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ワンコイン・ライブ  作者: 藻塩 綾香
残り0日 終わりのコイン
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最終話 ワンコインの行方

 あと三時間で昼になるというのに、まだ肌寒さが強く残っていた。冬はこの何倍にも寒く感じるのだと考えると、今からでもため息が出てしまいそうだった。

 雄一は綾香の到着を待っている。昨日、綾香から電車の時間が伝えられた。その十五分前にはここにいる。


 昨日はあの後なにもなく帰宅した。妹には、傷を見られこっぴどく怒られたが、一緒についてきてくれた綾香の説得もあり、とても怒られる事は無かった。


 顔は少しばかり擦り傷があり、服が若干破れていたくらいで、病院というほどでもなく、筋肉痛のような痛みを抱えながらも今日を迎えた。


 今日で綾香と分かれるのだ。今日で最後なのだ。


「雄一さん、お待たせしました」


 そちらを振り向くと、白と灰色で構成されたギンガムチェックのシャツに、大人しい紺色のカーディガン、それにふんわりとした青色のスカートを穿いている。

 

 髪は綾香によく似合うポニーテールだった。走って駆け寄ってくるたびにフリフリと髪が揺れる。


「いや、待ってないよ」


 綾香の荷物は小さなカバンひとつだった。引越しということをしたことが無いのだが、荷物はほとんど業者に任せてしまっているのだろうか。


 それを確認した後、雄一は視線を逸らしてしまった。


 その後、どうにも重たい空気が二人を包む。


 最後の日。昨日雄一は、今日会ったらどう話そうかずっと考えていた。むしろ、そればかり考えていた。

 どうすれば、綾香を送り出せるのかと。


 笑顔で送り出すべきなのか、それとも何かカッコつけて送り出すのか。自分でも今日の様子をずっと考えていた。


「雄一さん」

「どうした?」


 綾香は少しだけ照れた表情で、雄一を見る。


「私が路上ライブをしていた理由って知っていますか?」


 綾香の持つカバンにぎゅっと力が込められる。


「いいや……。それに、聞いたことがないし」


 綾香は昔に見た路上ライブをしている人たちを見て、それに憧れたからだと話していた。そして、歌手になろうと思った。


 出会って、初めて一緒に行動したときに語ったものだ。

 はっきりとその言葉は覚えているのに、どうしてか知らないと嘘をついてしまった。どうしてなのかは分からない。


「私、小さいころに電車に乗って遊びに行ったとき、初めて路上ライブをしている人を見たんです。そのとき、とってもその人たちがかっこよく見えました」

「うん……」


「とっても楽しそうで、見ているだけでどこかホッとしてしまったんです。そんな安堵感がありました」


 綾香は少しだけ遠くに視線を向けた。そこには何も無いけど、何かがあったかのような視線を向ける。


「私、誰かにこんな温かい気持ちが与えられればと思ったんです。そこに、憧れを感じました。だから、一人でもやってみようと思ったんです」

「なんだか、分かるよ……」


 中学の頃、職業について調べる機会があった。

 そのとき自分にはなりたい職業なんか無かったし、何をしたいかも分からなかった。


 せめてもどんな仕事があるかを調べて、様々な体験談というのが載っていた。『お客様の役に立てて嬉しかった』や『誰かを救えて、この仕事にやりがいを感じている』など、誰かを中心に働いていた。


 そんな姿を見て、心が温かくなるのを感じた。だから、誰かをこんな感情にできる仕事はないかと考えたが、自分にはできないと諦めた。


 少しだけ苦い思い出に、雄一はどうしようもない表情を浮かべる。


「憧れで路上ライブを始めたんですけど、もうひとつ理由があったんです」

「理由?」


「はい。それは、上京資金を溜めることです」


 そういうと、綾香はカバンから茶封筒を取り出した。その茶封筒には黒のマジックペンで『上京資金』と書かれていた。

 そして綾香は、その茶封筒から手のひらに一枚の五百円玉を出して見せた。


「結局溜まったのは、この五百円でしたけどね……」

「そう、なんだ……」


 手の上に一枚のる五百円を眺めてみるが、なんの変哲も無いただの五百円玉だ。


「この五百円、雄一さんが入れてくれた五百円玉です。初めて、入れてくれたお金です」

「えっ?」


「だから私の上京資金は、たった五百円なんです。だから私には上京するだけのお金が無いんです」


 雄一は最初綾香が何を言っているかは分からなかった。

 だけど、もし希望を抱いて良いのなら、自分の望みが叶うなら、自分の思う未来に傾いて欲しいと願った。


「おかしいですよね。今の時代に、お金を入れてくれる物好きがいると考えていたんです」


 そういうと綾香は自嘲気味に笑った。


 だけど、その笑みの裏に隠された、もったいぶっている真実を雄一は信じたかった。自分の考えているものと同じであると願った。


「だから、私は上京できないんです」


 そういうと綾香は微笑んだ。


「これからも一緒にいてくれますか? 雄一さん」


 綾香がそっと手を伸ばしてきた。

 すらりとした細い手で、守ってあげたくなる美しさがある。


「あぁ、ずっと一緒にいる」


 雄一は、満面の笑みを浮かべると綾香の手を握ると、そのまま大きく抱きしめる。そして、ぎゅっと力を込めて抱き寄せた。


「嬉しいです」


 そういうと綾香も満面の笑みを浮かべた。



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