6話目 想い
食事を取り終わった後、そのまま店が多くあるエリアまで歩く。さらにそこから、ファッション関係の服が並ぶ場所までさらに歩く。それが、かなり長い。
無駄に広く思えるこのショッピングモールに毎度驚かされてしまう。電気屋が三店舗も連なってあり、携帯会社が五社並んでいる。どれだけ激戦区なんだよ、と思いたくなるほど、同じ店がいっぱいある。
「にしても、本当に広いな」
左右から、美味しいにおいの漂う飲食店が並んでいる。
「ほんと、まだ食べれるんですけどね……」
「いや、こっちを見ても何もあげないからな」
俺にたいして、「ケチな雄一」というと頬を膨らませて怒る結衣を傍に、俺は一歩一歩と歩いていく。
「そういえば、一回どこかがリニューアルしたんじゃなかったか?」
「確か、二階のゲーセンだった筈だよ」
「ゲーセンか、興味ないな」
そういうと、俺はトコトコと歩き出そうとする。が、服の裾を引っ張られたのに気づきそちらのほうを見ると、結衣が目を輝かせていた。
嫌な予感がする。
「いこ――――――」
「う、とは言わせないからな」
「えー!!」
結衣に駄々っ子かよ、と言いたくなるが手を小さく叩いてくる結衣に、俺の心も押され気味になってしまう。
「でも、絶対楽しいって」
「お前は行くだけで、会社のカモになるだけだぞ」
「鳥類にはならないもん!!」
「確かにお前は人間だ、でも、俺は遊びに来たわけじゃないんだよ」
そういうとああいう、服を買えるか心配になってしまうが、買わなければ困るのだ。明日、必ず綾香と一緒にいくためにも。
「それじゃあ、二時間だけ!! 四時間は買い物できるよ」
「いや、無理だ!!」
「それじゃあ一時間だけ!!」
「駄目だ!!」
「三十分!!」
「刻んで許されると思うなよ!!」
そこまで言うと、結衣はこちらを一度、真剣な目つきで睨んでくる。
「何だよ……」
俺が言ったと同時に、結衣が怒った。
「もう雄一なんて大嫌いっ!!」
「おっ、おい!!」
手を伸ばしたが、遅かった。
長い通路を走っていく結衣。その背中が、なぜか胸にグサリと突き刺さって、頭に残る。
その光景は昔、見たことがあった。
俺と妹で、今回と同じように買い物に行ったときだった。理由は忘れてしまったが、ケンカをしてしまってはぐれた。
その時の光景と良く似ていた。
なぜか心に残った感情は、どうしよう、という戸惑いの感情ではなく、情けない、という感情だった。
その事に自分自身が驚いていた。
だが、そんなことよりも結衣を探さなければと思い、走り出す。
「はぁ……」
ため息をついてしまうが、結衣に向けてではなく、自分自身に向けてだと重々分かっていた。
◆◇◇ ◆◇◇
とても広いショッピングセンターの中を走るのは少し、気が引けたが、今まで一緒に付き合ってくれた結衣を探すためだ、全く気にはならなかった。
「はぁ……」
口から息が漏れ、視界に結衣がいないかと見渡すが居ない。
本当にどこに行ってしまったのだろう。
「クソッ……」
自分の行為を恥じると同時に悔いた。
綾香のため、明日のためと言い、結衣を放っておくことは無かったのではと自分を責める。
小さい頃の思い出が頭を過ぎっていく。
仲良く遊ぶ光景は、妹と同じような思い出に似ていた。いつでも、俺は笑わされていた。否、結衣がいたから笑っていたのだと感じさせられる。
昔から、あんな調子のすこしおかしな人、という認識だったが、それでも友達として、同級生として、幼馴染とも思える関係を築いてきたと思う。いつでも、一緒に居てくれたその結衣を突き放してしまうのが、俺の心の中の真意なのかと悔いる。
高校に入り、友達が出来た俺は結衣と関わることも少なくなった。それでも、結衣は時間を見つけてくれては、話しかけに来る。
しかし、今となってはその友達も居なくなって孤独の身になってしまった。
「クソッ……」
ただただ自分を悔いることしかできない自分は、馬鹿だ。これで、明日が成功するのかと思うだけで、馬鹿な考えだと否定したくなる。
