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ワンコイン・ライブ  作者: 藻塩 綾香
残り2日 お手伝いとその後
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34話 夕食をともに

 雄一はすることもなく、ただ何もすることがなくテレビを見ていた。


 ドアなんて無い向こう側の部屋では、綾香がキッチンに立ち料理を作っている。先程まではトントンと何かを切っている音が聞こえていたが、今はグツグツと何かを煮込む音が聞こえていた。


 どんなものができるのかに、ついワクワクしてしまう。


 結衣はアイツはなかなか調理ができない子だ。家で料理をしないのが一番の要因だろうが、卵焼きができないのだ。


 綺麗に巻こうと思っても、崩れてしまったりしてしまう。味は、なんとか食べられるレベルだ。塩と砂糖を間違えることは、一度あったがそれきりだ。


 綾香はここまで、酷くは無いと思う。


 ピンクを基調として、ところどころに猫の刺繍が施してあり、簡易ながらフリルもつくという、いかにも女子らしいエプロンをつけている綾香も見栄えがいいものがある。


 それに、ポニーテールにエプロンというのがベストマッチな気がする。主婦のような雰囲気がどことなく漂い、結衣の慌しい様子とは裏腹に、どこか安心感が持てる。


「何だろうなぁ~」


 小さく呟いてみる。


 先程、綾香に「何を作っているんだ?」と聞いてみたが、「内緒です」と言われそれ以来なにも口を出せない状況が続いている。

 こっそり見ても良いのだが、それもそれで自分がやましいことをしている気がしてやりづらい。


 綾香に限って失敗というのはない気がするのだが、やっぱり不安といえば不安だったりする。


 綾香は一人暮らしだし、自炊くらい自分でやっているとは思う。この前でも、食材がどうたらと料理関連の話しをしていた。だから、コンビニ弁当が過半数を超えるとかという事態にはなってはいないと思っている。


「雄一さん、できましたよ」


 そういうと綾香は、小さな机の上鍋敷きを置くと、鍋をドンッと置く。


「普段は一人前なんですけど……」


 開かれたふたの中には、カレーが入っていた。ホクホクと白い湯気が立ち込めており、中にはニンジンやジャガイモなどの野菜を基準に一杯入っており、具沢山カレーでとてもおいしそうだ。


 そして、付け合せのサラダが机に二つ並べられた。


 綾香は炊飯器から皿にご飯を盛ると、カレーを盛る。ホクホクのご飯に、トロリとかかるカレーがなんとも食欲をそそる。見慣れてはいるが、家で作るカレーとはどこか違うように感じる。


 綾香もようやく落ち着けるようになり、机を挟んで雄一を向き合う形で座る。


「どうぞ召しあがれ」


 雄一はスプーンを取ると、ご飯にカレーを混ぜ大きな口で頬張る。口の中で野菜の味がしっかり活きており、ルーの味だけではなくそこに深みが増している。


 もう一度、スプーンでカレーを掬う。今度は、具をメインに食べてみる。


 ニンジンやジャガイモは噛みごたえを残りており、玉ねぎはトロトロそれとは逆にトロトロに煮込まれていた。肉は鳥のモモ肉を使ってあり、食べごたえを与えてくれる。


「どうですか? 不味くはないですか?」


 綾香は不安げに聞いてくるが、不味いなんて感想は一切出てこない。


「いや、すごい美味しい!! 家とは大違いだよ!!」


 家で作るカレーはジャガイモはよく煮崩れしてしまうし、水の分量を間違えたのかとろみが出なかったりと、綾香のカレーのようにうまくはできない。ルーを混ぜるだけのカレーでも、こうも上手にできない。


