暇だったから妹をストーキングしてました
◇
……訓練が終わり、へとへとになった俺は、重い足を引き摺りながら帰宅した。あぁ、疲れた……。
「ただいま……」
「あ、兄貴……!」
家に入ると、優香が出迎えてくれた……っていうよりは、待ち構えてたみたいだな。
「なんだ優香、お出迎えか?」
「そ、そんなわけないでしょ! たまたまよ!」
優香は否定するが、こいつはちょっとツンデレの気があるので、本当は少し待ってたんじゃないかと思う。いつも罵倒したり暴行したりしてても、それは照れ隠しだと受け取っているし。……うん、決して嫌われているわけではないんだ。絶対に。
「あら、おかえり」
優香の声が聞こえたのか、母さんまでやって来た。これで、家族の大半が玄関に終結したことになる。
「もう、大変だったのよ。優香ったら、あんたがいないだけで溜息ばっかり……ほんと、似た者兄妹ね、あんたたち」
な、何……? 優香が、そんな乙女チックに俺の帰りを待ちわびていたというのか!? ……ああ、それだけで、なんだか色々報われた気がする。
「ちょっ、変なこと言わないでよ!」
優香は真っ赤になって母さんに抗議しているが、俺には分かっている。これはただ、恥ずかしくて照れているだけだと。ツンデレ全開だ。間違いない。
「そうか……優香は、俺がいないと寂しいのか」
「ち、違うって言ってるでしょ……!」
必死になって否定する様子が、とても可愛らしくて……抱き締めたい衝動に駆られた。
「優香、だっこしてやるぞ~!」
「やっ! キモイ!」
愛おしさに突き動かされて、抱きつこうとしたら、カウンターで蹴られました。……これからは、ちゃんと優香との時間も確保しないとな。反省。
◇
……翌朝。俺の携帯に電話が掛かってきた。
「もしもし」
《あ、琢矢君っすか?》
電話の相手はどうやら、ほのかさんのようだ。……この人たち、何で俺の番号を知っているんだろうか? 二人には教えていないはずなのに、何故かこうして電話が掛かってくる。
《今日の訓練、お休みになったっす》
「休み?」
はて? 昨日、魔緒はそんなこと、一言も口にしていなかったが……どうして急に? しかも、本人じゃなくほのかさん経由で。
《先輩、お子さんが熱出したとかで、病院に行ってるみたいっす。けど、携帯を忘れてたせいで琢矢君に連絡できなくて、私経由で知らせるように頼まれたっす》
なるほど。確かにあいつ、十歳の子供がいるとか言ってたからな。子供が小さいと、色々大変なんだろう。
「了解」
《ほんと、ごめんなさいっす》
答えると、謝罪の言葉と共に、ほのかさんからの電話は途切れた。……魔緒の都合で休みなのに、どうしてほのかさんが謝ってるんだろうか。
「ま、いっか」
ともあれ、これで今日はフリーになった。さて、これから優香を追い回―――もとい、一緒にいられる。ただでさえ、ここ数日は優香に構ってあげられなかったしな。
「さてと、優香は何処に……」
というわけで、優香を求めて辺りを徘徊します。
「……はぁ」
「どうしたのよ、優香。溜息なんか吐いて」
休日。私は親友の光子(+その執事である花野)と一緒に、近所の古本屋へ来ていた。光子の財力を考えれば、彼女は古本屋なんか来なくてもいいのだけれど、私に合わせて一緒に来てくれる。というか、外出するならこの二人と一緒じゃないと、母さんが許してくれないのだ。
「兄貴がね、最近やけに大人しいと思ったら、また調子に乗り出して……」
「なるほど。お兄さんが全然構ってくれないからって駄々こねたら、今度は予想以上にベタベタしてきて戸惑ってるのね」
「違う!」
なんてこと言うのよ。危うく、手にとった本を破くところだったじゃない……。
「あら、優香のことなんてお見通しよ」
「もういい……」
釈明するのも面倒になってきたので、光子のことは無視して、本の品定めに集中することにした。ここの本は高い棚と安い棚があって、同じタイトルでも入荷時期によって値段が違う。つまり、高い棚で売れ残ったものが安い棚に移されるのだ。けれど、安い棚に移った途端、速攻で売れてしまう本も多い。だから、そういう買い時の本を探すのも古本屋の醍醐味なのだ。……って、誰に説明してんのよ?
