31話 ココロの中では
ガチャンと重たい扉が閉まる。中に入ると、いつもの自分の部屋の風景が広がる。白色の壁にフローリングの床の1Kの部屋。白色や淡いピンク色などを薄めな色を基調とした部屋。
ベッドがあり、勉強用のデスクが置いてあり、来客用の小さなイスに机。いたって、シンプルなどこにでもありそうなインテリア。特にこだわりが無かったので、それっぽいものを揃えただけの部屋。
そんな光景を見ていると、心がどこか落ち着く。
でも、胸に手を当てると確かにドクンドクンと強く脈打っている。
頭の中に巡るのは、雄一といたあの瞬間。
「私……」
今更込み上げてくる恥ずかしさのあまり、地面に座り込んでしまう。
ひんやりと冷たい手とは裏腹に、温かく感じてしまうほど火照った顔。息遣いも、どこか速くなっている気がする。
「どうしてあんなこと言ったんだろう」
自分に聞いても分からない。だた、虚空に自分の吐いた言葉がむなしく消えていくだけだった。
だけど、今日一日は楽しかった。雄一の意外な面も見られた。結衣さんや、妹とも仲良くなれた、そんな気がしている。
別に大層なことはした覚えはない。だけど、胸に残るこの温かみはどう説明がつくだろうか。
一緒にゲームして、映画を見て、ワイワイおしゃべりをしただけだ。日常の断片としても何も変哲も無い、ただのワンシーン。だけど、すごく楽しかった。やっぱりこれは否定できない。
だから、きっと私は雄一に求めてしまったのだろう。
自分という存在の認識を――――――
◇◇◆ ◆◇◇
「綾香さん、いい人だったね」
「だろうな……」
俺は、スプーンにすくったオムライスを口に含む。今日は妹作とはいえ、文句の無い出来だ。自分と比較しても遅れを取らないくらいは美味しい。なんとも家庭的な味がする。
「でも、私綾香さんみたいな人はちょっと心配だな」
オムライスをすくう手が止まる。
「どうしてですか? 綾香さんはとてもいい方だと思うのですが?」
妹も何か不思議に思う点があるのだろうか。結衣に同情半分というような質問を返す。
「う~ん、すごく大変な思いをしてるんだろうなって思ったから」
「根拠は?」
「根拠って言われると困っちゃうけど。私の経験則みたいなので伝わってくるんだ。なんだか苦労人ともちょっと違うけど、そんな感じのが」
ふと気づくと、俺はスプーンを置いていた。
やっぱり、二人も綾香について色々感じる点はあるのだろう。俺も正直、綾香は苦労しているといったら分かるのだが、それとも違う何かを感じるような気もする。
「いい人なのは確かだよ。優しいし、カワイイし、勉強できそうだし。女子力の三大要素を兼ね備えている感じ」
「女子力ってそんなので決まるのな」
「例えの話しだし!!」
結衣も綾香については、やっぱり気にかけてくれていたのだろうか。
「なんだか綾香さんて、脆くて綺麗なガラス細工みたいな感じがして」
「珍しくむずかしい表現したな」
「ほんと、結衣さんがそんなことを言うのは何世紀ぶりでしょう」
「もう沙耶ちゃんまで!!」
だが、そういわれるとそんな抽象的な表現もふさわしい。綾香の後ろに隠される、どこか弱弱しい印象。それを覆い隠すような、いつもの綾香の表情。言われれば、どこか納得してしまうような節があるのは確かだ。
だが、それが本当かといえば、嘘とも捉えることができる。
綾香のことをちゃんと知っているわけではない。まだ、綾香に対して知らないことは山ほどあるのだ。こんなものは、氷山の一角に過ぎないかも知れない。
悪く捉えるか、良く捉えるかによって、やっぱり見方というのは変わっていくのかも知れないが。
「結衣は、綾香のことが心配だとは思うか?」
「う~ん」
あごに手を当てながら、悩むようなしぐさを見せる。
「心配と言われると……心配かな」
「どうして?」
ふぅっと短く息を吐く。
「やっぱり綾香さんは、寂しい心もあるけど、それを見せないっていう心があると思うんだ。中学の石田みたいな感じ」
「……石田が分からないからなんともいえない」
「まぁ、雄一がちゃんと支えてあげないとって思うよ。私はね」
俺が支えるか……。
そう考えると、綾香はしっかり者って思える。俺が支えるという構図が思い浮かばないのも、確かではある。
残り二日を、どう過ごすか。それを、綾香のために少しだけ真剣に考えなくてはいけないのかも知れない……。




