7話目 ストラップ・ストップ
「うぅ……」
重たい空気が、今の二人を包んでいる。
目を少し赤くなっており、頬も赤らめてそっぽを向いている結衣が俺の隣を歩いていた。
カッカッと靴の音が大きくなり、音が大きいことからかなり怒っていることが簡単に分かる。
「そう怒るなよ……」
「怒らせたのは雄一でしょ!!」
先程の事をまだ根に持っている結衣。こちらを鋭い視線で睨むと「ふんっ」と言ってまた違う方向を向く。
「お前……ゲーセン行って何がしたいんだよ?」
「……」
無反応だった。
これは、やばい。俺の人生経験から言うと、本当にこれはヤバい。
幼稚園のころと小学生の頃、男の子が結衣を軽く悪口を言い合っていたら怒った結衣が、無視をしていった。
そこまでは良いのだ。そこからが、大変だった。
それから一ヶ月間口を利かなかったかと思うと、そこから卒園、卒業式まで一言も話さずに終わらせてしまっていった。
「なぁ……」
「……」
ドンとのしかかる重たい空気が、結衣と俺の関係を縛っているようで、どうも居心地が悪い。
「あ……つ……」
結衣が口を開いたと思い、そちらの方を見ると、先程よりも頬が赤くなっていった。
また、怒らせてしまったのではないかと不安になってしまう。
「熱次郎人形がほしいの……」
「……マジで?」
「わ、悪いの!!」
俺の発言が悪かったのか、こちらを背伸びして覗き込むかのように、目を合わせると「ぷぅ」と膨らんだ頬で見つめてくる。
「いや、悪くないけど何でだよ……」
「今日ね、ここでイベントがあるの。それで、ゲーセンで等身大の熱次郎人形が当るの」
熱次郎人形とは、『熱い・ヒット・ホット』というアニメに出てくるキャラクターだ。その姿は、全身が炎をかたどった形で、お世辞にも可愛いとは思えないキャラクターである。
「で、熱次郎人形が欲しいからゲーセンに行きたいと」
「うん……」
「最初から、そうやって言ってくれれば良いだろ?」
「でも、熱次郎人形の事知られたら……恥ずかしいじゃん……」
なんだそんなことか、と思うと俺は、小さく「はぁ~」とため息をついてしまった。
「なにがおかしいの!!」
「いや、そんなことで俺が何か思うわけ無いだろ? 何年の付き合いだよ」
「そ、そうだね」
急に顔を逸らしたかと、思うと俺を急かすように一歩が大きくなっていき大またで歩いていく。あまり、女子としてどうなのだろうかと思ってしまうが、結衣っぽいといえば、簡単に納得してしまう。
そして、早まる鼓動を抑える結衣は、小さく手でガッツポーズをしていた。
◆◇◇ ◆◇◇
ゲーセンまで着くと、やはり規模が大きかった。手前は、子供用に様々なカードゲームのような、簡単なゲームが並んでいる。
そして、奥に行くにつれUFOキャッチャーなど、音ゲーなどのゲームが並んでいる。さらに奥には、パチンコのよう玉を使ったコインゲームが並んでいた。
やはり、地元とは違うということを少し実感させる。
三駅ほどしか、離れていないのにと思うが。
「わ~!!」
声を上げながら、隣で顔いっぱいに笑顔を開かせる結衣。いつもの元気な結衣の顔だ、とおもうと少しホッとしてしまう。
「ねぇ、雄一行こうよ!!」
「ゆっくりな」
俺の手が、突如結衣の手と繋がった。小さくも、温かい手が俺の手を握ってくる。小さな手が、俺の手をギュゥと握るたび、まるで結衣の心臓の鼓動が伝わるかのようにドクンと言っているような感覚が伝わってくる。
「ねぇ、行こうよ」
今までのことが忘れてしまったかの用に、満面の笑みでこちらを向いてくる。
しかし、背後に見える少し薄暗い店内に見える光景が、なにやら不吉な予感がしてしまって、背筋が一瞬冷たくなる。
