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ワンコイン・ライブ  作者: 藻塩 綾香
残り1日 思いを伝えるために
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35話 綾香のギター

 電車にガタゴトと揺られ、ここ一週間で何度来たのだろうと思い返す、このデパート。


「それで綾香? ここへ来た目的ってなんだ?」

「秘密です……」


 綾香は、肩に大きなギターのケースを背負っている。きっと、それに関するものなのだろうが、この建物の中にそれ関連のお店があったのだろうか。思い出そうとするが、思い出せない。気にしていないだけなのかも知れない。


 綾香が、少しだけ照れくさそうにするので、こちらも少しだけ照れてしまう。どちらも、恥ずかしがりながらなのか、会話は凄く弾むわけではなかった。


 建物の中に入り、エスカレーターを上がり、右の通路を順々に進んでいく。建物の構造的には、かなり端っこのほうに来た。


「ここです……」


 そう言って、綾香が指差す先には、小さいながら音楽関連といったお店が小さく営まれていた。あまり、大層に見せびらかすようには見えない。


 綾香は慣れた様子で店の中へと入っていく。雄一も綾香の後ろにつくように、店内に入る。


 店内に入ってまず目に入ったのは、壁一面にところ狭しと掛けられた大量のギター。様々な柄があり、圧迫感というか威圧感のようなものを感じてしまう。

 その存在感に、少しだけ気圧されてしまい、どことなく居心地の悪さを覚える。


 綾香はそんなことは無いようで、店内を散策する。


「いらっしゃい。よく来たね」


 そう言ったのは、初老の男性。白いひげを少しだけ生やし、白髪を隠すように茶色のニット帽を被っている。白色の作業着みたいなものを着込んでおり、その上に茶色のエプロンをしていた。


 茶色のエプロンには、木屑がついている。それを見る限り、何かを製作しているのは確かだろう。


「お久しぶりです」

「おぉ、綾香ちゃんか。よく来たね」


 そういうとおじいさんはニコリと笑ってみせる。どこだか優しさのある微笑だった。


「今日はどうしたんだい?」

「この前弾いていたら、弦が切れてしまって。修理してもらいに来ました」

「ほぉ」


 そういうと、綾香は木製のカウンターにギターケースを置くと、中からギターを取り出す。確かに、弦が一本切れており跳ねているのが見える。本体は、逆にまだまだ健在で、綾香が大切に使っていることが読み取ることができた。


「ついに切れたかい。うん、仕方がないね」

「申し訳ありません……」


 綾香が申し訳なさそうに、お辞儀をしながら謝るが、おじさんは笑いながら答える。


「なに、心配することはないよ。弦も所詮消耗品さ。主人がたくさん使ってくれると、自然と別れの時期も早いものさ」


 おじさんはそういうと、ギターをまじまじと眺める。そして、ギター本体、木の感触でも確かめるかのように、優しくなでる。


「このギターも、本当に時代を感じる良いギターだよ」

「ありがとうございます」


 綾香はどこか照れた様子で返答を返す。ギターを褒められたことを、自分が褒められたように喜ぶ綾香を見ていると、本当に嬉しいんだなっていうことが分かる。


「なぁ綾香、このギターって何年くらい使っているんだ?」


 雄一は、ふとした質問をかける。綾香は、少しだけ悩んだしぐさをしてみせた。しかし、すぐに返答は帰ってくる。


「私が実質使っているのは、四年くらいでしょうか? ですが、コレはおじいちゃんのものなので、本当は何年なのかは分かりません」

「でも、結構昔の物だったんだな……」


 始めてみたときから、かなりの年代物だとは思っていたが、おじいさんの世代体ということは、かなりの時間が経っているものなのかもしれない。


「うん、コレは大体四十年くらいのものじゃな」


 店主はコクコクと頷きながら答える。そんなことが、本当に分かってしまうのだろうか? このおじいさんは、只者ではないかもしれない。


「どうして分かるんですか?」


 雄一は問いかけると、おじいさんは何食わぬ顔で答える。


「ここに、完成した日にちと、製作者の名前が彫ってあるんじゃよ」


 店主は、コンコンとギターを叩く。中に彫ってあるという事なのだろうか。指し示す表面には、何も書いていないのは確かだ。


「君には、これの価値が分かるかい?」

「価値ですか?」


 唐突な質問に驚きながらも、雄一は少し悩む。何か参考を得ようと、ギターを睨んでみる。


 確かに年代を感じさせる茶色のボディーは使い込まれているが、逆に高級感さえ感じさせる。それに、表面などもよく見てみると、輝いている。


 店内のギターを見てみると、さすが新品といわんばかりに輝いていた。


「……三万円ほどですか?」


 おじさんは「ほぉ」と小さく呟くと、うんうんと頷く。


「君にはそう見えたのかい?」

「ま、まぁ……」


 おじさんは、イスを座りなおすとギターを再びなでる。そして、自慢げな顔で答えた。


「このギターに三万円じゃ足りないね」

「そうですか……」

「百万円でも足りないよ」

「えっ……」


 その発言につい驚きが隠せず声が出てしまっていた。

 

 まさか、そんなに高価なものだったのだろうか。雄一自身、ギターなど構うこと自体ないとはいえ、そこまで価値を読み間違えてしまったのかと思うと、少しだけ恥ずかしく思えてしまう。


「言い方を間違えてしまったかな。このギターは、金銭的な価値は一切ないんだよ。ただし、誰にも許しがたい大切なものっていう、最高の価値はある」

「……」


 ふと、二人は聞き入ってしまっていた。


「綾香ちゃん。このギター作った人しってるかい?」

「いえ……」


 綾香は首を振りながら返答してみせる。


「これの製作者は、綾香ちゃんのおじいちゃんなんだよ。コレは、おじいちゃんの手作りってことだね」

「そ、そうなんですか!?」


 綾香も驚いた反応を見せる。

 雄一も同じように、驚いてしまった。綾香のおじいちゃんは、ギター作りの職人だったのだろうか?


