……魔術師になってから、俺、プライドを全て捨ててる気がする。
「―――で、結局また戦うのか」
俺は空き地で、またもや模擬戦を行うことになっていた。今度の相手は小宮間さんで、俺の前方十メートルくらいの場所でストレッチをしていた。
「んっ、しょっ、と……たっく~ん! そろそろおっけーだよ~!」
ストレッチを終えて、小宮間さんがこちらに手を振ってくる。見たところ、彼女は武器のようなものを手にしている様子はない。文化祭では二つの円錐で出来た奇妙な物体を使っていたが、それを握っている様子もない。……丸腰かよ。やりにくいな。
「手加減しなくていいからね~!」
「そうかよ……」
しかも、ほのかさんだけでなく、小宮間さんにまで嘗められているらしい。……魔術師になってから、俺、プライドを全て捨ててる気がする。
「……よし」
ちょっと大人気ない気もするが、向こうが手加減無用といっている以上、こっちも遠慮することはない。本気で行こう。
「はっ……!」
まずは様子見の電撃。小宮間さんは磁気使いだったはずだから、これくらいは防がれるかもしれないが……こちらのメインウェポンである以上、どれくらい乱されるのかを確かめなくては。
「反射ッ!」
しかし、俺の予想とは違う現象が起きた。磁気で電撃が掻き消されるのではなく、何か―――紫色に発光する、障壁のようなものに阻まれたのだ。
「防御からの……ウィンド・サイズッ!」
「うぉっ……!」
かと思えば、突風が頬を撫でる。「雷光の鎧」で風を切り裂いたものの、反動で体勢が崩れてしまった。
「っ……!」
俺は一度後退し、距離を取ってから体勢を立て直すことにした。「雷光石火」のお陰で移動速度は十分だし、攻撃は直線的だったから回避は容易なはず。
「からの……ライト・アレグロッ!」
「ぁがっ……!」
しかし、今度は脇腹を何かが掠めた。「雷光の鎧」は基本的に物理攻撃には無力なので、ダメージは軽減されない。……これが直撃してたらと思うと、ちょっと怖い。
「続いてぇ~……マインド・ブレイクッ!」
「……ぁれ?」
すると今度は、突然足の感覚がなくなった。体勢を崩し、俺はそのまま地面へと倒れ込む。……どうなって、いるんだ?
「う~ん……ちょっとやりすぎたかな?」
そして、そんな小宮間さんの声が、朧げな脳内に響いたのだった。
◇
「……琢矢君、ほんとにまずいっすね」
「うんうん。あれで妹を守るとか、寝言は寝て言わないといけないレベルだよね」
あれから暫くして。俺はほのかさんと小宮間さんに駄目出しされていた。先程の模擬戦が散々だったからなのだが……何も、そこまで言わなくても。
「舞子ちゃんの場合は多属性型で、色んなタイプの魔術を多用するっすけど、この手の魔術師は結構多いっすよ。これに対抗できないと、かなり辛いっすね」
「そうだよ。私なんて、元々が戦闘タイプじゃないんだから。ほのかちゃんも攻撃は苦手だし。そんな女の子たちにも勝てないのは、冗談抜きで致命的だよ?」
どうやら、小宮間さんは色々な系統の魔術が使えるらしい。文化祭では磁気を操っていたが、さっきは風を操ったり、攻撃速度を上げたり、体の動きを阻害したりと、多彩な方法で俺を攻撃したわけだ。
「琢矢君には、色んな相手の動きを見せて、柔軟な対応力を養ってもらいたかったっすけど……この分だと、それも無理っぽいっすね」
俺の不甲斐なさに、ほのかさんが頭を抱えている。いや、なんか、ほんとすんません……。
「……とりあえず、明日からは色んな魔術師を連れて来て、様々なタイプと模擬戦するところから始めるしかないっすね。今の方針だと」
しかし、即座に方針転換をすることは出来ないため、そういう感じにするようだ。……つまり、明日からもこんな風に、模擬戦でボロ負けを重ねなければならないのか。
「そういうわけっすから、今日は休憩がてら、軽く講義をしてから解散にするっす」
「……」
とりあえず、今日はこれで終わり、ということはなさそうだ。
……その頃、魔緒は。
「……なるほど。総括すると、「災厄」というのは「人類の駆逐」を目的とした組織で、魔術師や退魔師、異能者を主体としている、と。「災禍の咎人」と共通する点が多々ありますわね」
退魔師組から情報を得たアンネは、そういう結論に達した。お目当ての組織が「災厄」だと分かり、とりあえずひと段落か。
