20話 コーヒーの味と突然に
雨が先程からパラパラと降り出していた。傘をさして、重たい空を見る。
灰色を越えて黒に一層近くなっていく雲は、今の何かに悩む複雑な心情を表しているようにも思えた。
大掃除が終わったあと、「お疲れ様」と言って笑った雅人の顔が少しだけ、心に引っ掛かっていた。
何か裏があるような、背中を舐められるような不愉快な感覚、そんな違和感が残っている。だが、その親切心に心が揺れているのも、事実だった。
「はぁ……」
重たい溜息を吐くものの、雨が降る重たい空気に消えていくばかりだ。
「……気分転換でも」
そう、独り言を呟くといつもの場所へと少しだけ重たい足を進めるのだった。
◇◇◆ ◆◇◇
大きなネオンで飾られており、その出入り口では多くの人が行き交っていた。
何か鬱憤が溜まると良く来てしまうこの場所。
ストレス発散もでき、何より一人出来ても楽しめる。そんな感覚が、自分は好きだった。
ゲームセンター。
入り口まで来ると、ドアが気だるそうに開く。少し年代を感じさせる自動ドアだが、人が入ってくるたびに開閉をさせられるのだ、自動であろうと疲れるのも分かる。
そんな心情を共有しつつ、店内へと入っていく。
入った瞬間に聞こえてくる音と音が喧騒するかのような音。
メダルが跳ねてチャリンと鳴らす音からジャラジャラと流れる音。音ゲーから聞こえる曲。アーケードゲームから聞こえてくるBGMの音。そして何より、人が騒ぎにぎやかに声を出すのが一番大きい。
様々な音が重なり合って作り上げられる、独特のにぎやかさがそこにはあった。
一人で居ても悲しくは無い、虚しさも感じない。一人で居たとしても、寂しさや孤独感をかき消してくれるようなそんな感覚。
誰かと居なくたって大丈夫。一人でも大丈夫。そんな自信に満たされる。
綾香は何となく店内を見渡し、手始めに何となくグルリと店内を徘徊する。
通路の左側から進んでいく。通路にはUFOキャッチャーがズラリと並んでおり、様々な景品がところせましと並んでいた。何かのキャラクターのフィギュアから、大きなお菓子の袋などの菓子類、小さなストラップなどと様々な景品が並んでいた。
何気無く見ていると、一つの景品に目が留まった。
それはスマホを立てておくためのスタンドだった。
見た目はぬいぐるみのようだったが、ちゃんと立てておくための切れ込見のようなものが入っている。そして、全体的に白色で構成されており、正面には唯一の柄である『(´・ω・`)』という絵文字か書かれていた。
なぜだか、無情に取りたくなっていた。
財布に手を伸ばし、残金を見ると決して多くは無いが残っている。
次のバイトの給料日までの残り日数と、消費などを簡単に計算し残った金額を支出する。
最悪でも使用できる金額は二千円ほどだった。
今日一日で全て使ってしまうのはさすがに気が引けたが、軍資金五百円としてなんとか取れれば大満足だろう。失敗しても千円までは出せる。
「頑張りますか……」
そういうと、制服の袖を少しだけ引く。少し長めの制服から、自分の手首までが露となる。
まずは、景品が取れるUFOキャッチャーの台がどのような仕様になっているかを確認する。
この台は、セガという会社から出ている『UFO CATCHER 8 second』という台だった。
基本アームの強さなどは、景品を撫でる程度だと承知しているのでそんなことは一回一回気にしない。
景品の位置を見てみると、ピンク色のパネルの丁度中央に陣取っており、少しだけ時間とお金が掛かることが予想される。
どうやって景品を取るかを次は模索していく。
景品の形状は丸く、角も無いため引っ掛けたり持ち上げたりは出来ないと考える。そして、自分が一番好きなやり方の引き寄せを使うことにする。
色々な手順を踏んだ後、ようやく財布から百円玉を取り出して、投入。
台からリズミカルなBGMが流れ出して、いよいよ始まるのだという緊張感が心を焦らす。
