30話 一歩踏み出した会話
「はぁ~。寒いですね」
「すこし薄着だからじゃないのか?」
「昼間が温かかったので、これくらいで大丈夫かなと……」
「まぁ、今日は温かかったな」
太陽が沈みかけており、夕日と名前を変えて最後に俺たちを照らしていた。肌寒く感じる秋風が吹く。
「やっぱり、もう一枚温かいのを着てくるべきでした」
「まぁ、次は温かい格好で来いよ」
「次……ですか?」
やっと気がついた。自分の発言に、顔が赤くなりかける。恥ずかしさがある自分の言動を、どう撤回しようかと悩んでしまうほどだった。
雄一は、綾香から視線を逸らす。
家が並ぶ住宅街で、二人並びながら一歩一歩と歩いていく。二人とも何を話して良いのやらと困ったままで、重たい空気が漂う。
家であの後、散々結衣に振り回されたあと、綾香の帰宅する時間が来てしまったので、今送っているところだ。
結衣はどうしているかというと、家で妹と留守番している。結衣はあのまま、家で晩飯を食っていくそうだ。はた迷惑といえば、迷惑だが、もう慣れてしまったためか諦めがつくようになった。
「今日は……楽しかったです。ありがとうございました」
「いや、こっちも楽しかったから、お互い様っていうのか。まぁ、ありがとう」
「そういえば、結衣さんと雄一さんってどういう関係なんですか?」
雄一のなかで良く聞かれる質問だった。なんだかんだで、やっぱり雄一と結衣の関係というのは、視界に良くも悪くも映ってしまうものなのだろうか。
「まぁ、友達以上、幼馴染以下ってところかな。正直、あまり意識したことないから、実際はどうなんだろうな」
「そうなんですか……」
「まぁ、昔は普通に家にあがって晩飯を食ってったくらいだからな。お正月とかも、一緒に紅白とか見てたし……」
「立派な幼馴染な気もしますが……」
「いや、そこまでじゃないって思うけどな」
「はっきりしませんね。こういうものって。友達とかも、どこからどこまでのことを指すのでしょうか?」
綾香は地面を見ながら、何気なく言う。喉に魚の小骨が刺さってしまったような、なにかが引っかかっている感覚がする。
「俺は、そいつとどこかに遊びに行ったりしたら、友達って感じに判別してるかな」
「そうなんですか?」
「学校でよく話す奴とかもいるが、実際はどうなんだろうって思ったりするし」
「参考になります」
他愛の無い会話が淡々と続く。
風が吹くたびに綾香は小さく身震いをしていた。街頭がチカチカッとしたかと思うと、地面を程よく照らす。
「結衣に聞いても無駄そうな質問だな」
「どうしてですか?」
「なんか、アイツなら『一度話せばみんな友達』みたいなこと言ってそうじゃないか。実際に、小学校の頃とかに『学校のみんなお友達』って言ってたくらいだしな」
「それはそれで、凄いですね」
「まったくだよな。結衣にも色々と尊敬するところがあるな」
小学校の頃でも実際にクラスの奴とも当然仲良くしていたし、下級生とも色々関係があったようだ。
中学に上がっても、後輩や先輩からも色々としてもらっていたようだし、先生とも仲がよく、色々待遇があったらしい。雄一は、あまり待遇はされなかったが。
他にも、色々と気がつく優しさもある。
誰かがケンカしたとき、ふと察して色々裏で手を回したりしていたそうだ。結衣の口からは愚痴として漏れていたが。
「アイツはいい奴だよ」
迷いなく答える事ができる。結衣は誰に対してもいい奴である。ほんと、いい奴以外に形容したがいほどに。
綾香がふと、口を開いた。
「私には……」
ぼそりと呟いた言葉に意識が向く。
「私には、長所はあるでしょうか……」
突然のことに、言葉が詰まってしまった。突然どうしたのだろうと、自分が不思議に思うのも納得してしまうほどだった。
いつも、どこか奥手な綾香が今日は、いつもより一歩踏み出したような、そんな感じ。
「綾香の長所か……」
極力平然を振る舞いつつ、考える。
