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ワンコイン・ライブ  作者: 藻塩 綾香
残り1日 思いを伝えるために
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39話 友に感謝

「それじゃあ、買って来るね」

「はい」


 綾香が満足そうに答えると、雄一は満足そうな顔を浮かべると、浮足立ちながらレジへと向かっていく。

 そんな様子を見ていると少しだけ、綾香もうれしく感じてしまう。何とも幸せな時間だろうかと、久しぶりに思った。


 この一週間がどれだけ満足しているかというのは、自分でも驚きなほどだ。退屈と思った事はない。むしろ、楽しくてこの雄一を待つ時間までが苦痛に思えてしまうほどだ。


 おそろいのブレスレット。そんな単語が頭に浮かぶと、自分の中でどこかこっぱずかしさのようなものがある。自分から良いと押したものの、やっぱり恥ずかしい。


「よぉ、綾香」

「!?」


 その言葉を聞いた瞬間、楽しいとう言葉は一瞬で消え失せ、代わりに最悪という思考が頭の中に浮かんだ。

 今の状況はやばい。


 声のする方向を見ると、嫌だけど見慣れてしまった面々がそこにいた。


 安藤雅人。剣道部で、この前の学校での大掃除でいろいろとお世話になった人物だ。しかし、その後ろにはいつも綾香をいじめる女子の三人組。そのほかにも、同じ学校で見慣れた人物が二人いた。


「……」


 背中にいやな汗が流れる。とてつもなく居心地が悪く、今すぐ逃げ出したいと思った。

 ふと後ろで雄一の雄一を視界の端で捕らえると、レジの前で何かに悩んでいるようだった。


「一人で来たの?」


 雅人は優しい声音で話しかけるが、どこかそれに乗っかったら後に自分にとって不利益な状況にしか陥らない、そんな毒を帯びている話し方だ。


 今は雄一と一緒にいる。しかし、もし雄一と一緒にいるということがわかってしまえば、自分が雄一に迷惑をかけてしまう。そんな嫌な気しかしなかった。

 それどころか、それが確定した未来にしかならないとさえ思う。


「うん、そうだけど……」


 ここは一人でどうにかするしかないのだ。一人で何とかしないといけない状況なのだと考える。

 自分のせいで雄一に何かあってしまっては、それこそ自分を責めて、自分が本当に嫌いになってしまう。


「ふぅん」


 そういうと雅人は綾香を品定めするような視線を向ける。

 その視線に雄一が映らないようにと、身じろぐようにして雄一と雅人の視線の中間に体を動かす。


「ねぇ、ちょっと付き合って欲しいんだけど。大丈夫だよね?」


 声音は優しい。だが、その裏の意図が見え透いていて、本当に怖かった。

 雅人は、一緒に来い、拒否権はない、とそう言っているのだ。そんな言葉なのに反論の言葉が出るであろうか。


「ん……」


 絶対に行きたくはないと思っていても、自分にしてみればこの状況を打開しなければいけないのだ。

 すべては雄一に害が及ばぬために。


 綾香と関わって、もしこれから何かが雄一に対して嫌なことが起こってしまうことだけは避けたい。避けなくてはならないのだ。

 今だけは、強気で、こんな人たちに負けてはいけないのだ。そう心に誓って。


「それで、どこに行けばいいの?」


 今だけは反抗しなければならないのだ。この状況をどうにか切り抜けるのだ。

 そのあとはなんとだってなる。ほかの商品が気になったとか、道を聞かれ案内していたとか、誤魔化しはなんだってできるのだ。


 だから、今だけは……。


「大丈夫、すぐ近くだから」


 そういって諭す雅人に対して反抗的な態度をとりつつも、その後ろについていく。歩む先は真っ暗闇にしか見えなかった。



 ◆◇◇ ◇◇◆



 綾香がいないのに気付いた瞬間、自分の中で不安と恐怖が襲ってきた。それは、自身が危険にさらされるということではない。綾香が何かに巻き込まれてしまったのではないのかという危機感だ。


 雄一は、いったん周囲をきキョロキョロと見渡してみるものの、その姿は見えない。

 本当にどこかに消えてしまった。


 帰ってしまったことはない。ならば、どこかほかのところに行ってしまったのだろうか。どうしてもそうは考えられなかった。待っていてとは言っていないが、綾香がどこかに行ってしまう、そんな考えは毛頭もなかった。


 綾香がどこかに行ってしまった。そんな状況ばかりが頭を巡って、ろくな考えが頭を巡らない。考えても、綾香が消えてしまったという現実が頭をすぐに埋め尽くし、白紙に戻る。


 雄一は手にもつピンク色の紙袋を見る。そこには先ほど買った青色のブレスレットが入っている。これを届ける人がいる。それじゃあ、どうするか。


 探すしかない。


 安直な思考だったが、今はこれで十分だった。


◆◇◇ ◇◇◆


 雄一は、どこにも当てがなかったが、とりあえずこのモール内を駆けずることだけを考え、走る。


 綾香と一緒にいるととても楽しかった。だが、時折見せる悲しげな表情に雄一は気になってしまっていた。


 綾香は最初から何かを隠している様子なのはわかった。それに、自分のことはあまり話したがらなかった。話してはくれてはいた。でも、どこか真実にふたを閉めているかのような感覚。


 きっと今、綾香の置かれている状況というのは、その隠したい中身の部分なのだ。それは、綾香において利益にはならず、嫌なことでしかないのだろう。


 それがなんなのかは雄一には当然ながらわかるわけがないことは重々に承知していた。


 綾香と知り合ってまだ一週間もしない。だから一緒にいない時間の方が圧倒的に多いのである。そんな中、綾香の全てと知っているとは言わない。綾香に話してもらったことや、話してくれないことは一杯ある。まだ、知らない趣味や、好きなもの、嫌いなことがまだあるはずである。