しかし、焦って無駄にお金をつぎ込んでは店側の思う壺である。
綾香は慎重にボタンを操作していく。
初めに横に移動する動作なので、引き寄せの方法を行う場合はここが重要となる。アームの位置と開く位置を予想しながら、横へと移動させていく。ウィンウィンと唸りながらアームが少しだけ素早く移動する。
そして、狙った位置とは少しずれたものの、大体狙った位置にはアームが移動していた。
ここからアームを奥へと移動させていく。
再びボタンを押し、アームを奥へと移動させていく。ヘタな位置に移動させてしまうと、景品が回るだけの結果となってしまうので、ここも慎重に移動させていく。
やはり、狙った場所とはずれてしまう。
アームが制止すると、ウィンウィンという音を立てながらアームが降下していき、アームの爪スレスレの場所に景品が来る。
「よし……」
小さく心の中で安堵する。
傍から見たら、かなり位置がずれているように見えるがこれが狙いだった。
突然、景品が大きく左へとズルッと移動する。これが、引き寄せという技の本領だ。
挟めない、持ち上げられない、ならずらせば良いじゃないか。そんな発想の窮地がこの技だと思った。この技は、少しずれても結構動くので、UFOキャチャーがあまり上手くない、綾香には丁度しっくり来る技だったのだ。
だが、景品は穴までは確実に遠いが、大きな一歩を踏んだ。
再び百円玉を投入。残り軍資金が三百円となる。
ボタンを操作してアームを横に移動。
「あっ……」
心の中で「ミスった」と呟く。
アームが景品よりも少しだけ左に位置していたのだった。
これでは、ヘタに景品を引っ掛けて転がして変な位置へと移動させてしまう可能性が出てきた。
百円をドブに捨てたと感じた瞬間だった。
しかし、何とか足掻こうとアームを奥へと移動させていく。
失敗した自分をあざ笑うかのようなウィンウィンというアームの駆動音に、少しだけ苛立ちを覚えながらも、しっかりと操作していく。
手を伸ばせば届く距離の景品。しかし、大きなケースというなの壁に阻まれ、絶対に手には出来ない。そんな、UFOキャッチャーのもどかしさを心の抱きながら、慎重にアームを操作していく。
最悪、少しでも転がせれば良い。後ろに戻るなんていう望んでも居ない展開だけは避けておきたい。
自分でそう考えると、自然と手には汗がジワリと滲んでいた。
時間は自分の思考とは裏腹にゆっくりと動かず、少しだけ素早く動いていく。
ここだ。そう思った瞬間にボタンを離す。
だが、自分の想像を裏切るような結果が待っていた。
ボタンを離した瞬間に止まるよ思っていたが、何かのミスだろうか、ボタンを離した瞬間から、一秒にも満たないゆな細かい時間だけ、アームが奥へと進んでいった。
それは、確実に景品を後ろへと転がす結果へと繋がる一歩へと導くような結果だった。
完全に自分のミスだ。やらかした。
そう悔やんでいても、アームはさらに自分を笑うかのようにウィンウィンと音を立てながら景品に向って降りていく。
大きく開かれたアームは自分の思った位置とは全く違う位置で降下していく。
アームが景品の右下辺りを指す。景品はその力に負けてしまい、自分の形を失って形を変えていった。
完全にミスったと感じたその瞬間、景品が自分の想像を超えるような動きをしたのだった。
アームが引き上げられる瞬間、景品の右側が持ち上げられたかと思うと、そのままかなりの高さまで持ち上げられたかと思うと、すぐにごろんと転がった後に二転三転と転がった後、パネルから落ちる。
「……」
少しだけ呆気に取られていた綾香だったが、その結果がようやく頭に入った瞬間に、景品を手に取った。
フワフワしたそのさわり心地に加え、刺繍で作られたかのような顔文字。狙ったもを手にした瞬間の、感動が今綾香の胸を満たしていた。
「ラッキー」
そう呟くと、景品を袋に入れるとカバンにしまった。
心が浮き立つような感覚に満たされながらも、店内を次々と徘徊していくのだった。