 店主は少しだけ、店をキョロキョロとすると、また深くイスに腰をかける。


「店も空いているし、少しだけ老人の昔話に付き合ってくれるかい?」


 おじいさんは、こちらを見ながら話しかけてくる。


「雄一さん、大丈夫ですか?」

「別に、時間には余裕あるし、綾香が聞きたいなら全然大丈夫だ」

「ありがとうございます」

 

 そういうと、綾香はカウンター前においてあるイスに腰をかけた。雄一も、同じように、イスに腰掛ける。


「昔、このギターは私達二人で作ったんだよ。といっても、私はあまり手を加えてはいないけどね。本当に、勝又は良い奴だったよ」


 勝又、綾香のおじいちゃんの名前だろうか……。



◆◇◇ ◇◇◆


 突然、勝又が家に上がりこんできて、「ギターの作り方を教えてくれ」って言っていたときは驚いたよ。

 昔から実家が、ギターを手作りで作る家庭に生まれたから、ギター製作のノウハウは教わっていたんだけどね。


 唯一無二の親友だったから、勝又を放っておくことはできなくてね。でも、そんなことを許可できるはずもなく断ったんだよ。


 そのころの自分はギター作りはしていたんだけど、スランプだったりしていてね。勝又と一緒にギターを作るって言われたときは、自分に教えるだけの儀リュの無ければ、精神もないって断ったんだけどね。

 

 でも、勝又は譲らなかった。


 そろそろ働きに出る重要な時期だったから、余計に何をやっているんだって思ったね。


 でも勝又は一ヵ月断り続けたけど、一歩も引かなかったから、諦めがついてしまったよ。


 勝又が自由な男で、好奇心が強いことも分かっていたからね。一度、始めると自分が満足するまでやって、すぐ次に切り替えるくらい、自分に忠実な男だったからね。


 それを知っているから諦めが簡単についてしまったかもしれないね。


 それから、僕のアトリエで作り始めたんだけど、勝又はかなりの不器用でね。最初作ったギターは、ギターなのか疑う作品だったよ。形は、それっぽいけれど、やっぱり肝心の音が鳴らなくてね。それはもう、試行錯誤の繰り返しさ。


 ここが悪いといえば、一ヵ月間くらい費やして作って。また、ダメなところを見つけて、作っての繰り返しさ。


 いつの間にか、作るのための資金が足りなくなってね。二人で、アルバイトしながら、貧乏生活をしながら、必死に一本のギターを作っていたよ。


 ほんと今更思うと、とっても楽しかったよ。久しぶりにギター製作が楽しいって感じられたね。


 よくドキュメンタリーで、作品制作の本質に気づかされたときの楽しさを味わったってよく言うけど、本当にそんな感覚だよ。


 そのギターは、結局二年位費やして作った、試作品十五号さ。


 ほんと勝又には驚かされっぱなしだよ。十本くらい繰り返した辺りから、「作り方を完璧に覚えた」とか言い出し方と思うと、次から自分で作り始めたからね。


 そして、不思議と僕と競い合うように自分のギターを作っていたよ。


 僕も負けじとギターを作るんだけど、勝又には完敗だったよ。


 それは、ギターの音とか品質もそうだけど、もっと違うもの。ギターの中の思いみたいなものもあるのかな。いろんなものを含めて完敗だったよ。


 それでも、勝又と一緒にギター製作をしているときは楽しかった。そのギターは、僕達の思い出の作品でもあるのさ。


 それで、ギター作り終わったから、勝又はギターを使い始めたんだけど、全く引けなくてね。それはもう、不器用のレベルを通り越して、とんでもなく下手糞だったよ。


 まともな曲が引けようになるまで、一年は経っていたよ。それでも、自分のギターを大切そうに使っていたよ。


 なんだかんだで、死ぬまで使い倒したかな。それが、今綾香ちゃんが使っているわけだよ。


 勝又は、そのギターを本当に大切に使っていた。何度も、僕の元に持ってきては、修理してくれって頼んでいたよ。


 それに、死ぬ最後に会った時に、勝又は言っていたよ。


「このギターを綾香に託そうと思う」

「どうしたんだ急に改まって?」


「俺はもうそろそろ長くないからな。それに、綾香がギターやりたいっていうんだ。精一杯教えるつもりだが、もし綾香とギターに何かあったら頼むな」


 ほんと頑固者って言うのか、強情っていうんか、やっぱり押し切られてしまったよ。


 そのギターには、勝又の思いがいっぱい詰まっているんだよ。それが、今は綾香ちゃんに引き継がれている。


 ギターを作った、勝又も喜んでいることだろうね。

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