37話 自分のしたいこと
一通り家具を拝見したが、結局惜しい商品はあったものの購入までの一歩がなかなか踏み出す事が出来なかった。値段や商品自体のものを考慮しても、いろいろと悩むところがあるらしい。
雄一は買っても良いのではと思うものとあったが、結局は購入するのは綾香だ。最終的には綾香にゆだねられるのだった。
そして今は一休みということで、フードコートで休んでいる。
近場のコーヒーショップで買ったコーヒーとドーナッツを持ち、席へと座る。綾香も同じ商品を購入している。
「結局買わなくても良かったのか?」
「はい。今あるのは少し不満があるだけなので、使えないことはないんです。だから、最悪あっちに行って買っても問題ないですから」
ふと“あっち”という言葉に、ふと反応してしまった自分がいたのに気が付いた。
あっちとは東京のことだ。
綾香は自分の意思で、東京へ向かい自分の夢を叶えにいく。
明日で最後になるのだ。明日でいなくなってしまうのだ。そう思うと、この一日の大切さというのに気が付かされる。
「そ、そうだな……。もしかすると、こんな田舎に比べて、あっちの方が良いのがあるかもな」
自分でも“あっち”という言葉について思うところがあるのだろうか、少しだけ使うのに気おくれしてしまう。
それを隠すようにコーヒーを一口含む。
苦い風味が口の中を満たす。今の心情を表しているかのようで、少しだけまずく感じてしまう。
「そういえば、東京に行ったらどうするんだ?」
「どうするんだ、とは?」
「いや、御厄介になる親戚はいるのか?」
少しだけ話をそらしたかった。それに、別れ話よりもこれからの明るい話をしたかった。
「はい。父方の両親がいらっしゃるので、何かあったら御厄介になるつもりです」
「そうなのか……。なら安心だな」
「雄一さんはこれからどうするつもりですか?」
「どうするって?」
「私は東京に行きますが、雄一さんは何かすることとかあったりしますか?」
「俺か……」
ふと考えてみると、何もないことに気付く。
これまで何かに憧れることはあったが、実際に取り組んでやってみたことは何もない。手軽な奴で、本やインターネットで調べてと少しだけ齧ってみたが、やはり途中で投げ出してしまった。
部活でも勉強でも、結局はなんだかんだで中の下。そんなものだったのだ。
やってみたとしても、自分の実力の差というのがどうしても露見してしまい、自分の頑張りがあったとしても、結果がついてこなくてやめてしまう。
頑張りと結果は比例の関係に位置しないのだ。いくら頑張ったって、才能の前では無力に等しかったりする。
どれだけ頑張ったって、自分は中の下という意識が離れないのだ。
やっぱり自分は、これ以上でもこれ以下でもないのだ、だから……
「俺は……このままかな」
「このままですか?」
綾香は小首を傾げながら答える。
「まぁ、やることもないし、やりたいこともないからな」
これが今の自分が導きだした結論だった。
「……雄一さんなら、いろんな事ができると思うんですが?」
綾香は小首をかしげながら答える。
「雄一さんってすごく努力家じゃないですか? だから、自分のやりたいことが見つかったときは開花しそうですよ」
「努力家? それってどこからそう思ったんだよ」
たしかに取り組んだことはあるが、結果それだけだ。取り組みだけでは、成果は出なかった。
「昨日雄一さんが帰ってから、ずっと妹さんとやり取りしてたんですよ。そのときに、色々聞きました」
「あいつ……」
それを聞くと、昨日妹が余計なことをペラペラとしゃべっていないか不安で仕方がない。
「雄一さん、色々頑張ってたんですね……」
綾香はしんみりとした表情でコーヒーの入っているカップを覗き込む。それはまるで、自分の過去を反芻しているようにも見えた。それが過去のこととも思えるし、今起こっている事に対してのようにも感じられた。
綾香は一口コーヒーを啜る。
「長く物事を続けるには、それを楽しまなければやっていけません。楽しくないのに、やるのは苦行以外なんでもありませんからね」
「確かにな……」
「そこに止めれるという状況が生まれたら、やっぱり逃げてしまうと思います」
「……」
「勉強とかは逃げることのできないもののイメージですが、自分で始めるものは逃げれるものが多くあります。それでも、嫌だったらやめてしまうと思うんです」