結衣の面影が、頭の中に残っている。
身長が低い結衣は、俺の鼻に頭が来る。隣に立っていると、その髪から良いにおいのシャンプーの香りが漂って、上目遣いも可愛かった。
俺は、また走り出そうとしたが、視界の端に捉えたのは結衣だった。
いつの間にか、俺は五階まで来ていて、人気の少ない休憩所のような小さな空間に来ていた。人の少ないこの空間で、結衣が小さくなりながら、アイスを食べていた。
なぜか、声を掛けるのが怖くなった。
結衣からいわれる言葉が怖かったのか、それとも嫌われるのが怖いのかは分からないが、ただ怖かった。
だが、俺も男だ。女性を守れず、良いたい事も伝えられなくてどうする。
「なぁ、結衣……」
「えっ……」
驚いた表情で顔を上げた結衣。その頬は赤く染まっており、目も赤くなって涙を流していた。
一日に二度も泣かせてしまった。
本当に最低な男だと、自分を悔やむ。
「さっきは、ゴメン……」
静寂が訪れ、二人の空間がまるで心の距離を表しているようだった。心臓が、不思議とバクバクと音を立てていなかった。が、冷や汗が出る前の背筋が凍る不快感を味わっていた。
「嫌だ……」
結衣はそっぽを向いて、一口アイスを舐める。
「俺、どうかしてたよ……」
「言い訳はいらないから……」
「俺さ、お前のことを本当に考えたこと無かった」
一度、空気を吸うと何故か掠れて乾いた空気が口の中に入ってくる。いつもと違うと、いうだけの空気が肺を満たす。
「いつもさ、一緒に居てくれてお前が居るって当たり前だと思ってた……」
「……」
「でも、お前が走っていったとき、怖くなったんだよ。お前が居なくなったら、俺は一人になるんじゃないかって……」
結衣がうつむく。そして、太股の上に乗せていた左手が、ギュウと強く握られる。
「俺は――――――」
「馬鹿だよ!!」
「えっ」
そういうと、結衣が飛び掛ってきた。手に持っていたアイスを見ずに近くのゴミ箱に投げると、俺の胸元まで走ってくる。
ドン。
胸を叩く結衣の左手。
「雄一は馬鹿なんだよ!!」
「……」
ただ、沈黙するしかなかった。
「いつもいつもいつも、一人だったから、話してあげたのに冷たい言葉ばかりで!! まるで、私も他の人と同じ扱いじゃない!!」
「それは……」
「だから雄一は、レギュラーにも入れずに、テストでも駄目なんだよ!!」
「だから……」
「言い訳をしたって、結局雄一は馬鹿なんだよ!! 私の気持ちも考えずに、一人で居たがる馬鹿な雄一だよ!!」
おもえば、友達が居なくなってからというもの、人を突き放すことが多くなった。
「そんなのだから、友達も逃げていくんだよ!!」
結衣の一つ一つの言葉が、胸を刺す。
「先生から、積極的に話しかけてねって言われたんだよ私!! それ聞いたとき、私どれだけ心配したか分かる!!」
「いや……」
「雄一が死ぬんじゃないかってくらい、心配したんだよ。私と話しても、笑ってくれなくて、冷たくするばかりで……」
「……」
胸が何か強い縄で縛られるような、窮屈な思いと同時にすまないと思う感情が湧く。
「雄一は、雄一は……」
強く胸を叩いてきながら、胸に顔を埋める結衣。Tシャツ越しに冷たい涙の感覚が伝わっていく。
そして、結衣は泣き出した。
「馬鹿!! 馬鹿!! 雄一の馬鹿!!」
「……」
ただ、静かに結衣の言葉を聞くしかなかった。胸を叩く鈍痛に、涙の冷たさが加わり、泣き声が耳を支配し、頭の中も思考が回らず揺らぎ始める。
本当に分かってなかった。いつも、隣に居てくれた結衣の気持ちを。どれだけ、俺が結衣に心配させて、情けない姿を見せていたのかということが、嫌なほど表面に現れて、伝わる。
「本当に、ゴメン……」
最後に、ドンッと一番強い衝撃が胸を叩いた。
「ゲーセン……」
「?」
「ゲーセンで二時間ね……」
「あぁ……」
小さく交わされた約束は、大きな意味を持つ言葉に聞こえた。