38話 二人でおそろいのプレゼント
やっぱり、自分でしたいことをするというのは楽しいことなのかもしれない。
そうは言っても、雄一がしたいことというのはひとつに限られる。綾香とどれだけ一緒にいられるか。その時間を、楽しく過ごしたいという事だけなのだ。
「なぁ綾香、何か欲しいものとか無いのか?」
「欲しいものですか?」
綾香は小さく「う~む」と言いながら考え出す。
今日の目的は家具を見に来ることだったが、それでも結局見つからなかったし、購入まで結局至らなかった。
それなら、小さいものくらいは何か買っておごってあげるのもいいかもしれないと思ったのだ。財布の紐くらいこういうときに緩めても問題は無いだろう。
それに、こういうときにこそ緩めないと、緩めるときがあまり無い。無駄な買い物ほど、財布の紐を締めるものはない。それに、有意義な買い物をするために紐を緩める行為は、意味があることだから自分も納得できる。
「そうですね。あえて言うなら……」
綾香は言葉を区切る。そして、そっと口を開く。
「今日という日を忘れないような思い出が欲しいですね」
こちらを見つめたと思ったら少しだけ照れくさそうに微笑むと、すぐにそっぽを向いてしまう。
そんな綾香の反応に雄一も照れてしまい、つい視線を逸らしてしまう。
綾香のほうを見てみると、照れた表情のまま何も言わずに歩いている。
こんな綾香の姿を見ると少しだけ新鮮な気さえする。そして、愛おしさすら覚える。綾香はどう思っているかは分からないが、本当にこんな感情が心地よい。一緒にいられるぬくもりというのを感じるのだ。
そんなことを思いながら、歩いているとひと視界にひとつの商品が目に入った。そして、歩くのを止めて視線をそちらに向ける。
その店は小物雑貨を扱っているらしく、髪留めやピンなどの女性のための商品から、ブレスレットやネックレスと言ったファッションアイテムまで揃っている。そのほかにも、壁には星をモチーフにした時計や、ガラスで作られた独特の形のコップなど、様々なものが売られている。
そんな中、ひとつの商品に目が奪われてしまった。
別にその商品はとても華美でとても輝かしいわけではないし、様々な人が通るたび目に着くような醜悪な形をしているわけではない。ただ、目に付いたそれだけなのだが、雄一はそれにとても引かれた。
「雄一さん?」
綾香の聞く声が少し遠くに聞こえてしまうほど、その商品に目を奪われていた。それほどまでに雄一の心をつかんだのだ。
何の変哲も無いただのブレスレットだ。それこそ、他の商品に重なってしまって、埋もれている中のひとつ。
青色と白色の皮を編みこんでありさりげなく銀色に鈍く光る金属の装飾があしらわれている。それと対になるように、赤色と白色の皮を編みこんであり、こちらも同様に金属の装飾があしらわれている。
雄一が引かれたのはそこではない。手首の内側に来るであろう部分につけられた、猫をかたどった装飾。それは、二匹でひとつになるように作られている。一匹だとただ立っているだけなのだが、二匹揃った瞬間それはキスをするかの様に見えるであろう。
ふと頭の中でその商品からの想像が膨らんでいく。
綾香とおそろいのあのブレスレットをつけるのだ。そして、一緒に手をつなぐ。すると、丁度二匹の猫がキスをするように合わさるのだ。だた、それは二人は動いているからちぐはぐに動いてしまう。
でも、一瞬だけ合わさる瞬間があるのだ。それがどんな場所であれ、一秒にも満たない短い時間であっても合わさる。
それに二人が気づいたときに二人で微笑む。
そんな光景が頭をよぎる。
しかし、すぐに頭が冷静さを取り戻し、コレは空想なのだと訴えかける、ありもしない現実なのだ、と伝える。
それでも、欲しいと思った。
「なぁ、綾香ってアレルギーとか無かったよな?」
「アレルギーは特にありません。あえて言うなら花粉症くらいでしょうか」
綾香が疑問を持っているように話しかけてくる。
