しかし、俺には拒否権などないのだった
……その頃、魔緒は。
「……本当に、この辺りですのよね?」
「そのはずだが?」
「あらあら~」
魔緒は現在、アンネたちの仕事を手伝っていた。つまり、黒憑の捜索をしているのだが……それが上手くいっていない。彼らは今、市内を歩き回っているのだが、お目当ての人物は未だに見つかっていないのだ。
「一応、ボスには「占い」で場所を絞ってもらったんだがな」
「そんなものが当てになるんですの?」
「魔術師が魔術を否定したら駄目だろ」
「まあまあ~。女の勘は鋭いと申しますし~」
今回は「占い」とやらが外れまくっているらしく、魔緒たちも疲弊していた。尤も、いるかどうかも分からない人物を探すのに、当てがあるだけでも凄いのだが。
「……というか、今日も空振りですの?」
「そういうな。向こうも頻繁に居場所を変えてるんだろう。ボスも、あいつの行動パターンは予測しづらいみたいだし」
「本場のアニメが生で見れて、私は嬉しいのでございます~」
それも、ここ数日間、ずっとこの調子らしい。確かにこれは堪えるだろう。約一名、仕事が長引いて喜んでるが。
「今回、黒憑は事件を起こしていないみたいだしな。今までのあいつと動き方が違いすぎる。別人の可能性も考慮するべきかもしれない」
「そうなると、今までの私たちの苦労は、全て無駄ということですの……?」
「骨折り損のくたびれ儲けという奴でございますね~」
魔緒の言葉に、アンネは絶望したようにそう呟き、ヴィクターは最近覚えた諺を遣えて満足のようだ。こういうとき、能天気なほうが色々と幸せかもしれないな。
「とりあえず、今日はこのくらいにするか。明日、ボスには再度「占い」をしてもらうから」
「そうですわね……今日はもう、疲れましたわ」
「お風呂が恋しいのでございます~」
そういうわけで、本日は引き上げるようだ。
◇
「……それで、どうしてこんなところまでやって来るんですの?」
「まだいるんじゃないかと思ってな。ほら、ちゃんといるだろ?」
というわけで、久しぶりに魔緒が登場。アンネさんとヴィクターさんも一緒だ。
「それに、そこの小生意気なお嬢様は、霧絵の跡取りだぞ? 何か話を聞けるかもな」
「あら、小生意気っていうのは聞き捨てならないわね。私のこと、そんな風に思ってたんだ」
魔緒の紹介に、光子は棘のある台詞を吐いた。……魔緒から見たら、十分生意気だと思うんだけどな。
「ついでに、こいつに稽古をつけてやってくれると助かる。まだに未熟な上に、俺とは違って魔力式だからな。お前たちのほうが互換性があってやりやすそうだ」
光子の抗議は無視して、魔緒はアンネさんたちに俺の稽古を頼んでいた。そのせいで、光子がかなり不機嫌のようなんだが……あれが俺や花野にぶつけられないことを祈るしかないな。
「……正直、今日はもう働きたくないのですけど、マオの頼みであれば仕方ありませんわね」
「サービス残業なのでございますよ~」
……なんか、疲れてるらしいのに手間掛けてるみたいだけど、ここは二人の厚意に甘えるかな。
◇
……数十分後。
「マオッ! これはどういうことですのっ!?」
「何があったんだよ?」
俺に魔術の手解きをしてくれていたアンネさんが、突然、発狂したように魔緒へと掴み掛かった。
「タクヤのことですわっ! 何ですのっ!? 魔力の制御が全然出来てないではありませんかっ!」
「ああ、悪い。魔力云々は全部瓦町に任せてたから。ついでに言うと、その瓦町に魔術を教えたのは俺だし。そもそも、魔力の使えない魔術師が大半なんだから、適切な指導なんて出来るわけないだろ」
「開き直るんじゃないですわっ! 魔力もまともに制御できないなんて、魔術師失格ですわっ!」
何故こんなことになったかと言うと。まず、指導するのに必要だからと、俺が試しに魔術を使ってみた。するとアンネさんが、魔力の制御が甘いと言い出した。けれど、何度やっても彼女の言う通りに制御が出来ず、実は魔力のことを殆ど理解していないことを白状。そしてこの惨状になった、というわけだ。
「そもそも、瓦町ですら、魔力そのものではなくて、回路の挙動とかから魔力の動きを把握してる節があったからな。さすがに今は魔力そのものも感知できるようにはなったと思うが、それを他人に習得させるのは無理だろ」
「ああもうっ! これだからジャパニーズは嫌なんですわっ!」
「俺らに文句言うのはいいが、日本人全体にケチつけるのは止めようぜ。お前だけでなく、英国人の名誉を傷つけることになる。それに、お前の大好きなサブカルも日本が生産していると言っていいと思うんだが」
「そ、それはそうですけど……」
アンネさん、魔緒に論破されてる。……というか、ほのかさんも魔力のことをちゃんと分かってなかったのか? アンネさんは、とても信じられないって感じだったけど。