が、その笑みが消える事は何も無かった。
「あぁ」
そういうとゲームセンターの中へと歩を進めていく。
明るい店内には、多くのゲームが並んでおり様々な年齢層が遊んでいた。子供も居れば、中学生も居る。もちろん高校生も、中高年も、シルバー世代と言われるおじいちゃん方も居た。
そして、中には腕を組みながらワイワイと話すカップルの姿もあった。
隣を歩く結衣の姿を見ると、少し笑ってしまう。
満面の笑顔が曇らない顔が、俺の目の下にあり、手も俺が伸ばしているが結衣は余って折っている状態だ。そんなので、腕を組めるのか、と思うと少し笑ってしまう。
「ねぇ、雄一?」
「なんだ」
「私達も腕を組もうよ」
そういうと、結衣が突如手を離したかと思うと、腕をギュゥと絡めてくる。いや、抱きしめてくると言った方が正しいのでは、と思えてしまうほどだった。
小さな身長ながら、俺の腕に捕まろうと少し背伸びしているのが、見えている。
「お前は、オラウータンか何か?」
「う、うるさい!!」
俺の言動に、恥じらいながらも必死に俺の歩幅に合わせようとして、小さな背伸びで頑張る結衣。だが、歩幅をあわせているのは実質俺なのだ、そう考えると、その身長の低い結衣が、笑えて来る。
「ぷふっ」
「な、何がおかしいの!!」
「お前の、背伸び姿が笑えてな」
「うるさい!! 背伸びなんかしてないし」
そういうと、若干身長が下がったかのようになる。相変わらずの上目使いは変わらないが、その低い身長から覗き込んでくる光景も、いつもどおりだなと思うと少し微笑ましく思える。
「大丈夫だって」
「えっ?」
「お前は、基本背が小さくたって態度はでかいんだから」
そう言って俺が自分の発言に笑ってしまうと、結衣の反感を買ったのか結衣が一層プンプンして、怒ってしまう。が、そのあと結衣は小さく笑った。
すると目の前に、少し大きめのUFOキャッチャーが見えてくると、結衣がそれを指差す。
「アレだよアレ」
「あの中に、熱次郎の人形があるんだな」
そう言って、中を覗いてみると、全身炎をかたどった、本当に可愛げのない姿の人形が一体、横たわっていた。
ふと、思ってしまったのがその熱次郎の人形を持って帰る光景だ。袋があるとはいえ、さすがにそんな大きなものを抱えて帰るのも、どうかと思ってしまう。
そして、ケースの中で王座にも座るかのように図々しく座る姿は、なんともいえない光景を思わせる。
お前は何様だよ。
「アレが、欲しいな……」
そう言って、ガラス越しに見る結衣。
「早くやったら、どうだ?」
「う、うん」
まるで、緊張した顔で財布から百円を取り出すと、ゲーム機に入れる。
ピコンと景気の良い音を鳴らすと、クレーンが若干動く。
「頑張れ、結衣」
「うん」
応援してやると、結衣の腕にも力が篭ってくる。
そして、ボタンを操作して行くとクレーンが右にます動き腹まで行くとストップ。そして、そこから真っ直ぐ頭の方へクレーンが移動して行くと、首元で止まる。
その光景は、まるで王座奪還と思えるような光景だった。
そして、クレーンが熱次郎の首元に向って降りていく。そのまま、クレーンが熱次郎の首を捉える。ナイスポイント、と思ったがやはり思ったとおり、クレーンの腕がかなり緩く、掴むこともままならないまま、上にまた上がっていく。
「あぁ……」
残念そうにガラス越しに熱次郎を見つめる結衣。
「あと、どれくらいやるんだ?」
「軍資金全財産はたく!! それで、取ってやる!!」
「あ、あぁ。頑張れ」
何にスイッチが入ったんだ、と思うほど急に結衣の闘志に火がついた。
その事に気圧されたのか分からないが、何故か口調が弱くなってしまった。張り切ると、かなり頑張ってしまう結衣なので、仕方なく見守ることにする。
