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ワンコイン・ライブ  作者: 藻塩 綾香
残り4日 綾香の1日
20/43

19話 午後へと

 ひとり、いつもの場所でご飯を食べていた。

 

 自分の教室では目立ちすぎてご飯もちゃんと食べられないし、中庭など人気のスポットで食べても目立つ。そのため、自分しか知らない場所で食べる。


 屋上へと続く道の途中に、美術準備室という部屋がある。いつもそこで、昼食を取っている。

 特別棟の三階という、昼休みにはほとんどの人が近寄ることが無い部屋だ。


 ふと、あたりを見渡すと、石灰で出来た中世ローマに居そうな男性がこちらを見てきたり、長いブラウンな髪が特徴的な女性の絵がこちらを見てきたり、と様々なものから視線飛んでくる。


 しかし、気にしなければどうという事は無い。わざわざ聞こえる声で悪口を言わなければ、こちらに何か物を投げてくるということも無い。急にカバンを取り上げては、グラウンドに投げることも無い。


 とても静かな部屋だ。


「……」


 ただ一人で黙々と昼食を取る姿に、今ではとても慣れてしまっていた。


 高校に上がってからというもの、別段何か特徴があったとは自分で思っていなかった。しかし、ある日を境に自分の高校生活がガラリと変わってしまったのだった。


 普段は少数ながらも話せる友達がおり、何かおかしな行動を取ることはせず、少しだけおとなしめな様子の、少しだけ根暗な女子高校生だった。


 それは突然起こったのだった。

 夏が過ぎようとしていた九月の頃だった。当時学校生活にも慣れて、友達も増えていき普通な生活を送っていた。

 

 そんあ生活のある日、二つ上の先輩に放課後呼び出された。先輩は、少し顔を見たことがあり名前を聞いたことがある程度の認識の人だった。しかし、友達の話でたまに話題に上がるような、よくモテる先輩だった。


 そんな先輩に告白されたのだった。


 夕焼けが綺麗な放課後の屋上という、最高のシチュエーションでの告白だった。


 しかし、その告白を綾香は断った。


 その時は彼氏なんていらなかったし、普通に楽しい毎日が遅れていたから、当時は十分だった。

 だが、その選択で高校生活が破綻へと傾いていった。


 その先輩が好きだったというあの三人組の一人が私に対して陰湿なイジメをしてくるようになった。

 最初は何気無かった。


 肩をぶつけてきたり、凄い睨んできたり、すれ違った際に「馬鹿」と言ってきたりしていた。しかし、徐々に綾香に対してのイジメがエスカレートして行くと同時にイジメに加担する人数も増えていった。


 さらにイジメは酷さを増していった。


 一人からクラスメイトへと規模を広げ、さらに校内へと規模は広がっていった。興味の無い人に対しては、なにもしてこなかったが、盛んに参加する人に対しては耐え難いものがあった。


 それこそ、マンガやドラマにあるような陰湿どころじゃすまない行為が広げられていった。


 教科書が破かれたのは何冊だっただろうか。お金を巻き上げられたのは何回だっただろうか。蹴られ、殴られは何度だっただろうか。


 過去を振り返れば、あの選択が人生全てを壊してしまったのだったと今でも思い出す。


 先輩も最初のほうは「おい、やめろよ」と言っていたが、次第に何も言わずただの一般生徒へと変わって言ったのが目に見えた。あの先輩も、結局は怖かったのだ。


 そんな思考をめぐらせているうちに、弁当箱が空になるのが目に映った。視線を動かして、時計を見ると昼休み終了まで残るところ少しといったところだった。


「……」


 静寂な空間だけがこの部屋を包んでいた。


 ◇◇◆ ◆◇◇


 午後からは空き教室の担当なので、その空き教室で掃除を済ませていた。空き、と言って何も置いてないただの空間と言う訳ではなく、授業で使う道具などが置かれている準備部屋のような教室だ。


 私は手に持つ雑巾で地球儀を無言で拭いていく。


 暇つぶしまでに、地球儀にある国を頭の中で読みながら拭いていく。アジアを制覇した後に、オセアニアを制覇しようとしてゴシゴシと地球儀を拭いていく。


「ねぇ、綾香さん?」


 突如後ろかは話しかけられたのに驚いてしまい、体が小さくビクリと跳ね上がった。


「……なに?」


 視線を向けると、そこに居たのは雅人だった。


「少しここの教室の荷物を整理するから、手伝ってもらいたいんだけど」

「あぁ……」


 教室を見渡すと、確かに荷物が散らかっているといえば散らかっている。小さな紙くずを入れたダンボールや、過去のプリントなどがまとめられた棚など、必要ないものまでが置いてある。