「あ、この本あるんだ。この本は……前に買ったわね。あっ、この本……四巻は買ってないけど、五巻を買うべきか」
途中を読んでいなくても、最新刊があると買うか迷ってしまう。けれど、間が欠けたままだと絶対に読まないし、結局全部揃わないと積む羽目になるから、出来れば買いたくないし……。
「優香、こんな本もいいんじゃない?」
「ん? 何々? 「好き好きお兄ちゃんセカンド~妹は超ブラコン~」……って、これ、十八禁じゃない! どっからそんなの持ってきたの!?」
「そこから」
光子が持ってきたのは、小さな女の子が半裸の状態で描かれた漫画(R指定あり)だった。どうやら、成人本コーナーから持ってきたみたいだけど……どうしてこんなものを。
「いや、今の優香にピッタリじゃない。第一、十八禁じゃなくて十五禁よ。R15」
「どこがよ? いいから、戻してきて」
どの道、中学生が読んでいい本じゃないし。尤も、光子は普通に読んでそうだけど。
「そう? じゃあ、私が買うわね」
ほら。光子はそういう子だ。駄目と言われても、力技で強引に押し通してしまう。たとえR18だったとしても、身分証の提示を求められたら、札束でも握らせるのだろう。
「花野、お願い」
「かしこまりました」
光子はそう言って、花野に漫画本を手渡す。……っていうか、花野も同い年じゃなかったっけ? 代わりに買ってきてもらおうとしたのかもしれないけど、花野は決して大人には見えないし、突っぱねられそう。
「ただいま戻りました」
「ご苦労様」
と思っていたら、花野が戻ってきていた。手には、本の入ったレジ袋……って、ほんとに買ってきたの?
「まあ、R15なんて、あってないようなものですから」
うん、普通に駄目な考えだと思うけど、光子にしては穏便な方だ。
「優香も何か欲しいのあったら、花野に頼みなさいね」
「頼まないわよ!」
この幼馴染も、相変わらずよく分からない思考回路で困る。
「ふーむ。何をやっているんだろうか」
俺は近所の古本屋に来ていた。理由は勿論、優香を探すため。ここは優香の行きつけなので、もしやと思ってきてみたら、ビンゴだった。……いや、発信機とかではないですよ? あれは非常用だし。
「まあ、いつもみたくじゃれているんだろう」
光子が優香に何かを見せて、優香がそれに対して突っ込んでいる模様。多分、エロ本でも見せてからかっているのだろう。本来なら全力で阻止するところだが、光子はその辺を弁えていて、ちゃんと妹物を見せるだろうから問題なし。
「……さて。折角だし、俺も何か買うかな」
妹物のラノベでも物色するか。確か、前に予算不足で買えなかった奴があったはず。
「お。あったあった」
速攻で目的のブツが見つけたので、早速レジに並ぶ。幸い、レジはそこまで混んでいないので、すぐに買えそうだ。
「全く、何考えてるのよ……」
「まあまあ、いいじゃない」
ん? 聞き覚えのある声……って、優香と光子じゃないか。もう会計するのか?
「「あ」」
まずい、見つかった。っていうか目が合った。優香としっかり見詰め合っちゃった。……どうしよう。ちょっと気まずい。
「……何してんの?」
優香が訝るように尋ねてきた。……これは、答えないわけにはいかない、よな?
「えっと、その……買い物?」
「何で疑問形?」
そんなこと言われましても……。だって、正直に言うと怒るじゃん? 暇だったから妹をストーキングしてました、とは、ねぇ?
「あら、お兄さん。こんなところで奇遇ね」
一方、光子は柔和な笑みを浮かべながらそう言ってくれた。……仲良し幼馴染で、こうも違うものなのだろうか?
「そうだわ。これからお兄さんもご一緒なさらない?」
「「え」」
突然の、光子からの申し出に、俺と優香の声が重なった。