5話目 馬鹿の相手は本当に困る
秋が本格的になってきて、昼間でも肌寒く感じてくる頃だった。
俺は、妹を学校に送り届けたついでにメールの相手に会うことにして、適当に時間を潰した後、駅に向って自転車を漕いだ。
妹が居なくなった自転車はスイスイと地面を泳ぐかのように走っていく。
そして、駅まで着くが時計を見ると十一時を指していた。
ふと、確認で貰ったメールを確かめてみるが、やはり十二時集合なので1時間も早く着いてしまったことになっている。
「困ったな……」
あと、一時間も時間を潰すのも考え物だ。
「雄一!!」
「?」
声のしたほうを向いてみると、駅のホームから大きく手を振るメールの相手が居た。
少し小さめの身長で、腕を大きく開きこちらに向って振るてに合わせて、短くも整えて切られた髪が大きく揺れる。
「もう、遅いよ雄一!!」
「一時間も早いんだが、結衣」
綺麗な顔立ちをしており、全体的に白い肌が服から見えている。
「時間は気にするだけ無駄だよ、流れていくんだから」
こちらの表情を瞑った片目で伺いながら、手で髪を払いながら結衣が言う。
「ハイハイ……」
軽く受け流すと、結衣が「むぅ……」と唸り、こちらを睨みつける。頬も大きく膨らませて、ハムスターを思わせる。
これで、今日一日でハムスターを二匹見た事になる。
「いや~、今日は良い日になりそうだね雄一!!」
結衣が、手を顔の前までもって行き日陰を作ると、太陽を見ながら言う。どこかの海賊の船長に見えてくる。
「お前がうるさくなかったらな」
「私は、基本静かな方なんだけど!!」
「ホントかよ……」
そんな疑いの目で見ると、「ホントだよ!!」と言って手をぶん回し始めた。どこの子供だよ。
「だって、授業中だって静かにしてるよ」
「寝言でパンと連呼する奴がよく言うよ……」
ぐぅの音も出ない結衣が、地面に顔を向けうつむく。が、こちらを睨みつけるように見てきた。
「でも、集会の時とかちゃんと……」
「屋上でサボってるからな、静かだわ」
「でもでも、先生が話すときは必ず……」
「適切にツッコミを入れるから、うるさくない」
それだけ言うと、結衣も本当にうつむいて「もう……」と言い、目が潤ってくる。
小さく「うぅ……」と唸りだした。
「泣くなよ」
「なっ、泣いてないもん!!」
それだけ言うと、結衣が服の袖で涙を拭う。服の袖の部分が軽く擦れ、毛玉ができてしまっている。それに、頬も赤くなってしまっており、泣いているといっているようなものだ。
「ほら」
俺は結衣に向ってハンカチを渡す。ハンカチは、特に柄もなく、妹が誕生日にくれたものだった。
「あ、ありがと……」
結衣はハンカチを受け取ると、涙を拭う。
俺より身長が、頭一つ小さい結衣が泣くと少し気分が悪い。妹とケンカして、泣かしたときの罪悪感に似ている。
「そろそろ、電車が来るから行くぞ」
「うん……」
目が赤くなっている結衣を引きつれ、駅のホームに入り込む。
心の中で、泣かせてしまった事に関して小さくごめんと謝る。
◆◇◇ ◆◇◇
電車の中に入ると、やはり騒がしい結衣だった。窓の向こうを見つめながら「ねぇ、民家があるよ」と情景を言う。何が、珍しいのだろうか?
