あれか、日本のサブカル大好き外国人か。
……その頃、優香は。
「……む」
「どうしたの?」
自宅にて。優香と光子は自室で着替えていた。制服の上着を脱いだところで、優香がピタリと動きを止める。
「兄貴が、知らない女の人と会ってる気がする」
「……優香、女の勘もそこまでいくと、ただのヤンデレよ?」
優香の呟きに、光子は呆れたように突っ込んだ。しかしその勘、見事的中しているのだが、二人はそれを知る由などない。
……で、琢矢がどうなったかというと。
「さて、紹介しよう。そこの金髪はアントワネット・ブリネル。黒髪はヴィクトリア・ノーザンフィールド。二人とも英国人だ」
あれから暫くして。揉め事も収まったところで、魔緒は二人の女性を俺に紹介してくれた。……車の中で。俺は半ば強引に、二人が乗ってきた車へと押し込まれたのだ。
「アントワネット・ブリネルですわ。親しい方には「アンネ」と呼ばれますが……まあ、マオの教え子というのであれば、そう呼んで頂いても構いませんわ」
アントワネットさん、もといアンネさんは、助手席からこちらを向いてそう言った。……ウェーブの掛かった金髪は金糸のようで、ほのかさんのそれみたいに綺麗だ。青い瞳は、母さんの持ってるサファイアみたいに蒼く澄んでいる。肌も白くて、着ているのは真っ赤なワンピースで……確かに外国人だ。髪型のせいか、お嬢様にも見えるし。いや、まあ、光子の影響なんだけど。
「ヴィクトリア・ノーザンフィールドと申します~。どうぞ、「ヴィクター」とお呼び下さいませ~」
のんびりとした声でそういうのはヴィクトリアさん、もといヴィクターさん。……運転中の彼女は、座席からはみ出ている長い黒髪とか、ルームミラー越しに映る黒い瞳とか、日本人のものとそう変わらないパーツを持っている。だが、日本人にしては肌が白いし、彫りも深くて鼻が高い。英国人の人種構成には詳しくないが、黒髪のイギリス人は聞いたことがないので、多分日本人とのハーフなのだろう。着ているコートも日本ブランドのものみたいだし、パッと見は日本人にしか見えない。
「で、こっちは浜荻琢矢。俺の教え子で新米魔術師だ。……っと、言い忘れていたが、そっちの二人は両方魔術師だからな」
今度は俺の紹介をしながら、遅まきながらそんなことを言ってくる魔緒。まあ、話の流れで気づいてはいたが。
「浜荻琢矢っす。どうも」
俺も挨拶をして、改めて二人の顔を(ルームミラー越しに)眺めてみた。アンネさんは性格がきつそうだが、顔立ちには若干の幼さが残っている。案外、まだ二十歳そこそこなのかもしれない。一方のヴィクターさんも、アンネさんと同じくらいの年齢だと思うが……こういうおっとりしてる人は、見た目と実年齢が一致してない場合が多々ある。絵美那の母親とか。
「……で? 何でお前らが日本にいるんだ? 仕事だったらすぐに話せよ。こっちにも関係して来るんだから」
「今は静かになさって下さらない? ヴィクターの気が逸れて、事故でも起こったらどうするつもりですの?」
「え……?」
魔緒の言葉に、アンネさんがそんなことを言った。今何か、不穏な台詞が聞こえた気が……。
「ああ、確かに奇跡的だな。ヴィクターが運転なんて」
「あらあら、これでも私、運転は日々鍛えているのでございますよ~」
「ええ、そうですわね。ここ最近は、ずっとヴィクターに、レースゲームの相手をさせられておりましたわ」
自慢げなヴィクターさんと、呆れ顔のアンネさん。……それって、どう考えても嫌な予感しかしないんだが。
「例えば、ドリフト走行などもお手の物でございますよ~」
「やるなよ。やったら今すぐお前の首を刎ねて、車を地面に縫い付ける」
さすがにやばいと思ったのか、魔緒は物騒な言葉でヴィクターさんに釘を刺す。……っていうかヴィクターさんって、かなり常識離れしてないか? 今だって、魔緒が止めなかったら、普通にドリフト走行しそうだったよな? この車はレンタカーみたいだし、道路には他にも車が走っているのに、そんなこと気にせず実行しようとしたよな?
「あらあら~。さすがの私も、リョナまでカバーは出来ていないのでございます~」
「だったら大人しく、道交法を守って運転しろ。よもや、日本の道交法が分からないとは言わないよな?」
「はい~。ちゃんと頭に叩き込んだのでございますよ~」
つ、疲れる……なんで車に乗ってるだけで、ここまで疲労が溜まるんだ? この分だと、この車がどこに向かってるのかも聞けないな。
◇
「……で、何でこんなところに来たんだよ?」
ヴィクターさんの運転でやって来たのは、駅前の繁華街。そこにある、とある雑居ビルの一室。狭い空間を埋め尽くしているのは、美少女が書かれたポスターやパネル、そして本の山。更には文房具やら食品やら……つまり、アニメグッズが大量にある。ここは、市内で唯一のアニメグッズ専門店だ。
「ヴィクターは日本のアニメ・漫画・ゲーム・ラノベが大好物でな。こっちへ来ると、大抵ここでグッズを大人買いする」
俺の疑問に、魔緒が近くの本(魔法少女物の漫画)を手に取りながら答えた。あれか、日本のサブカル大好き外国人か。
「二人とも、アニメで日本語を覚えたらしいからな。最初はヴィクターだけだったんだが、今ではアンネも……ほら」
魔緒の視線を辿ると、そこには、本棚と睨めっこするアンネさんの姿が。
「むぅ……日本へ来ないうちに、また新しいタイトルが出てますわね。ちょっとマオ! 新作が多すぎですわ! お勧めを教えなさい!」
「へいへい」
少々興奮気味のアンネさんに呼ばれて、魔緒は彼女の元へ行ってしまった。……アンネさん、なんだか残念属性の気配がするな。
「あらあら~! 日本の最先端は弓道でしたか~! これは買いでございますね~!」
一方のヴィクターさんも、買い物カゴにグッズをポイポイと投げ入れている。有名なソーシャルゲームのグッズが気に入ったらしく、関連商品を片っ端から購入している模様。
「……俺も何か買うか」
一応店に来たのだから、何か買わないと失礼だ。丁度、お気に入りのラノベのグッズがあったから、買って帰ろう。……このキャラ、どことなく優香に似てるんだよな。髪型とか、体型とか、性格とか、喋り方とか。本人をモデルにしたんじゃないかと疑いたくなるほどの一致率。おまけに名前が「優奈」なのだから、最早運命だとしか思えない。というわけで、俺は優奈ちゃんのTシャツとタオルを購入。これでいつでも、優香と一緒の気分でいられるぞ。