 太陽光が入ってこないせいか、少しだけ埃臭いイメージも持ってしまう。


「いいよ、なにをすれば言い?」

「ゴミ袋があるから、そこにいらない紙くずとか入れて。で、あっちのダンボールは大きい奴」

「……分かった」


 綾香はそれだけ言うと、地球儀と雑巾を置き立ち上がる。

 まず、手短なところからと模索するが、改めて見渡すと結構量がある。棚一つと言っても、何段もある。


 心の中で、苦戦するな、と考えつつも作業に掛かっていく。


 最初に目に付いたテーブルの上に乗っているものから片付けに入る。

 紙類が束になって置いてあり、それが山のように詰んである。一歩間違えれば、なだれでも起きてしまいそうな量だった。


 ひとまず、プリントの束を持つ。


「すいません……、どういう基準で捨てれば良いんですか?」


 雅人に聞いたらすぐさま反応が返ってきた。


「あぁ、プリントだったら紙で判断して。古くなって茶色くなってたりしたら捨てて、まだ白くて使えそうだったらとっておいて」

「分かりました……」


 手に持ったプリントを見てみると、コーヒーの粉でもかけられたかのように、茶色く紙が変色している。


 それをクシャクシャと丸めると、ゴミ袋に捨てる。次も手に取ったプリントが茶色くなっていたので、先程同様に丸めて捨てる。


 何枚かやりだすと、さらに効率が良い方法がないかと模索する。

 

 五枚一気に取って、白い紙が挟まっていたら抜いて、とやってみるが効率が悪い。二枚取り、裏を確認し使えなかったら捨てるとやってみるが、こちらも効率が悪い。

 何回か様々な方法を試してみたが、あまり効率のよい方法は見つけられなかった。

 

 結局のところ、一枚取ってはすぐさま確認、そして良し悪しを見極めて使えなかったら即座にゴミ袋、いるものは机に置く。このシンプルな方法に落ち着いた。


 これをさらに高速化できないかと考える。

 

 問題点などを洗い出し、それを解決するように様々な対策を練って、行動に移していく。


 結果、自分の左側に大量のプリントを置き、左手で持ち右手に流し、右手で査定、そして分別。この方法に決まったのだった。


 綾香はいつの間にか、小さく「やったぁ」と呟いていた。


 その後、作業は効率化を極めた方法により、サクサクと進んでいく。机の上に山のように乗っていたプリントは、かなりの数が処理され、ゴミ袋に溜まっていった。


 使えるプリントを、教科別に分けて行きクリップで留めたところで机の上は片付いた。


 先程の山は、今では丘と呼べるまで処理されて綺麗に並んでいる。


「綾香さん、早いね」


 そう雅人が言う。

 雅人の方はというと、他のところでプリントの処理をしていたが綾香に比べてペースはだいぶ遅く、小さな棚一つも出来ていない様子だった。


「いえ……」

「そう謙遜するなって」


 そう言って、雅人はこちらを見ながら小さく微笑む。


「謙遜なんてしてませんよ」

「でも、こういう仕事がこなせるって羨ましいと思うなぁ」


 そう言いながら、こちらに視線を向けてくる。


「ただ、自分を単純作業をこなす機械だと思えば何という事もありません。それに、ダラダラと作業をするのは嫌いですし」

「そうなんだ」


 気のせいか、雅人は少し呆気に取られた様子でこちらに視線を向けていた。


 その後も、綾香は黙々と作業を進めていった。

 教室内に響く音は、紙がクシャリと丸められる音だけで、他に音は立っておらず静かとすら思えるような空間だった。


 そう、自分は機械だ。機械です。キ、カ、イ、デ、ス。


 そんな独り言を頭の中で良いつつも、着々と作業を進めていく。

 

 近くにあった計十五段にも及ぶ棚を処理し終わったときには、ゴミ袋を一つ丸々プリントで中身が形成されていた。


「すいません、ゴミ袋ってまだありますか?」

「あぁ、さっきの机の上にあと三枚くらいあると思うよ」

「ありがとうございます」


 それだけの業務会話を済ますと、机から新しいゴミ袋と取り口を広げ、次の棚へと移動して、また作業を進めていく。


 ただ静寂が残る教室で、黙々と作業を進めていった。


 ◇◇◆ ◆◇◇


 アレから二時間はこの作業をしていただろう。時計を見ると、午後三時を指していたので、丁度二時間ほどだろう。


「あぁ~、終わったぁ」


 手を伸ばしながら、唸る雅人を横目に、自分も仕事を終わらせたと言う満足感に満たされていた。


 近くにあるゴミ袋二つ。あの中身は全て自分の仕分けたプリントなのだと思うと、この時間の有意義さが伝わってくるようだった。


「それじゃあ、俺はこのゴミ袋をさっきの焼却場に持っていくから、綾香さんはもう帰って良いよ」

「いえ、最後まで手伝いますよ」

「良いよ、俺がやっておくから」


 そういうと雅人は、少しだけ重たそうな顔をするものの、綾香の分のゴミ袋二つに加え、自分のゴミ袋一つを加えた、計三つのゴミ袋を持つ。


 綾香は、雅人から奪い取るかのようにゴミ袋を一つ取る。


「最後まで、自分の仕事は果たしますので」


 それだけ言うと、少しだけ足早で教室を立ち去る。


 心の中で、なぜ自分がこんなに意固地になっているのか少しだけ不安だったし、なぜか心の中で自分の行動と、雅人の行動が疑問に浮かんでいた。

 何かがおかしい……。


 その後も悩んでいたが、焼却場まで持っていったところで、今日の大掃除が終わりを告げたのだった。

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