コインを入れ、クレーンを動かし、首元を掴み損ねる光景が幾度か続いていく。
五回は続けた頃だろうか、俺がその光景に飽きてきたので隣にあるUFOキャッチャーに目を向ける。
小さなネコのぬいぐるみのストラップが「ニャー」とも言わんばかりにこちらを見つめている。そして、その人形が山済みになっていた。
俺は、それを少し眺めいく。
角度、その配置と位置取り。そして、大まかなサイズを目測だが、測っていく。
「いけるな……」
小さく呟くと、財布から百円玉を取り出し、俺も結衣同様コインを入れる。
ピコンとこれまた景気の良い音を鳴らすと、クレーンを操作するボタンが赤く光る。
ガラスを眺めると、一番手前にあった三毛猫の獲物に目をつけると、クレーンを動かしていく。
なぜだろう、ふと過去の感覚がよみがえってくる。
中学生の頃の幼い自分の姿が、今の自分の姿と重なっていくような感覚。そして、何より鋭く尖っていく感覚が、俺の神経を刺激していく。
右にどれだけ、目測だけの距離で測ると、ボタンを押していく。クレーンが、ウィーンと唸りながら、三毛猫の元へと、動いていく。
雄一は分かっていた。結衣のを見て、クレーンが若干反応が遅いということを、そのため少し感覚を長く感じ、ボタンを離す。
三毛猫の若干左を捕らえる。
狙い通り。
そう思うと、今度は置くのボタン押す。否、弾くと言って良いほど素早く押す。
パァンと、ボタンを一瞬でタッチ。弾くような感覚で、ゲーム機にコマンドが入力され、クレーンが揺れる。動かすというより、ただ揺らしていたようにしか見えなかった。
そのまま、クレーンがゆっくりと下がっていく。動かない敵など、敵ではない。歴史の誰かの人物が言っていたのをふと、思い出す。
クレーン腕が三毛猫の腕を掠る。が、ここからが勝負だった。
何かしてやりたい思いになるが、雄一は見守ることしか出来ない。
三毛猫にクレーンの腕が触れたかと思うと、そこから徐々に三毛猫が穴の方向へと体重が傾いていく。そして、三毛猫の重心が傾いて行き、反対側まで行くと、ごろごろと穴に向って転がっていく。
転がる三毛猫は、下に居たもう一体の黒猫をまき沿いにすると、穴に二つの猫が入っていく。
そして、ガタンと言う音がして下の穴から三毛猫が二体出ていた。
雄一はそれを見ると、小さくガッツポーズをする。
「よし」
久しぶりにやった気がする。
UFOキャッチャーでの初歩の技『腕落とし』。雄一は、この技をこう読んでいた。妹と、一緒に言ったときは酷く笑われたなと、思うが自分の中ではこれがしっくりきている。
さらにその後、隣のUFOキャッチャーでも二回行う。
気づくと、ちょっとした収穫になっていた。
そして、今日はは運が良かったなと思い、それをカバンにしまおうとすると、隣で撃沈している結衣の姿が目に入った。
「あ、あぁ……」
ボクシングの試合で力尽きました、と言わんばかりの脱力感を感じさせる結衣は、きっと女優になれるだろう。
「残念だったな」
俺が声をかけてやると、結衣はこちらを見てくる。
「ゆ、雄一ぃぃぃ」
「何だよ?」
「その黒猫ちょうだい!!」
「はぁ?」
そういうと、俺の手に持つ三毛猫を奪おうと、襲い掛かってくるが腕を軽く上げると、ジャンプしても届かない結衣は必死にピョンピョンと跳ねる。
どこのカエルだよ。だが、服装が白いので兎に見える。
「待てって結衣」
そういうと、ジャンプを止めこちらを見つめる。
「ほら」
「くれるの?」
「いや、お前が欲しいって言ったんだろ」
「ありがとう、雄一!! 一生大事にするね!!」
そういうと、嬉しそうにこちらを見てジャンプをする結衣。
やっぱり兎というよりは、可愛らしい兎でした。