 その中に綾香の話したくない事があるはずだ。


 そこは聞かないし、聞くつもりも無い。


 だけど、綾香がもしそれで悩んでいるなら、少しでも手助けがしたいと思う。何か役に立ちたいと思う。


 それが雄一の綾香に対して、残り一日でできる最後のことなのかもしれなかった。


「おっ、雄一じゃん」


 ふと声のするほうを見てみると、同じクラスの高林と同じクラスの奴がいた。高林は剣道部で、クラスが一緒になってから仲がよくなった。


「どうしてこんなとこにいるんだ?」

「いや、どうしたって買い物に来て、ついでにゲーセンに寄ってたんだよ」


 高林は笑いながら答えた。確かに愚問では合ったかもしれない。


「それより雄一、俺見たからな」

「何をだよ……」


 高林はニヤニヤしながら言ってくる。

 何か見られてはいけないものでもあっただろうか。そう考えても、何かとは思いつかなかった。


「お前、知らない間に彼女ができてたんだな」

「はぁ!?」


 雄一は驚いたように言うが、そういえばと思考を巡らせて考えると納得してしまう。傍から見れば高林が言うように、彼女彼氏のカップルというように移るのだろう。


「もう、俺にも内緒でよ。全く、知らない間に良い子とりやがって」


 そういいながら肘で雄一を突いてくる。少しじれったさを感じ、少しだけ強引に引き離す。


「いや付き合ってはねぇよ。なんか……こう……複雑なんだよ」

「ほぉ~、複雑なのねぇ~」


 なんともいえないもどかしさに言葉が出てこない。


「まぁ、良いけどさ。振られて、追っかけてたんだろ」

「えっ……」


 雄一は思いかけず間抜けな声が出てしまっていた。高林には今の雄一がそう見えていたのだろうか。


「お前の彼女、他の奴と歩いてたぜ。それを見た後に、お前が走ってる姿見たら大体察すぜ。あっ、振られたなって」


 そういうと、雄一は急に不安に駆られてしまった。だが、そんな一瞬に起きるはずが無いと、頭を振るう。


「ただ、ちょっと不安なことがあってだな……」

「不安な事?」


 高林は、一緒に来たほかの奴と顔を見合わせると、深刻そうな表情で語りだした。


「いや、お前の彼女と一緒にいた奴なんだけどな。剣道部の大会とかで、色々と悪い噂聞く奴なんだよ」

「……例えば」

「普通に試合に遅刻してきたり、試合の結果に満足いかなかったのか相手選手の竹刀奪って叩き折ったあげくに、止めに入った審判殴ったり……」


 単なる噂なのだろうか。もしそうでなければと考えると……。


「高林合ったことあるのか?」

「……まぁ。地区大会で一度会ったんだが普通に話しかけやすそうな外見してて、チームメイトとも仲が良かったんだよ」

「……」


「ただ、試合で俺たちが勝ったんだけどな。終わった後に大胆に舌打ちして帰っていったんだぜ。アレは、なかなか印象深かったし、普通に礼儀なってないと思った」


 そんな人と一緒にいたのか……。


「それで不安になったんだが……、って雄一大丈夫か?」


 不思議と右手が震えていた。

 どうして震えていたかは雄一には分からなかった。だけど、恐怖じゃないのは分かる。だが、それ以外の何なのかは分からなかった。


「雄一……」


 きっと、今自分が駆けなければ、とそんな自己欲ににた正義が今の雄一の心にはあった。


「高林!!」

「えっ……なに……」


 雄一は思いっきり高林の肩を掴む。もしかしたが、高林は痛かったかも知れないが、少し戸惑った表情で雄一のほうを見る。


「綾香はどっちに行った!!」

「あっちだけど……」


 ゆっくりと高林は指を奥へと向ける。綾香は、勝又のギター屋とは反対の方向へ行ってしまったようだ。


 あっちには外へ出る出口は無い。エスカレーターもなければエレベーターも無いので、完全に建物の角になる。

 店は数点あるだろうが、一番奥ともなるとそこにはトイレがひとつあったはずだ。


 その剣道部が、綾香をそちらへ連れて行ったとしたら、一緒に買い物を頼んだとは考えにくい。ならば、何しに行った。何でもいい。今は、綾香がその剣道部に連れて行かれたという事実さえ合えればいい。


 それじゃあ店に入らないとなると、残るものはひとつ。逆に言えば、ひとつしかない。トイレだ。


 一番奥のトイレはほとんど使用されることが無い。フードコートとも遠く、人があるような目新しい店も無く、こじんまりとした地帯だ。建物内でほとんど人が通らないような場所なのだ。


 そう考えると、雄一はこんなことをしている暇ではないと悟る。


「すまない、高林……。俺、行くわ」

「おう、そうか」


 高林は若干戸惑っていたようだが、どこか吹っ切れたような雄一の表情を見て納得したようだ。きっと、その真意は分からず、考えは食い違っているだろうが。


「どうする? 誰か呼ぶか?」

「……警備員さんでも呼んでくれ。怒られてくるから」


 雄一は最後に面白くも無い冗談を言うと、高林は困ったように笑った。


「あぁ、ゴリラみたいな警備員さん呼んでくるよ」


 それを聞くと雄一は「ごめん」とだけ言って、人にぶつからないように駆ける。

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