「……分かりましたわ。このアントワネット・ブリネル、タクヤを一人前の魔術師にして見せますわ。それが、彼のためでもあり、マオたちのためですもの」
「そうしてくれると助かる。正直な話、最近どうも上手くいってなくてな。瓦町の指導でも上達してないみたいだし、たまには外部の講師に頼んでみたいと思っていたんだ」
「お任せですわっ! 日本に滞在している間、仕事に支障が出ない範囲で、タクヤをみっちり扱いて差し上げますわっ!」
とんとん拍子に話が進み、いつの間にか、俺はアンネさんの特別訓練を受けることに。……どうしてこいつらは、本人抜きで話を進めるのか。
「そういうわけですので、覚悟して下さいな」
「……はい」
しかし、俺には拒否権などないのだった。……ま、まあ、ありがたい話ではあるしな。
◇
……その日の夜。
「マオ。聞きたいことがありますわ」
「何だよ? 態々部屋まで来て」
魔緒の家にて。彼の家に宿泊しているアンネが、魔緒の部屋を訪ねていた。何か質問があるようだが。
「日本のバレンタインデーでは、何故女性が男性にチョコレートを贈るんですの?」
「製菓会社の陰謀だ。二月にチョコの売り上げを伸ばして、三月はホワイトデーで更に他の菓子も売るという戦略さ」
外国人特有の疑問に、魔緒は身も蓋もない返答をした。……バレンタインデーにチョコを贈るのは、日本の伝統文化といってもいい。理由は、さっき魔緒が言った通りだ。製菓会社がチョコを売るために広めたと言うのが定説で、割と有名な話である。
「まあ、クリスマスみたいに独特な発展を遂げたイベントだからな。日本らしくていいと、俺は思うが」
「なるほど……それで、マオはどうなんですの? やはり、女の子からチョコを貰えると嬉しいんですの?」
「大抵の男は喜ぶだろうな。俺も、娘からチョコを貰った歳はかなりはしゃいだ」
「……ロリコン」
「おいこら、日本中の父親の大半はそう思ってるぞ。日本をロリコン大国にするな」
話が変な方向に逸れたものの、アンネの問いはそれだけだった。……っていうか、このタイミングで尋ねてくるってことは、彼女も魔緒にチョコを贈るつもりなのか?
「それでは、私は自分の部屋に戻りますわ」
「そうか。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
用が済んで、アンネが部屋から出て行く。しかし、その後もまた誰かが部屋に入ってきた。
「……あら、アンネさんを部屋に連れ込んで、何してたのかしら?」
「人聞きの悪いこと言うな。日本の文化について教えていただけだ。バレンタインデーと製菓会社の陰謀についてな」
入ってきたのは、魔緒の姉である七海。どこか苛立ちを含んだ声で、魔緒を問い質していた。
「バレンタイン、ね……まあ、貴方がもてるのは昔からだったけど。私を「姉」の立場に追い込んでおいて、自分は美人の外国人をゲットだなんて、随分嘗めた真似してくれるじゃない」
「アンネはそんなんじゃねぇからな。っていうか、今更焼餅かよ?」
「はいはい、そうよね。あんたはモテモテだから、女の子には不自由しないわよね。……でも、娘に手を出すのはやめて頂戴よ?」
「酔ってるのか? 言動がおかしいぞ?」
姉の様子を不審に思い、魔緒は彼女に近寄った。―――のだが。
「えいっ!」
「お、おいっ……!」
近くまで来た途端、七海に抱きつかれてしまった魔緒。どうやら、この展開を狙っていたようである。
「……私を振ったくせに、女の子と仲良くしてるの見ると、どうしても嫉妬しちゃうのよ。今でもね。貴方にそんなつもりはないって、分かってるのに」
「……悪い。俺が軽率だった。お前がもう割り切ってくれたんだと、都合のいいように解釈してた」
事情はよく分からんが、どうにも「普通の姉弟」らしからぬ会話だった。それだけ、彼らの間には大きな何かがあるのか。
「……なんてね。冗談よ」
「……は?」
しかし、直後に七海は、魔緒から離れてしまった。そして距離を取ると、人を食ったような笑顔を魔緒に向ける。
「あの子が死んで、私が貴方の「姉」になったときから、私は貴方を「弟」としか見れなくなったの。ちょっとブラコン気味かもしれないけどね」
「……無理してるわけじゃないんだな?」
「当然。もう十年なんだから、私もそこまで子供じゃないわ」
七海はそう言い残して、部屋を出て行こうとする。
「それと、今年のチョコは期待しなさいよ。張り切っちゃうから」
その途中、一度振り返ってそう告げると、七海は今度こそ部屋から出て行った。残された魔緒は、重々しく溜息を吐いて、こう呟くのだった。
「……全く。脅かしやがって」
と。