「欲しいものがあるんだけど、買って良いかな?」
「もちろん、それは雄一さんの買い物ですので自由に買ってください」
「いや、そういうことじゃなくて……」
そこまで言いかけると綾香は小首をかしげた。
「二人でおそろいのものが買いたいんだけど、大丈夫かな?」
綾香は驚いたような表情を浮かべる。もちろんそうだろう。突然こんなことを言われたら驚くのも納得できる。それがゆえに、心の中で断られることも覚悟した。もし、断られたら自分で仕方がないと言い聞かせられる準備をした。
「問題ないですよ。どんな商品ですか?」
「えっ?」
先程諦めかけていた自分がいただけに少しだけ間抜けな声が出てしまったことに気づかなかった。
だけど、雄一は素直に嬉しいと思った。
「この商品何だけどさ」
雄一は何気なく綾香の手を取り、小物雑貨やに入っていく。そして、積み重なれた雑貨の中から目的のブレスレットを手に取る。
皮には高級感というものはなく、それこそ安物と言わればそれだけの商品だった。でも、雄一はそんなことは問題ではない。単に、すごく惹かれたのだ。
そんなことを思いつつ、対になったブレスレットを手に取る。質感も特にすごいわけではない。自分の持っているブレスレットの中でも、特に差異は感じられなかった。
「青色と赤色ですか……」
「おそろいなんだよね」
綾香は雄一からブレスレットを取ると、自分で眺めだす。綾香も少しだけものめずらしそうに眺める。
その光景をみると、自分の選択したものに自信というものが無くなっていく。綾香に笑われてしまったらどうしようと、不安になってしまう。
「猫……かわいい」
意図したか分からないが綾香の口から小さく言葉が漏れた。
「どうかな?」
雄一が自分で自覚できるほど不安げな声で尋ねる。ここで、却下されてしまったら少しだけ悲しい。
「とってもかわいいですね。私こういうの好きですよ」
「ほんとに?」
「嘘を言って何になるんですか?」
そういうと綾香は優しく微笑んでしまう。
きっと、自分はこの笑顔を浮かべる綾香に惹かれているのかもしれない。とっても可愛げがあり、そこには儚さを持つ笑顔。一緒に大きく笑ってくれなくとも、この笑顔を見るためなら何だってできそうな気さえしてくるのだ。
「それじゃあ、雄一さんはどっちにしますか?」
綾香は赤色と青色のブレスレットをそれぞれ右手と左手に持つ。
「俺はどっちでも良いよ。綾香が好きなほうを選んでよ」
「私ですか……」
綾香はそういうと再びブレスレットに視線を落とす。
雄一自身は好きな色としたら青色が好きなので、青色のほうを選ぶかもしれない。ただ、綾香がもし青色が好きだったら簡単に譲れてしまう。雄一にしてみれば、色というのはどちらでも正直良かった。二人で一緒のものを身に着けるということに意味があった。
もし、それができるならどれだけ嬉しいことがよく分からない。きっと、とっても嬉しいのだろう。
「私は、赤色にします。雄一さんは青色で大丈夫ですか?」
「むしろ、青色が好きだった」
「そうなんですか。良かった」
雄一は、こんな些細なやり取りにでさえ嬉しさが隠せない。心のそこからこの時間が本当に楽しいと感じられる。
「でも、雄一さんはどうしてこのブレスレットが気に入ったんですか?」
「それは……」
理由といわれると照れくさくて言葉が出てこなくなってしまった。自分に問われた瞬間、途端にこれだ。雄一自身こんな自分に情けないと思ってしまうほどだ。
きっと、逃れられはしないのだろう。
「綾香とお揃いをつけれることが、嬉しいから……」
綾香は自分が問いたことの答えが少しだけ理解できていたのか、少し照れながらも雄一にはしっかりと聞こえる声で「嬉しいです」と答えた。
そんな言葉が、雄一にとっては嬉しくないはずが無い。とても嬉しいに決まっている。
「それじゃあ、買って来るね」
「はい」
雄一はにんまりと笑ってしまいそうな顔を隠すために、綾香からブレスレットを貰うと、レジへと向かう。ついつい足取りが軽くなっているのに、雄一は気づくが何も気にしない。大またでレジへと歩いていく。
