29話 最終ラップには……
横断幕を抜けた瞬間に、横でジュゲムが『3/3』とこのラップが最後であると知らせる。
この一周が終わった瞬間全てが終わるのだ。そう思えば思うほどに、手に力が入り当然ながらリモコンを握る力も強くなっていく。
軋む音さえ本当に聞こえそうなほど、誰もが画面を睨み、順位を上げるために必死にカートを操縦していた。負けたくない、その一身でトップスピードを維持しながら、障害物に当たって減速しないよう、自分の持てるテクニックを発揮していた。
目の前にアイテムボックスが迫ってくる。カートでボックスを思いっきり突き破ると、キラキラとボックスは弾け飛ぶ。そして、画面の左上にランダムでアイテムが選択される。
それをチラリと見て確認すると、すぐにレースへと戻る。
ミニターボがかけられるだけのカーブが差し掛かる。この小さな期でさえ逃すことなく活用する。
カートからもう見慣れてしまった、青色の火花がタイヤと地面の接触部分からあふれ出すかのように噴出す。そして、火花が金色へと色を変え、コースが直線になると同時にボタンを離し、加速する。
加速したまま、右に曲がり薄暗い洞窟の中へと果敢に突入する。カートのライトが点灯し、自分の走る道を明るく照らす。
「負けられない……」
隣でプレイしている綾香から声が漏れた。誰もが今、同じ事を思っているのだとつくづく感じた。
目の前には、大きなギアが転がっており、自分達を引き倒そうとしているのが見て取れた。トラップにしては大掛かりで、引っかかりたく無いが、緊張のせいか手元がブレてなど、嫌なことが頭をよぎる。
不安になった俺は、安全な道を選ぶため青いラインを超え反重力モードになると、壁を走行する。壁側には四箇所の加速するラインが引かれている。地面を走っている綾香にも遅れは取らないはずだ。
転がり続けるギアを横目に、加速のラインを4つ全て超えてみせる。それぞれに風のエフェクトをまとい、壁を全力疾走しているのだという感覚が分かる。
4つ目を抜けた瞬間に、そこは小さな池のある分岐地点が目の前にあった。綾香は迷うことなく右側を選択する。
だが、ここには小さな仕掛けがある。綾香は気づかなかったみたいだが、最終ラップになるとここは直進できるようになる。
二枚のガタガタの板を走り抜けると、すぐそこには加速付きのジャンプ台が設置されている。迷うことなくジャンプ台に突っ込み、そしてグライダーを開きながら飛躍。
水面を飛ぶカモメを一瞬連想させる。そして、目の前にいるのはドッスンだが、地面に降りた直後で振ってくる気配が無い。そのまま、ドッスンの下を通り抜けると水に漬かった階段に降りる。が、すぐに水から出て、ドッスンの口の中、洞窟へと再び入る。
その瞬間に、ぬれた画面がいかにもという演出をさせてくれる。
さらに、あの直線のおかげか綾香と横並びまで追いついた、ここからが問題にはなってくる。どうやって離すかになってくる。このコースでの手の内は全て晒してしまっている。もう、ショートカットの類は存在しない。
手持ちのカードは全て使い果たしてしまったのだ。じゃあ、どうする。残るのは自分のテクニックだけだろう。
洞窟に入った瞬間のジャンプ台。ミスをすることなく華麗にジャンプを決めてみせる。キラリンという効果音と、光を纏うようなエフェクトを点ける。さらにジャンプの効果はここからで、何度も見た風を切るようなエフェクト。加速する。
直線を突っ走った先にはカーブ。このカーブはミニターボのかけ時だ。俺がミニターボをかけると、ほぼ同時に綾香もミニターボをかける。二台のカートが青い火花を散らしながら、ドリフトを決める。そして、二台ともほぼ同時に火花が金色に変化し、そして加速する。
洞窟を抜けた先は、カーブの多い空中回廊。落ちたら負けは確定と思って良いほど、ミスは許されない箇所ではあるが、二台はギリギリを狙っていく。
