのか?

「でも、それだけなら―――」

「ついでに、人も殺した」

「……え?」

 二つ目の告白に、七海は体が硬直した。呼吸すら忘れ、ただ魔緒のことを見つめている。

「前に話した、黒憑って奴だよ。……あいつ、自分の体を燃やしやがった。もう、助けられなかった。でも、だからって―――俺は、あいつに止めを刺したんだんだよ」

「……また、殺しちゃったのね」

「……ああ」

 魔緒の返答を聞いて、七海はそっと……先程魔緒が娘たちにしたように優しく、彼を抱き締めた。

「……貴方が人を殺すのは、それ以外に解決策がないから。そうじゃないと、不可抗力じゃないと、貴方はそんなことしない。実際、今回だってそうなんでしょ? だったら、気にしないで。あの子だって、そんなこと、気にしないわよ」

 諭すような姉の言葉に、魔緒はただ、彼女に身を委ねるだけだった。



  ◇



「……落ち着いた?」

「ああ……すまん、世話掛けて」

「いいわよ、別に」

 数十分後。魔緒はゆっくりと、七海の抱擁から抜け出した。気持ちを落ち着けることが出来たのだろう。

「辛いときくらい、頼って欲しいわ。これでも一応、貴方の姉ってことになってるんだから」

「ああ……そうだな」

 魔緒はこう見えて、結構精神が脆い。特に、自分の過去についての耐性は低いのだ。それは、大切な肉親を殺めたから……というのもあるが、彼が殺人そのものに触れていた時期でもあるからだ。要するに、魔緒は人を殺すのに躊躇いを覚えてしまう。必要があっても、さくっと殺すことは出来ない。そこまであっさりとした性格ではないのだ。それ故に、今まで黒憑には逃げられ続けていたのである。

「……私は魔術師のことはよく知らないけど。多分、今後もこういうことがあるんでしょ?」

 それを把握している七海は、魔緒にこんな言葉を掛ける。

「でも、貴方は間違えない。間違って人を殺めたりしない。だから、大丈夫よ。あの子も、誰も、貴方を責めたりしない。例えしたとしても、私がそれを許さない。だから……安心して」

「……ああ」

 姉の、包容力のある台詞に、魔緒はただ癒されるしかないのだった。



 ……その頃、琢矢は。


「……」

「お兄さん、元気出して。優香も、自分の気持ちを整理できてないだけよ」

 リビングにて。俺は光子に慰められていた。花野が淹れてくれた紅茶を味わうことすら出来ない俺を、見かねた光子がそうやって言葉を掛けてくれる。……確かに、優香だって戸惑っているのだろう。けれども、そうさせたのは俺だ。それだけは、変わらない。俺は兄貴失格だ。

「……あ、優香」

「え……」

 しかし突然、光子が声を上げる。彼女の声に釣られて顔を上げると、リビングに優香が来ていた。よ、良かった……顔を見せてくれて。

「ゆ、優香―――」

「光子……そいつ、誰?」

「へ……?」

「え……?」

 優香に声を掛けようとしたら、彼女の口から、意味不明な言葉が零れだした。……今、何て言った? 最近、聴力が落ちてるのか?

「誰よその害虫? 光子の知り合い?」

「な、何言ってるのよ優香……? お兄さんでしょ?」

「ふーん。光子って、兄弟いたんだ」

「え……?」

 何か、変だ。何かがおかしい。優香が、俺の知ってる優香じゃなくなっている。

「ちょっと、冗談きついわよ? 優香のお兄さんでしょ?」

「は? 私、兄弟なんていないんだけど?」

「ゆ、優、香……?」

 ど、どうなっているんだ……? 優香、そんなに怒ってるのか? 俺のことを兄と認めたくないほど、ご立腹だと言うのか?

「ゆ、優香、何を言って―――」

「喋んな不審者。警察呼ぶわよ」

 ……おかしい。絶対におかしい。優香の目は本気だ。冗談や意趣返しで、こんなことを言ってるわけではない。本当に―――「兄なんて、そもそも存在していなかった」という前提で話している。つまり……俺に関する記憶が、ない?

「ど、どういうことだよ優香……? 俺が分からないのか……?」

「花野、この不審者摘み出して。お父さんがいないんだから、この家で唯一の男はあんただけでしょ?」

「え、えっと……お嬢様、これは一体?」

「私にも分からないわ……」

 あまりの出来事に、俺も、光子も、花野も、困惑するしかなかった。―――優香が、俺のことを分からないだなんて。

「どうしたの? ……まさかとは思うけど、光子の彼氏とかじゃないわよね? 止めてよ、こんなウスバカゲロウ。光子の恋愛なら応援したいけど、さすがにこれはないわ」

「……優香、本当に正気? 悪ふざけだったら今すぐ止めて頂戴。いくらなんでも、こんなの、不謹慎すぎるわ」

「……光子こそ、大丈夫? 最近寝不足なの?」

 これはもう、確信的だ。未だに信じられないが、現実として起こっている。……優香が、俺のことを分からない。俺に関する、一切の記憶が消えているようだ。

「優香……」

 この状況をライトノベルにするなら、こんな感じだろう。―――「俺の妹が記憶喪失で俺のことが分からなくなった。誰か至急理由を教えてくれ」、だ。

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