綾香はゆっくりとカップを机において、雄一のほうを一点に見つめる。
少し、ほんの少しだけ沈黙の時間が流れた。
「でも私は、そこで逃げなかったら真の成果に繋がると思うんです」
雄一は、その言葉に何かに気がつかされた気がした。
自分の努力、確かにそれは経験として積み重ねられたもののはずだ。ただ、その積み重ねが足りなかっただけのことなのだ。頑張りが足りなかった、それだけなのだ。
才能がある人はほんの一握りだ。本当の天才はほんの一握りだ。自分はただの凡人。それが、成果をだすには努力するほか何も無いのだ。
綾香がギターが弾けるのは、今までに努力をしてきたからなのだ。綾香のギターが上手のは、今までに努力をしてきたからなのだ。
自分で勝手に頑張ったと諦めていただけなのかも知れない。
「……なんか感慨深いな」
「実際は、嫌だったらやめてしまうんですけどね」
綾香はそういうと、にこやかに笑って見せた。その屈託のない笑顔に、少しだけ励まされる。
「私だって、絵を描くのが好きだったのですが、途中から嫌になってやめてしまいましたし」
「結局何年くらいやっていたんだ?」
「四年でしょうか? 本格的に始める前に、色々触っていたので定かではないですが……」
やはり年月が違いすぎていた。
「今では趣味の領域ですけどね。ですが、最近は触れていないです」
「そうなの?」
「はい。なんだかんだで忙しかったりするので……。私は、一枚描くのにすごく時間が掛かってしまうんです。だから、まとまった時間が取れないとやらなくて……」
「そうなんだ」
「それに、日をまたいでしまったりすると、その絵に対する新鮮さというか、アイデアが抜けてしまって、どうにも続けられなくて。だから、一日や二日くらいまとまった時間を取るんです」
綾香の表情が徐々に明るくなっていくのが分かる。
やっぱり、綾香は嫌といいつつも絵を描くのが好きなのが伝わって来る。
趣味の領域とした瞬間に、自分の思い通りの時間や製作ができるから心に余裕ができたのが原因なのかも、といろいろ考えが巡る。
「綾香は本当が絵が好きなんじゃないのか?」
「まぁ嫌いとは言っていますが、描かされるのが嫌いなんです」
雄一は、自分の考えが合っていたことに少し驚きつつも、綾香の話に耳を傾けた。
「昨日も話しましたが、私って思ったことをキャンパスに描くんです。だから、描かされるのはアイデアが思い浮かばなくて……どうも苦手なんです」
「きっと、俺が美術が下手なのは、それが理由なのかもな」
雄一は少しだけ得意げな顔で答えてから、うんうんと頷いてみせる。
「どうなんでしょうね」
「それって、どういうことだよ」
雄一と綾香は顔を見合わせて、ふたりとも笑ってしまう。
別におかしいことは無かったが、こんなやり取りができるということに雄一は少しだけ嬉しさを感じてしまったのだった。綾香がどう思っているのかは分からないが、笑ってくれることに嬉しさを感じたのだった。
「楽しいことと言うのは、本当にしていて楽しいです」
「それで、楽しくなかったら、本当にやめてるけどな」
「全くですよね」
雄一はコーヒーを一口含む。
今度は先程とは違う、同じ味だか何かが革新的に違うのを感じていた。その味は、おいしい。
「まぁ、止められるなら止めてしまうのも一手かも知れないですね。逃げ道が用意されているなら、それを活用するのも良いと思います」
「いや……あえて立ち向かうのも良いかもしれない」
雄一の口から前向きな言葉が出てきた。
「何かやりたいことでもあるんですが」
「まぁ……どうなんだろうな」
今、雄一が本当にやりたいこと、そう聞かれたら思い当たるものはひとつしかなかった。
綾香と一緒にいたい。
それが叶わない。それは、逃げ道が用意されてない、やりたくてもやれない。新しい難題だということに気づかされる。
だけど、それは立ち向かう課題なのだと自分で考え付く。
今日一日、それを本当に楽しい時間を過ごすことで、この思いを払拭できるかも知れない。いや、払拭ではない、良い方向へ傾くかもしれない。
惚気な事かもしれないけど、いまこんな感情に浸っているのがとても心地よかった。それだけは感じられた。
「綾香、これから行きたいところとかないか?」
「私は別にありませんが?」
「それじゃあ、行きたいところがあるんだけどいいかな?」
やっぱり、自分でしたいことをするというのは、楽しいことなのかもしれない。