しかし一駅も跨ぐと静かになり、鏡を見ながら髪を直し始める。
俺と結衣でこうやって買い物に行くのも、珍しいことではない。
付き合いとしては、小学校の頃から一緒でそのまま高校も一緒にあがって言った友達というだけの、普通の関係だ。幼馴染まで深くは無く、同級生よりは深いだけの関係だ。
そのため、遊びで買い物に行くこともあるのだが、大抵は俺の服選びに付き合ってもらっている。
ファッションセンスは無いとは言えないが、余り興味が無く、一人で服を買うと色も偏るので、色々と付き合ってもらっている。
そんなわけで、大きなショッピングセンターまで四駅跨ぎ来ている。
なぜ、こんなところまで来たかというと、明日彼女とのはじめての買い物があるからだ。そのための服を買いに来たわけだ。
この地域では随一と言って良いほど大きい店である。色々な店が入っているので、買い物には最適だ。
「着いたね」
手に持つカバンを振り回しながら道をスキップする結衣。誰かにぶつけて、怒られなければ良いのだが。
「そうだな。にしても、結構来てるからな……ここ」
「そうだね」
そういうと、スキップを止めこちらまで歩いていく。わざわざそこまで行く必要があったのか。
「絶対ここって激戦区だよな」
「激戦区って何? 戦争勃発しているの?」
「商業のな」
そんな他愛も無い話しをしながら、道を歩いていく。
結衣が履くかなり高いヒールの靴が、コツコツと地面を鳴らす。しかし、かなり高いらしく、爪先立ち状態になっている。痛くは無いのだろうか。
「でも、お腹減ったね」
「はっ?」
結衣の腹がぐぅぅぅとなって見せた。
「はっ?」
そういうと、結衣は二コっと笑って見せた。笑顔はとても可愛いのだが、若干嫌な気がして来た。
「おご―――――――」
「らないからな」
と、言うと目的を先にフードコートに向けて歩き出す。
フードコートにつくまで、ひたすらに結衣が愚痴り始めたので、抑えるのに必死だったのは、気にしない。毎度のことだから。
そんなことをしながらも、フードコートまで着くと結衣は早速ながら、牛丼三杯を平らげていた。
俺たちが座る席の机には、もう空になった大盛りの牛丼の皿と、卵の殻が残っていた。結衣は、牛丼に卵をかけて食べるらしい。
ちなみに俺は、ケチャップのソースがたっぷりとかかったナポリタンを食べている。すごい、美味しい。
「お前、良く食うよな」
「朝ごはんが少なかったから」
「なんで」
「寝坊しただけだよ?」
規則正しくない生活が目に見えた。顔だけは可愛いのに、と思うが心に押し込める。
「お前、女子なのに肌とか気にしないんだな」
「栄養さえ取ってれば、良いというのが私の理論だから」
「朝飯抜いておいて、よく言うな」
「昼飯で取り返すから平気なの」
そういうと、四杯目の牛丼を口に運んで食べる結衣。よく、それだけの牛丼が入るな、と疑問に思う。
「お前は良く食べるな」
俺は、スプーンでパスタを巻くと食べる。口にケチャップのソースが広がり、さらにピーマンなどの野菜も美味しい。
「そんなことは無いよ。私のお腹はブラックホールなだけだから」
「十分だな」
結衣はいつの間にか、四杯目も間食しており米粒一つ皿に残っていないところを見ると、本当に感触したんだなということが良く分かる。
「でも、まだ食べれるんだよね」
おい、目がナポリタンに行ってるぞ。
まるで、獲物でも狩るかのような目つきで睨んでくる。
「あげないからな」
それだけ言うと、俺はパスタを口に運び食べる。
「何だか口が、肉汁でこってりしてて気持ちが悪いんだよね」
「水を飲め」
「何だか何だか、卵のせいか口元が……」
「拭け」
それだけ言うと、諦めたのか観念して口を紙で拭う。カバンの中から鏡を取り出すと、また紙で拭う。さらに拭う。また拭う。
どれだけ拭うんだよ。
そして、俺もナポリタンを食べ終わる。
「そろそろ行くか?」
「そうだね。エンジョイしよっか」
「ちゃんと頼むぞ……」
明日は、彼女とのはじめての買い物なのだから。
そう思うと、すこし緊張をするが、この後も恒例の馬鹿のお付き合いをしないといけないのはまだ、考えたくは無かった。