―――妹の蹴りは最高だぜっ!
◇
……それから暫くして。魔緒たちは、倒した退魔師を空き地に集めていた。無論、このまま逃がすわけにはいかないので、尋問をした後、然るべき処分をするためだ。
「……これで全員か?」
魔緒は、空き地に戻ってきた面々を見回して、誰にともなく尋ねた。ここにいるのは、最初に空き地へ集まってきた者達だ。ただし、絵美那とほのか、位の三人は浜荻家に残っているので、ここにはいない。もっと言うなら、捕らえた退魔師たちも、空き地の隅に転がされていたが。
「状況の確認だ。まず、敵勢力の殆どは撃破・回収できた。黒憑と数名の退魔師には逃げられたものの、既に近辺にはいない。よって、これより警戒レベルを引き下げる。見張りを除いた全員は、敵退魔師の尋問及び連行作業に入れ」
それぞれに指示を出し、魔緒も捕らえた退魔師の元へと向かう。尋問、と言っても、やることはただの事情聴取だ。尤も、相手を縛っているので、傍目には拷問に見えなくもないが。
「……ふぅ」
そんな光景を思い描いて、魔緒は重々しく溜息を吐いた。
「お父様」
「……光子か」
さて、退魔師に対する尋問だが。霧絵当主である霧絵祝詞―――つまり、敵の親玉を担当することになったのは、光子だった。因みに、花野は自分の母親を担当している。……かなり際どい人選だが、逃亡に手を貸したりはしないという信頼があるのか。
「どうかしら? 私も案外、ちゃんと強くなってたでしょ?」
「……そう、だな」
手足をロープで縛られ、手錠を掛けられ、更には呪符を何重にも貼り付けられて、物理的・魔術的・霊術的に拘束されている祝詞。そんな状態にありながらも、娘の成長を実感して、感慨深く頷いた。
「―――だが、このままでは霧絵は終わるぞ? それでいいのか?」
「知らないわよ、そんなこと」
一族総出で優香を狙い、失敗した彼ら。霧絵はこのままだと、「災厄」から見捨てられ、最悪潰されかねない。……それでも光子は、平然とそう言った。
「一族を守るのは私の使命じゃないし、私にはそこまでの力はないわ。私に出来るのは、私の手が届く範囲の人を守ることだけ。一族なんて大きなものを守るのは、お父様辺りが適任じゃないかしら?」
「……そうか」
家族よりも親友を優先する。娘にそう言われて、それでも彼の表情は柔和だった。まるで、その言葉を待ち望んでいたかのように。
「それに、お父様は私たちに協力するべきよ。一緒に、優香を守るの。そのほうが、霧絵のためにもなると思うけど?」
「……だな。たまには、娘の我侭に付き合うとするか」
こうして、聖夜の戦いは終わりを告げたのだった。
◇
……戦いが終わって。魔緒たちは、捕まえた退魔師たちを連れて帰った。彼らがどうなるのかは聞いていないが、悪いようにはならないだろう。また、安全は確認できたものの、念のためにほのかさんたち数名の魔術師がうちに残ることになった。絵美那も含めて、みんなで一緒に泊まってもらうことにした。
「ね? 私、大活躍だったでしょ?」
「……何でもいいんだが、何でお前がここにいるんだよ?」
かなり時間が遅くなっていたため、俺たちはいい加減就寝することにしたんだが……何故か絵美那は、俺の部屋にいた。彼女はうちに泊まることにはなっていたが、ほのかさんたち他の女性陣と一緒ではなく、どういうわけか俺の部屋に布団を敷いていたのだ。
「え? 今夜はもう遅いから泊まってけって言ったの、琢矢君でしょ?」
「そうじゃなくて、どうして俺の部屋で寝るんだよ?」
「いいじゃん別に。昔はよく一緒に寝たでしょ?」
絵美那は何でもないように言うが、いいわけない。そんなのはまた年齢が一桁のときだ。一応、俺はベッドで絵美那は床の布団だから、「一緒に寝る」って感じじゃない。けれども、いくら同衾していないからって、同じ部屋で二人っきりというのは、各方面から色々と圧力が……。
「それに、別に寝込みを襲ったりしないよ? 少なくとも、告白の返答待ちしてる間は」
……ついでに言えば、絵美那は俺に告白している。そして、今はその返事待ちの状態だ。「間違い」が起こっても、何ら不思議のない状況だろう。
「……普通、逆だろ?」
「え? 襲ってくれるの?」
「襲わねぇよ!」
とりあえず真っ当な突込みをしてみれば、絵美那は両目をキラキラさせて問い返してきた。……いかん、こいつの常識は世間の非常識だった。
「ちぇ……私は、琢矢君ならいつでもウェルカムなんだけどな」
絵美那は不貞腐れるように言いながら、布団に潜り込んだ。……いや、さすがに幼馴染襲うほど性欲溜まってないから。そこまでモラル低下してないから。どんな鬼畜だよ。そもそも、それなら今すぐOKして、合法的に襲うっての。
「……でも、襲うなら答えは「YES」だよね? 「NO」なのに襲ったら通報するよ?」
「いや、どっちでも襲わねぇから」
「「YES」なら襲ってよっ!?」
なんか意味不明なやり取りの後、絵美那は真面目な声でこう言った。