「これください」
「二点ですね」
年若な女性の店員が笑顔で答えてくれる。先程の光景を見ていたのだろうか、営業スマイルとは違う笑顔を浮かべている。
店員はレジを操作し、合計金額を算出する。
「二点で二千五百円です」
財布の紐は緩みっぱなしだ。全然苦ではない金額だし、むしろ良心的と言えた。雄一は迷うことなく財布から金額分のお金を出し、銀皿のトレーに置く。
店員はそれを数えると、「丁度ですね」といって簡単にレジの操作に戻る。
「こちらの商品ラッピング出来ますがどうしますか?」
ラッピング。
店員さんはカウンターから、ピンク色と水色とオレンジ色と茶色の紙袋を取り出す。この四色の中から選択できるということなのだろう。
ふと、雄一は綾香が何色が好きなのだろうという疑問が浮かぶ。もし、綾香の好きな色がこの中にあるとすれば選びたいところだ。
考えてみると、なかなか思いつかない。
綾香に見せてもらった油絵を頭の中に浮かべてみるも、あまりヒントにはならないかもしれない。
一枚目に見せてもらった絵は、夜の一角を描いたものだった。少し暗めの色使いだったが、それが夜の風景ということに強い意味を持たせるための重要な要素だった。
二枚目に見せてもらった彼岸花の絵は、バックに塗られた黒色がとても印象的だった。その中に一輪だけ咲く様ななんともいえない寂しさという感情を抱かせた。
三枚目の青色の薔薇だった。バックはオレンジ色でとっても明るく元気な印象を思わせる。眺めて言うと、彼岸花とは対照的に元気が湧き出てくるようだった。
しかし、絵画に統一性は無い。絵ならばもちろん好きな色を使うとは限らないので、あまり参考にはならなかった。明るめの色が好きなのかも、暗めの色が好きなのかもあまりはっきりしなかった。
「もし悩んでいるなら、無難にピンクかオレンジの明るい色が良いと思いますよ?」
「えっ……」
店員さんが急にアドバイスをくれたことに少しだけ驚きというものが隠せなかった。
明るい色。今の楽しい気分を選ぶなら確かに明るい色のほうが良いのかもしれない。
そうアドバイスをされると決断を下すのに時間はあまりかからなかった。
二色の中で綾香に合う色とするならば、ピンクよりもオレンジに思える。それに、オレンジ色は元気の象徴のようにも雄一は勝手なイメージを押し付けてしまった。
だが、綾香には元気に一緒に笑って欲しい。そんな身勝手な考えまで添えて。
「それじゃあ、オレンジ色でお願いできますか?」
「かしこまりました」
そう店員さんはいうと慣れた手つきで、赤色のブレスレットだけを梱包すると、青色のブレスレットは水色の紙袋に包んでくれた。
それは先程のやり取りが見えていたことを意味していた。それを思うと、自分の行為というものに恥ずかしさというものが湧き上がってくる。
「はい、お待たせしました」
「ありがとうございます」
雄一さんはお礼を言うと、店員さんは小さな声で呟いた。
「ラッピング代は引いていますので、内緒ですよ」
そういうと店員さんは一本立てた指を口の前に置く。秘密にしておいてということなのだろう。
店員さんの気遣いにとても申し訳なく思ってしまった。
「ありがとうございます」
雄一は照れながらもお礼を言うと、店員さんは「良いの。頑張ってね」と応援の言葉をかけてくれた。
先程の自分を考えるとこっぱずかしくて、なんとも言えないがそれでもお礼は忘れなかった。
「ありがとうございます」
そう言って店員さんに再びお礼を言うと、雄一は少しだけ浮き足立った気分で、綾香の下へと向かった。
少しだけ時間をかけてしまったかと思いつつも、これを渡したときの綾香の浮かべてくれるであろう笑顔を考えると、雄一の頬は自然と緩んでしまう。
目の前の商品棚を曲がった先に綾香がいる。
「綾香、お待たせ……」
――――だが、そこに綾香の姿は無かった。




