……とりあえず分かったこと。魔緒の奴、実は守備範囲が異様に広い。
◇
……クリスマスが終わり、年が明けて、更に時間が経った頃。あれから特に問題もなく、俺たちは相変わらずの日々を過ごしていた。冬休みが明けてからは学校に行き、放課後は空き地で訓練に勤しんでいた。最近はほのかさんだけでなく、魔緒や小宮間さんたちも来るようになり、光子や花野も俺と手合わせしたりしている。絵美那はあれからまた新たな装置を作ったらしく、俺もその実験台になっていた。そして、そんなある日のこと。
「全く、何事もスムーズには行かないもんだな」
放課後、いつもの空き地にて。魔緒は開口一番に、そんなことを言い出した。何なんだよ? 話が見えん。
「あれから色々と調査をしていてな。今日はその経過報告をしにきた。……お前だけなのか?」
「生憎な」
今日は絵美那も光子も用事があるらしく、今日は俺だけだった。そういう魔緒も一人みたいだが……調査というのは、「災厄」についてだろうか?
「まあいい。……とりあえず、「災厄」についての調査結果について話す。後で他の奴らにも伝えてくれ」
やっぱりか。あの後、光子や花野の親たちを連れて行ったから、何か掴んでいるとは思っていたが。それでも、あれから一ヶ月近く経っているし、ちょっと遅すぎじゃないか?
「霧絵の退魔師から聞き出した情報から「災厄」の隠れ家を調査したが、もぬけのからだった。それは想定内だったんだが、奴らの手掛かりになるようなものも何一つなくてな。同時に、「災厄」メンバーの戸籍情報も確かめてみたんだが、こちらも失敗。どうやら偽名を使っていたらしいな。その他の情報も悉く外れ。正直、霧絵の連中が俺たちを騙したんだと考えたほうが自然な状態だ」
魔緒は溜息混じりに、調査結果を話していった。つまり、結果は全然だってことか。期待して損したな。
「一応、ボスの「占い」と情報を照らし合わせているから、信憑性はあるんだがな。……それによると、日本で活動している「災厄」の規模は数十人程度。霧絵以外は超能力者が大半で、魔術師は黒憑などの極少数。尤も、海外から人員を補給されたら意味ないけどな」
「海外?」
「ああ。「災厄」の目的からして、世界規模で活動していると考えていいだろうからな。国内にいるのだけで全員だと思っていたら痛い目見るぞ」
俺の疑問に、魔緒はそう答えた。……そうか。「災厄」の目的は人類滅亡。そんな壮大なことを、態々日本だけでするとは思えない。海外が活動拠点だったとしても不思議はないのか。
「けど、超能力者ってそんなにいるのか?」
とはいえ、超能力者なんて滅多にいないだろ。いくら世界規模でも、組織が作れるほどいるのか?
「世界人口がどれだけだと思っている? 何十億も人間がいるんだ。その0.01%が、魔術師なども含めた異能力者だと考えても、数万人だぞ? お前の通っている学校くらいの組織なら、一体何個出来るやら」
すると魔緒は、呆れたようにそう言った。そう言われると、確かに沢山いそうだ。それぞれが俺たちみたいに力を隠していたら、案外気づかれないのかも。
「ま、俺たちみたいなのとかも含めた数だからな。そもそも、正確に統計を取ったわけではないし、それも不可能なんだが」
その台詞に、俺は頷いた。そりゃそうだ。そんな統計を取れる会社はどこにもないだろうし、取りたいとも思わないはずだ。
「それでも、俺たちは数十人程度の小さな組織だ。数万人なんて大勢で攻められたら、一発で全滅する。せめて、国内の戦力だけでも削りきりたいんだがな」
「っていうか、お前ってどんな所に所属してるんだよ?」
組織の話が出て思い出したが、魔緒たち魔術師がどういう組織体系なのか、ちゃんと聞いたことがない。確か、表向きは普通の私立校だってことは聞いたが……この際だから、しっかり聞いておこう。
「どんなって……前にも言ったと思うが、普通の私立高校だ。名前は草の木学園。生徒数は六百人程度。私立の割に学費はそこそこ低いが、それ以外はよくある学校だな。大半の生徒は魔術のことを知らないし。ただ、魔術の才能があったり、魔術に関わったことのある生徒は、魔術師として通うことになるがな。卒業後は事務員として雇ってもらえるし。……因みに、前に会わせたボスが理事長をしている」
「あの人理事長なのかよ……」
そりゃ、かなり立場が上じゃないと、そんなことは出来ないんだろうけど……っていうか、そもそもあの人が作った学校なのかも。
「まあ、魔術師業務はボスの慈善事業だからな。利益は皆無だし、その癖福利厚生は手厚いし。その分仕事もハードだけどな。基本、人のために魔術を使うって集団だから、「災厄」とは敵対する理由になるんだが」
資財を投げ打ってでも人々のために戦う人もいれば、人類を滅ぼすために普通の女の子を襲う連中もいる。ほんと、世界って広いんだな。
「ん? けどさ、「災厄」も海外に勢力があるってことは、海外には他にもそういう組織があるんじゃないのか?」
よく考えたら、そんなに異能者がいるのなら、もっと世界中に秘密結社とか出来てそうだ。そういうのを探して手を結べば、「災厄」にも対抗出来るんじゃないか?