「……それで、正直なところどうなの? 急かすわけじゃないけど、答え、出そう?」
「……分かんねぇ」
彼女の問いに、俺はそう答えた。ちょっと無責任な気もするが、本当なのだから仕方ない。
「お前は確かに、俺にとっては大切な人だけどさ。それって、異性としてなのかは分からない。お前が俺や優香のために動いてくれるのは嬉しいし、お前が傷つくのは嫌だけど……「幼馴染」じゃなくて、「異性」だからなのかは、未だにはっきりしないんだ」
「―――そう。そう、なんだ。じゃあ、仕方ないね。大人しく、待ってるよ。琢矢君なりの答えが出るまで」
その痛々しい声に、俺は思わず謝りたくなった。……けれど、彼女はそんなものを求めてはいないだろう。謝るくらいなら、せめて早く答えを出せという話だ。
「……そろそろ、寝よっか?」
「だな」
とにかく、今日は色々なことがありすぎた。俺と絵美那は、長い一日をようやく終えることが出来たのだった。
◇
……翌朝。
「……で? この状況は何なんだよ?」
朝になって、思いのほか早く目が覚めた俺は、リビングに来てそう呟いた。
「お邪魔してるっす」
「やほー!」
「え、えっと……すいません」
「あ、あの、えっと……」
上から順に、ほのかさん、小宮間さん、綺羅山さん、赤凪さん。この四人が、うちのリビングにいた。だが、彼女たちはうちに泊まってもらったし、部屋がなかったからリビングで寝てもらったのだから、それは別にいい。問題なのは―――
「……何で、うちのリビングがお正月仕様になってるんだよっ!?」
そう、うちが完全にお正月モードなのだ。何故か室内に門松やしめ飾りがあったり、薄型テレビの上に鏡餅が置いてあったり、床には福笑いやカルタが散らばってたり、ほのかさんたちは振袖姿で羽子板振り回していたり……一体、いつの間に用意したんだ?
「クリスマスが終わったんだから、次はお正月でしょ?」
「ついでに準備しておいたっす」
小宮間さんとほのかさんが自慢げに言うが、少々気が早すぎる……大体、門松なんて、室内に飾って意味あるのかよ?
「うぅ……おはよ~」
すると、今度は優香が起きてきた。……まずい、この場にいる女子たちは、優香と面識がないんだぞ。このままでは―――
「……兄貴? ちょっといいかしら?」
案の定、寝起きで色々不安定な優香は、即座に覚醒してあからさまに不機嫌な表情で手招きしてきた。……優香、最近怒ったときの様子が母さんに似てきたな。もっと、いいところだけ似て欲しいんだが。見た目とか。
「現実逃避はいいから。ちょっとあの世で、死んだお祖母ちゃんに会って来て。メリークリスマスって」
冷たい、慈悲のない声が、優香の口から漏れ出した。ゆ、優香が鬼になったっ……! ちょ、い、命だけは勘弁を……!
「三途の川まで、いってらっしゃい!」
「ぐほぁっ……!」
そこから先は、天国と地獄へ同時に来たかのような目に遭いました。結局、ほのかさんたちは絵美那の友達ということで納得してもらうのだが……そのとき既に、俺は新たな境地を切り開いていた。―――妹の蹴りは最高だぜっ! この蹴りのためなら、三途の川を往復するくらい、朝飯前だ!
……その頃、別の場所では。
「―――そう。お疲れ様」
「全くですよ。折角のクリスマスに、なんでこんな血生臭い仕事を……」
簡素な執務室にて。二人の男女―――魔緒と、彼の上司である草木胡桃が話していた。
「あら、ちゃんとボーナスあげてるんだから、文句言わないでほしいわね。今時この日本で、魔術師にお金を払って雇うところなんてないんだから」
「それは十二分に感謝してるんですけどね。ただ、それでも言いたいことはあるんですよ」
どうやら、今回の件に関して報告をしている模様。とはいえ、家族と過ごす時間を邪魔されたせいか、魔緒は少々不機嫌だった。決着をつけるつもりだった黒憑に逃げられたことも関係しているのだろうか。
「それはそうと、捕らえた退魔師たちの尋問は進んでる?」
「……いや、さすがに数が多いですから。時間もあれなんで、学生連中は帰ってますし。というか俺も帰っていいですか?」
「なら急いで頂戴。今年の仕事を来年に持ち越したくないし」
「……」
横暴だと思いながらも、状況が状況なだけに、それ以上不平を漏らせない魔緒。溜息混じりに、無言で部屋を出ようとする。
「あ、そうそう。霧絵の退魔師たちは、こっちに引き入れるつもりだから。その方向で「尋問」して頂戴ね。どんな非道な手を使ってもいいから」
「……サラリとそういう発言するのは止めてもらえませんかね。一応、「正義の味方」ってことで動いてるんですから」
「あら、そういえばそうだったわね」
上司の失言にうんざりしながら、魔緒は今度こそ部屋を出た。残った胡桃は、その琥珀色の瞳を輝かせて、一人で呟いた。
「……そう、私たちは「正義の味方」なのよね」
しかし、彼女は知っている。「正義」ほど、この世で当てにならないものは、そうそうないということを。