「ああ。だが、それだけではない」
「どういうことですの?」
しかし、ローブを纏った少年退魔師である霧絵亜細亜の台詞に、アンネが首を傾げた。すると、彼の言葉を引き継ぐように、もう一人の少年―――理人がこう続けた。
「俺たちは、お嬢様の下僕だ。本来なら、お嬢様の意にそぐわないことはしないはずだった。……だが、「災厄」の奴らには逆らえなかったんだ。正確には、「災厄」の上層部だけどな」
「確かに」
続けて、退魔師の少女―――得座がこう言う。
「「災厄」の上層部は、文字通りの怪物揃いだった。「怪物並みの人間」ではなく、「正真正銘の怪物」だ」
「怪、物……?」
退魔師たちの話に、アンネは疑問符を浮かべている。話が全く見えていないようだ。
「綾川みたいな、先天性の能力者ってことか?」
「違う。あれも似たようなものだけど、根本から違うわ」
魔緒は思い当たる節を挙げてみたが、新井陽菜(本名)に否定されてしまう。……っと、彼女がこちらを見ているな。怖い怖い。
「「蠱惑」も、あんたらもそうだけどね。魔術師も、異能者も、根本は人間なのよ。人間に異能が付与されているだけで、彼らにとって異能は道具でしかない。……でも、奴らは違う。奴らにとって、異能とはそれ即ち自分の手足だから」
「……まさか」
そこまで説明されて、ようやく魔緒は気がついた。―――その正体に。
「そういえば、あのお嬢様も言ってたな。「「災厄」は、人間に迫害された異種族や異能者の集団」だって」
「異種族……というのは、異能者とは違うんですの?」
魔緒の呟きに、アンネが突っ込んだ。異種族という単語は前にも出てきたが、そのときはあまり触れられなかったな。
「異種族というのは、文字通り違う種族……つまり、「人間とは遺伝子的に異なる生物」ってことだ。能力を得た人間とはわけが違う」
つまり、異種族とは人類とは―――ホモ・サピエンスとは違う生き物。進化の過程で異能を獲得し、それを種族の特徴として高めていったのだ。
「例えば、退魔師や除霊師も、その異種族だ。脇から変なものが生えてるしな。……だが、それでもまだ人間寄りだ」
「退魔師や除霊師の起源は、錬金術で作られたホムンクルスって言い伝えられてるくらいだ。元々が人間ベースなんだろう」
確かに、よく考えたらそうだな。脇から鎖と金属片が生える人間なんて、普通いない。そんな特性が遺伝するなんて、最早人間ではない。
「っても、俺が知ってる異種族なんて、お前ら以外だと魔女くらいなんだが」
対して魔緒は、そんな単語を挙げた。……魔女とは、生まれたときから魔術が使えるとされる種族だ。魔女式というのは、魔女が人間に能力の使い方を伝授したものとされていて、魔緒の使う術式内臓式魔術もその系統である。故に、すぐ思い当たったのだろう。
「一番上はどうか知らないけど……霧絵に指図してたのは、吸血夢魔だった」
「吸血夢魔ですって!?」
その単語に、アンネが過剰に反応した。聞き覚えがあったのだろうか。
「何だよ? その吸血夢魔ってのは?」
「あらあら~。珍しい名前でございますね~」
すると、先程まで棚のリコーダーを舐め回していたヴィクターがやって来た。彼女もその単語を知っているのか。「西欧魔術師協会」では有名なのかもしれないな。
「吸血夢魔とは、他者との接触により何かを―――例えば、血液などをやり取りできる種族ですわ」
「吸血鬼のモデルとも言われているのでございます~。一種の都市伝説でございますね~」
アンネとヴィクターが、吸血夢魔について説明してくれた。……なるほど。吸血鬼の元ネタか。それも、相手に触れるだけで吸血できると考えていいようだ。それは確かに、強力な相手だな。
「詳しいことは当主が知ってるだろうから、そっちに聞けば?」
「そうだな。どの道、そちらにも当たるつもりだった」
霧絵当主である霧絵祝詞なら、彼らよりもずっと深いところに関わっている可能性は高い。話を聞く価値はありそうだ。
「時間を取らせて悪かったな。もういいぞ」
「ったく……立場上仕方ないとはいえ、めんどいわね」
魔緒がそう言うと、退魔師組はぞろぞろと教室を出て行った。そして、残されたのは魔緒とアンネ、ヴィクターの三人。
「よし、次行くか」
「ええ」
「はい~」