「そうですか良かった……」


 そういうと綾香は安心したように胸をなでおろす。


「普段はお金があまりないので肉は入れないのですが、今日は奮発して鶏肉を入れてみました。牛や豚に比べると格段に落ちますが……」

「そんな事してくれたのか?」


「はい……。迷惑じゃなかったでしょうか?」

「いや、すごく嬉しい!!」

「なら良かった。雄一さんは特別なお客さんですからね。こんなところで節約は勿体無いですから」


 そういうと綾香はニコッと笑って見せた。


 綾香もスプーンを持つと、カレーを食べ始める。それから、二人は小言を交わすことはあっても、カレーをスプーンで掬っては口に運ぶという動作をやめなかった。


 綾香も雄一がカレーを美味しそうに食べる様子を見て、とても嬉しそうに小さく微笑んでいた。雄一はそれに気づくことは無かった。


 食を進めるうち、たっぷりとカレーが入っていた鍋は空となり、さらにもカレーの姿はすっかりなくなっており、間食していた。

 食器を流しまで持っていくと、綾香はお茶を注いでくれた。


「ごめんな、なんか色々してもらって」

「いえ、来客をもてなすのは常識ですから」


 何気ない顔で言ってくれるが、ほんと色々としてもらって申し訳ない気がしてくる。

 だが、この時間がどこか未来を創造させたのは、きっと気のせいかもしれない。意識していないだけで、本当はもっと鮮明に考えていたかもしれない。


 ふとした意識というのは、どこか怖いものがあるものだ。


「綾香ってほんと、色々できるよな。羨ましいよ」

「またですか……」

「いや、本当に心からそう思う」


「でもきっと違うと思いますよ。私だからできるんじゃなくて、ただ経験したことがあるからできるんです。雄一さんだって、いろいろ経験したらできるようになりますよ」


「そんなものなのか?」

「そんなもんですよ」


 綾香は本当は活発な子なのだろうか。確かに、好奇心旺盛ということはあるだろうが、活発とは少し違う気がする。


「私は昔から友達つくりがなかなか苦手でして……」

「なんだか分かるな。特にクラス替えとか、初対面が辛かった」


「同じです。それで友達が少なかったので、友達と遊ぶってことをしなかったので、いろんな事をしましたね」

「例えばどんなことをしたんだ?」


「ピアノとかも習いましたし、絵もそうですし、ギターもそのひとつです。ほかにも茶道とか華道、書道にも手を出しました。長続きはしませんでしたが……」

「本当に色々やっているな」


 そういうと綾香はふふっと小さく笑った。


「実際には、教室に通っていたのは少しだけで、家にあるもので代用してました。華道なんて、タンポポをさしていましたし」

「それって何歳の話しなんだ?」


「タンポポの時期は六歳ごろです。ちゃんとやっていたのは十歳頃です。花屋で花を買って、剣山もかって、やっていましたね」

「本格的だな」


「それでも、今は実家の押入れに今は収納されていますけどね」


 雄一もなんだか分かるような気がした。


 友達はいたほうだが、色々なものに目がいき憧れを抱くことがよくあった。しかし、親は家を留守にすることが多く、自分の時間というものは確保されていたが、自由に行動ができるわけではなかったため、実際に行動に移すことは無かったが。


「俺も、中学のころロックみたいな音楽にハマった頃があったな」

「そうなんですね」

「それで、ギターが難しいって知ったから、ドラムをやろうとしたけど、吹奏楽部の奴に難しさ聞いて止めたな。すごい止められたのを覚えてる」


「打楽器って簡単って思っても、難しいらしいですからね」

「やったことがないからわからないんだけどな」


 雄一も自然と笑っているのに気がついた。だが、自分ではそれに気づいていない。ただ、この時間が楽しいということだけは認識していた。


「私もギターだけは、唯一長続きしていますね。すごい難しかったですが、分かってからは本当に楽しかったですよ」


 綾香はギターを持っているかのジェスチャーをする。


「ギターって簡単に言うと、利き腕反対の手で弦を押さえて、もう片方の手で弦を引くんですね」


 綾香は左手で弦を抑え、右手で弦を引く動作をする。やっぱり、手馴れているからか様になっていた。


「たったそれだけの楽器なんです。でも、深く掘り下げると、チューナーという作業があったり、コードというものがあったり。専門用語がたくさんなんですね」


 どこかで聞いた言葉であり、意味もどことなく理解はしているが、それが実際にはどのように作用し、どのように行われるのかは知らない。


「ギターって本当は難しいんです。弦の押さえ方なんて、左手で箸を持つ感覚でしたし、それをすぐに切り替えることとかとっても難しかったです」

「なんだか、すごい分かる気がする……」


「だから、時間は掛かりますけど頑張れば習得できます。雄一さんもそうではないでしょうか?」

「?」


「雄一さんは、まだ出会ってないだけであって、出会っていてもそれに費やす時間が短かったりしているだけで、本当は色々とできると思うんです」

「そんなものか?」

「そんなものです。こんな私でもギターができますから、雄一さんなんて何でもできますよ」


 そういうと、綾香はもう一言付け足す。


「私は、ただの器用貧乏なだけですから」


 どこか物悲しそうに話す綾香。

 

 この表情だ――――


 雄一はその表情が目に焼きつくかの感覚に襲われた。

 どうして雄一や、結衣たちが綾香が寂しそう、悲しそうと感じる原因が分かった気がする。


 引っかかっていたものが取れた。綾香の時折見せるこの表情に引っかかっていたのだ。

 いつも、優しげに微笑む綾香。大笑いはしないけれど、見ているとこちらも微笑んでしまうそんな優しげな笑顔。


 それと裏返しに見せる、この表情がとても寂しげだったのだ。

 そして、雄一は思う。


 綾香を笑顔にするんだ――――


「綾香……」

「なんですか?」


 綾香は小首を掲げながら答える。


「明日は最後の日じゃないか」

「そうですね。明後日にはそうなってしまいますね」


 自分で決意は決まっている。綾香を笑わせるような、最高の一日にしなくてはいけない。それじゃあ、自分は何ができるのか。

 

 自分にできる範囲、手が伸びる範囲でできること。


 それでいて、綾香が笑ってくれること。 


「明日さ、いっぱいわがまま言ってくれないか?」

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