頭には思ったよりも、いっぱい候補が上がってくる。自分が今冷静に考えれていることにも、驚きそうなものだが。
「綾香は、結衣以上に優しいところかな」
「例えば?」
「今日だって、色々妹にしてくれたじゃないか」
妹が連敗に連敗を重ね、怒ってしまった時にジュースをこぼした事があった。そのときに、一番に行動したのが綾香だった。
最後に映画を見ていたときに、妹が寝てしまったときにさりげなく音量を下げてくれていた。
「気にしなかったら気にならないような些細なことでも、してるのを見てたし」
「そうなんですか」
「結衣は家庭的な優しさだけど、綾香は他人に対しての親切って感じかな」
「雄一さん?」
「なんて言えば良いか分からないけど、結衣の気づかないところも気づいてくれるから助かってる。実際、妹がそうだったし」
「妹さんには、失礼じゃなかったでしょうか?」
「大丈夫だろ? アイツも結衣もそこそこに抜けてるところがあるし」
妹だって、普通に平日を土日だと思って起きてきて、学校遅刻とか頻度も少なくない。
結衣も気づかないだけで、弁当忘れてきて購買通いする日もある。
「それに綾香は……」
かわいいし。
そんなことが言えるわけがなく、口がすぼむ。振り返れば、ここまで綾香と親しく話したことも、なかった気がする。それだけに、言動が緩くなっていた。
「なんですか?」
「いや、なんでもない」
「雄一さん……答えてくださいよ」
綾香がどことない上目つかいで答える。ドキリと胸が跳ねるが、頑張って平然を装う。
焦った姿はなしだ。
「か……」
「か?」
やっぱり言えるわけが無い。
急に緊張して、ポケットに入れている手がいつの間にか握りこぶしを作っていた。心臓の鼓動が徐々に早まり、踏み出す足も不思議と重い。
「もったいぶらないで教えてくださいよ」
綾香が急かす。きっと悪気は無いのだろう。分かっているだけに、自分の話そうとする言葉が、言った瞬間に凄く恥ずかしい、という未来が見える。
「か、かわいい……から」
「……」
自分の鼓動が最高潮に達するのが分かる。言ってしまったというその現実が、取り消したい過去へと変わっていく。
撤回したい。すぐにも「やっぱり嘘」なんて言ってでも、撤回したい。
「私も、雄一さんがカッコいいと思います」
「えっ……?」
そういった綾香は、急に駆け出す。いつの間にか、駅に着いていたようだった。見慣れた光景に、現実へと無理やり引き込まれるような感覚に陥る。
長い黒髪を揺らしながらかけていく。
電光板に文字が淡々と流れ、もうすぐ電車が到着するからか人がなだれ込んでくる。
綾香の隣まで歩いていくと、綾香は財布を強く握り締めていた。
「今日は、とっても楽しかったです。本当にありがとうございます」
「俺も楽しかったから。結衣にも礼を言わなきゃな」
「ほんとうです。それに妹さんにも、ありがとうをお伝えください」
「あぁ」
そういうと、綾香は階段を上っていく。ふと、綾香の背中が弱弱しく感じられ、どこか動物園でみたあの不安そうな綾香が頭をよぎる。
「それじゃあ、また明日お会いしましょう」
「また明日」
そういうと、綾香は視界から消えていった。
どこか、不安な要素を残したまま。
◇◇◆ ◆◇◇
ガチャというドアの音を鳴らしながら、雄一は家に帰宅した。
頭に残っているのは、あの綾香の弱弱しい背中。そして、道中に聞かれた綾香の長所。
色々な要素が心残りになってしまっていた。今日一日自体はとても楽しかった。だが、綾香が残していくどこか悲しげな表情が、雄一の心に引っかかっていた。
「あっ、おかえり雄一。綾香さんちゃんと送ってあげた?」
「問題なくな」
「お兄ちゃん変なことしてないよね」
「まさか……嘘でしょ雄一!!」
「変なことは考えなくて良いから。あと妹はデコピンくらわすからな」
「なにそれ理不尽な!!」
「確信犯にしゃべる権利ねぇ」
そういいながら、俺は靴を脱ぎリビングへと向かう。
やはり、気にしすぎなのだろうか……




