妹。それは麗しの響き
妹。それは麗しの響き。それを級友に言ったところ、まるで宇宙人を見るかのような反応をされた。まあ、いきなりそんなことを言っても困惑するだろうから、順を追って説明しよう。
まず、この俺―――浜荻琢矢には、優香という、それはそれは可愛らしい妹がいる。俺の三つ下で、現在中学二年生の妹は、容姿端麗・成績優秀・スポーツ万能という完璧人間。いや、贔屓目とかではなくてだ。ちょっと男に(というか主に俺に)ツンケンした態度を取るけど、それはそれで結構可愛いところだったりするわけで。
そして、俺こと浜荻琢矢は高校二年生。妹ほどではないがそこそこの成績と、客観的に見て平凡以上のルックスを持った、割とその辺にいる普通な学生だ。
さて、それでは冒頭の話に戻ろう。まず、俺には中学生の妹がいる。そして、俺はその妹が大好きだ。一応言っておくが、これはあくまで兄としてだからな。妹をどうこうしようだなんて、これっぽっちも考えていません。……まあ、妹が心配だからと、妹の鞄に発信機と盗聴器をつけたり、彼氏がいないか確かめるために携帯をこっそり覗いたり、妹の成長具合を確かめるために脱いだ下着を軽く漁ったりはしているが。おっと、話が逸れてしまった。
ともかく、俺は妹が大好きで、しかも心配で心配で堪らないのだ。俗に言うシスコンである。という話をしたら、普通の人はそいつを宇宙人だと思うらしい、ってことさ。
それでだ。何故に突然こんな話をしているのかというと―――
「死ねこの馬鹿兄貴っ!」
「ぐふっ!」
妹―――優香の蹴りが、俺の顔面にクリーンヒットする。その強烈な一撃に、俺は鼻血を撒き散らしながら後方に倒れ込み、床に頭を打ち付けて苦痛に悶えていた。
「まったく、信じらんないっ! なんてこと言ってんのよこの変態っ!」
腰まで届く程に、長くて茶色の髪。それを二つに結わえたこの少女こそ、我が妹である浜荻優香だ。中学生なのに身長が高く、さっき「優香は中学生なのにでっかいな」って言ったら、この有様だった。
「い、妹にそんなこと言うなんて……馬鹿! 変態! 鬼畜!」
まさか、こんなに怒るとは……っていうか、ちょっとおかしくね? 何で身長のこと言っただけでここまで罵られんの? はっ、まさか―――
「おいおい、俺は身長のことを言ったんだぜ。誰も胸のことなんか―――」
「うっさい社会のゴミ!」
誤解を解こうとしたら、更に罵倒された。優香は身長だけでなく、胸もでかい。ついでに尻も。太ももだってムチムチ。けれど、ウエストはかなり細い。正にボンキュッボンを絵に描いたような体型だ。
「ふんっ!」
気が済んだのか、或いは呆れて相手をするのも馬鹿馬鹿しくなったのか、優香は鼻を鳴らして去っていった。それと同時に、妹が目の前から消えたことで、出血と打撲によるダメージを抑える気力が失われてしまう。……やばい、意識が遠退いてきた。
「おぅ、マイ……シスター」
こうして、俺の一生は終わりを告げた。……あぁ、妹の蹴りで死ねるなんて、なんて幸福なんだ。
「……何馬鹿やってるのよ?」
危うく三途の川を渡りかけたとき、頭上から声を掛けられて、どうにか現世に留まることが出来た。
「……母さん」
倒れている俺を見下ろしていたのは、二十代前半の女性……ではなく、俺と優香の母であった。いや、母さんはやたらと若いんだよ。どう考えたって四十代にはなってるはずなのに、見た目は明らかに二十代。いや、制服着れば十代でも通用するのではないだろうか? そんな若々しい我が母は、呆れたように溜息を吐きながら、俺を見下していた。
「あんたって子は……ほんと、どうしようもないシスコンね」
「どういたしまして」
「褒めてないって」
いや、俺にとっては褒め言葉なんだよ、「シスコン」って。すると、母さんがまたも溜息を吐いて、こう言った。
「あんた、まさかとは思うけど……優香に変なことしてないでしょうね?」
「変なこと?」
はて? 盗聴や携帯の盗み見や下着漁りはしたけど、変なことなんてまったくしてないんだけどな?
「優香、最近ストーカーに纏わりつかれているみたいなの。……あんたじゃないの?」
「な、何!?」
なんて奴だ……よりにもよって、優香に変質者が纏わりついて、俺の可愛い妹を、隙あらば毒牙にかけようなどとは。―――そんな不届き千万な奴は、この俺が成敗せねば!
「許せん……俺の可愛い可愛い優香を欲望のままに―――だなんて! どこのどいつだ! 見つけ出してぶっ殺してやる!」
「あんたじゃないの?」
失礼な! 盗聴はしてるし、発信機を忍ばせているから、やろうと思えばストーキングくらいは確かに余裕さ。けど、俺だってそこまで野暮じゃない。さすがに妹を付け回したら、プライバシーの侵害だ。いくら心配だからって、超えてはいけない一線くらい弁えてる。
「まあ、寧ろあんただったら安心だったんだけど……それだと、色々と考えないといけないわね」
……そうだった。優香がストーキングされているということは―――「また」、あんなことになるのか。
「とりあえず、あんたは大人しくしてて。優香にはお友達と一緒に帰るように言ってあるから。光子ちゃんなら、頼もしい執事さんがついてるしね」
光子というのは、優香の幼馴染だ。どこぞのご令嬢で、同い年の執事を従えてる、まるで漫画の登場人物みたいな子。護身術をいくつも習っていて、しかも執事のほうは武道の腕が達人クラスらしいから、確かに途轍もなく頼もしい。
「じゃあ、そういうことだから」
母さんはそう言い残して、ここから立ち去ってしまう。残された俺は、母さんの言葉を思い返していた。
「ストーカー、か」