「まあ、いることはいるが……あいつらとはあまり関わりたくないな」
俺の問いに答える魔緒は、何か辛いことを思い出すようだった。……やっぱり、海外にもそういう組織はあるらしい。けれども、魔緒はそれらにいい印象を抱いていないのか?
「……噂をすれば何とやら、だな」
「は……?」
しかし突然、魔緒はどこか遠く―――俺の後方を見ながら、そう呟いた。
「……来たんだよ。海外の奴らが」
魔緒の視線を辿ってみると、白い国産車がこちらへ向かって走ってきた。この辺は車が通ることも滅多にないのに、珍しいな。
「……覚悟して置けよ。あれはまともじゃないからな」
すると国産車は空き地の手前で止まり、ドアが開いて、中から人が出てきた。
「あら~、マオ! 奇遇でございます~!」
それは女性だった。かなりテンションの高い声で、両手を振りながら魔緒の名前を呼んでいる。黒髪だから日本人だと思うのだが、アクセントが独特で、喋り方だけだと外国人に思えてしまう。
「一応突っ込んでやる。あからさまに自分から来ておいて、奇遇も糞もあるか」
「あらあら~、女の子を糞呼ばわりするなんて、紳士にあるまじき行為でございます~」
その女性は、魔緒と話しながら、こちらへ近づいてきた。……日本人だと思っていたけど、案外顔の彫りが深いな。肌も白いし。もしかしたら欧州人かもしれない。髪も瞳も黒いけど。それかハーフ。
「生憎と、俺は英国紳士になるつもりはないんでね」
「そちらの方は……これでございますか~?」
そして彼女は、俺のほうを見て、何故か小指を立てた。……って、おいっ! そのジェスチャーはおかしいだろ!
「……お前の頭が色々あれなのは知っているが、一応言っておく。これは俺の教え子だ。その救いようのない腐女子思考はとっとと捨てろ」
「どちらが攻めでどちらが受けなのでしょうか~?」
「……言っておくが、お前とアンネも、俺からすると百合夫婦だぞ?」
「何ですって!?」
話題がかなり不本意な方向に進みだした頃、誰かが話に割り込んできた。どうやら、あの車にまだ誰か乗ってたみたいだ。
「聞き捨てなりませんわ、マオ!」
現れたのは、金髪碧眼の女性。眉を吊り上げながら、魔緒に掴み掛かって行く。
「私とヴィクターのどこが百合夫婦なのです!? それはこの、アントワネット・ブリネルに対する侮辱ですの!?」
「ああ、お前はカトリック教徒だったか」
外国人女性に迫られても、魔緒は平然としていた。やはり知り合いなのか。
「関係ありませんわ! いくら同僚で付き合いが長くとも、そのような発言を看過できるわけがありませんわ!」
「だったら、文句は相方に言ってくれ。そもそもこいつがBL発言したんだから」
「あらあら~、これが噂に聞く夫婦漫才なのでございますね~」
「め、夫婦……!? な、何を言ってるんですの……!?」
……とりあえず分かったこと。魔緒の奴、実は守備範囲が異様に広い。