カーブに設置されたアイテムと、自分の持っているバナナをすり替えつつ、新たなアイテムをゲットするが、またもやバナナだった。こうらはもう期待しないほうが良いだろう。
目の前に迫るドッスンも潜り抜け、ショートカットも抜ける。この時点で両車両とも、ほぼ横並びの状態。
そして、目の前に迫る本当の最後のジャンプ台。青いラインに向かって全力疾走で突っ込む。
頼む。頼む。
祈りさえも心の中で唱えるほどに、緊迫している。
勝ちたい。負けたくない。
心にそう暗示させるように、唱える。
カートが青いラインを踏み切ると同時に、二台は大きく飛躍。それぞれのグライダーを開きながら、地面に向かって降りていく。
フワリと言った緩いものではなく、ゴールである横断幕の下へ向かって直進していくような、隕石をおも思わせる落下。地に足をつけたく、一歩でも先に着きたい。それだけが募る。
二台のカートが地面に着き、ゴールをくぐるのは目視ではほぼ同じに見えてしまうほどだった。
最後に、画面中央に映し出される『FINISH!』の金色の文字が映し出される。
ふと、自分の心臓がいつもより少し速い鼓動を打っているのに気づいた。
「どっちでしょうね?」
「さぁ、分からないよな……。ホントどっちなんだろう?」
俺は首をかしげながら答える。
実質どっちがというのは、見分けがつかない。もう少しはっきりしていればとも思う。
「あ~もう!!」
怒りながらゴールしたのは結衣だった。
「二人の爆走はありえないって!! もう!!」
「怒られてもな……」
正直とばっちりな気もしなくは無い。勝敗は着いてしまったわけなのだから、いまさらどうこう言ったって仕方が無い。
「ホントにすいません。兄が無礼なマネをしたようで。後で散々言っておきますので」
「お前は母親代理かなにかかよ」
「お兄ちゃん、結衣さんが泣く前に謝って!!」
「いや、冤罪だろコレは」
「雄一さん、結果が出ましたよ」
そう言われて、画面を見る。ここに全てが載っているのだ。
「えっ……」
俺はふと驚いてしまい、声が漏れてしまう。結果は自分の予想を裏切った二位だった。
結局追いつくことはできなかったのだ。
「あっ、やった」
綾香はさりげなく喜ぶ。口角が上がって、手を胸の前であわせ、こちらから見ると大げさな表現ではないが、嬉しそうというのが見て取れた。
「綾香さんありがとう~」
「ほんと、綾香さんには感謝します」
「えっ、ちょっと」
結衣と妹にせめよられてあたふたしてしまう綾香。
不思議と綾香の喜んでいる姿を見ていると、負けたのは悔しいが、これでも良かったのではと思える。
綾香が楽しんでくれたということは、何よりではないのか。
「雄一、綾香さんに負けた感想は?」
「正直悔しいけど……。結衣には圧勝できたから良いかなって」
「はぁ? ちょっと雄一!!」
「まぁまぁ結衣さん落ち着いて」
「そうですよ結衣さん。そんなんじゃ、いつまで経ってもお兄ちゃんには勝てませんよ」
「お前はどっちの味方なんだよ?」
「中立主義者に、どっちもこっちもないんだよ」
何だそりゃと妹に思いつつ、こういう奴だ仕方が無いと、いつものように諦める。
「舐めないでよね!! バックで競争したら一位は確実なんだから?」
「雄一さん、そういう機能ってあるんですか?」
「いや、初めて聞いた」
「ローカルルールなの!!」
「ローカルだったら、ここら辺の人はみんな知ってるだろ? 俺が知らないってことはローカルルールじゃないんだよ」
「良いからバックでやるの!!」
そういうと、結衣は勝手に操作をはじめ、また一から始めるように設定する。
「ほら、雄一も綾香さんもリモコン持って」
そう言ってそれぞれまたリモコンを持たされるが、本当にバックでやるのだろうか……。
「さぁ、第二ラウンドの開始だよ!!」