◆◇◇ ◇◇◆
一時間ほど時間を潰した頃だった。時計を確認すると六時を指しており、太陽は西へと沈んでおり、夕暮れへと突入していた。
少し家に帰る気分ではなく、まだ時間を潰していたかった。
喫茶店にでも寄っていこうかという案が頭の中で思い浮かぶと、近くの喫茶店まで歩いていくのだった。
ゲームセンターから少しだけ離れた場所にある、綾香一押しの現代風の少し洒落た喫茶店に入っていく。
カランカランという鐘を鳴らしながらドアを開けると、店内に入っていく。
静かな店内に流れる音楽は、ゆっくりのテンポで流れるジャズだった。店員さんが「いらっしゃいませ」という。なんとも喫茶店らしい、そんな空気を味わいながらも、どこか空いている席に座る。
お客も少ないようで店内には、二人ほど客がカウンターにいるだけだった。この店独特の静かな空間が綾香には好きで、先程の騒がしい空気とは別の何かを感じさせてくれた。
メニューを開くと、簡単に目を通す。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
店員さんが綾香に話しかけてくる。少し年配を漂わせる店員さんは、小さな目も片手にこちらを見る。
「アイスコーヒーでお願いします」
「ミルクはご使用になられますか?」
「はい、お願いします」
それだけ言うと店員さんは「かしこまりました」とだけ言うと、すぐさまカウンターに戻っていく。
コーヒーでも何でもだが、苦い食べ物は綾香は余り得意ではない。食べられないわけではないが、やっぱり子供のように苦手なのだ。
カバンから家から持ってきた文庫本を手に取り読む。
静かな店内に響く音はジャズの音楽と自分がめくるページだけだった。そんな静寂の空間が寂しさをやっぱり紛らわしてくれるような感覚を味わえる。
自分は一人でも寂しくないというそんな考えが頭の那賀を過ぎるのだ。
二ページを丁度読み終えたときだった、先程の店員さんがお盆にアイスコーヒーの入ったコップを持ってやってきた。
「お待たせしました。アイスコーヒーでございます」
そういうと、店員さんはコップをテーブルに置くと営業スマイルを浮かべた後、カウンターに戻っていく。
綾香はテーブルの横に小さな箱に入れられているガムシロップを取ると、アイスコーヒーに入れる。
そしてようやく一口だけアイスコーヒーを飲む。
少し苦い味とがするが、後からやってくる優しい甘みが口を満たしていく。このなんともいえない感覚がすきなのだ。
そう思いながら、本を読み進めていく。
ふと、外から声が聞こえてきた。
「このお店、この前見つけてさ結構良い雰囲気でさ」
「へぇ~、そうなんだ」
「それで、ここのコーヒーがとっても美味しくてさ。ファミレスとかインスタントとかとは違ってさ」
突如店のドアが行きよいよく開かれカランカランという音を立てながら、外で会話していたであろう騒がしい女子高生の二人組みが入ってきた。
少し胸の中で抱く小さな苛立ちが産まれていたのを感じていた。
「はぁ~」
溜息が漏れてしまっていた。
先程の二人には聞こえていないだろうが、自分がこんなことを思うなんて意外だなとも感じた。
ふと、パタンと本を閉じるとカバンから先程のゲームセンターで取った景品を並べ始める。
奇跡で取れたスマホのスタンド。そして、なんだかんだ言いながら結局他にもストラップを二つ取ってしまった。こちらも運良く二個同時にアームに引っ掛かり取れたものだ。
猫のストラップと、鹿のストラップで全く共通点がないストラップに少しだけ残念感を覚えていた。
「片方……雄一さんにでもあげようかな……」
そうボソリと呟いたシュンた瞬間、後ろから声を荒げながら先程の女子が大きく反応していた。
「えっ、雄一と知り合いなの?」
そういった彼女は、大きくニッコリと笑うと突然自己紹介をして来た。
「私、結衣。よろしくね!!」




