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ワンコイン・ライブ  作者: 藻塩 綾香
残り4日 綾香の1日
18/43

17話 教室

 綾香は、重たい体を無理やり起こして布団から出る。

 すこしだけ開かれたカーテンからは、朝の太陽の光がさしこんでおり、部屋は薄っすらとだが明るい。


 寝ぼけ眼で、部屋をぐるりと見渡すがいつもと変わらない部屋に安堵の溜息をついてしまう。

 今日もいつもと変わらない部屋だ、そう思うと心の底からホッとしてしまうのが自分でも分かった。


 しかしすぐに落胆の気持ちへと変わっていく。


「また、今日がやってきてしまった」


 日が一日一日と変わるたびに、心の中からもう駄目だと弱気な言葉が吐かれて、今日なんか嫌いだと抵抗の気持ちが芽生える。


 しかしなぜだろう、今日はそんな気持ちとは少しだけ程遠いのに綾香は気づいた。

 今日は頑張れそう、そんな希望が広がっていくようだ。


 ふと綾香は立ち上がると、何日も開かれなかったカーテンを開く。眩しいまでの光が自分の目に入ってくる。視界は一気に明るくなったことに対応しきれず、ぼやけてしまう。


 この窓からの景色を見たのは何日ぶりなのだろう。そう思ってしまうほどに、その光景は新鮮に感じた。

 

「今日だけは……頑張ってみよう」


 ぼそりと呟かれた言葉は、綾香の胸で何回も反響していった。


 ドアを開けると、カーテンによって締め切られたリビングが目に入る。絨毯の引かれた床を歩みカーテンを開く。シャーという音を立てながら開かれたカーテンと同時進行で、朝日が部屋中に漏れて一気に明るく照らされる。


 部屋に久しぶりの光が差し込んだような、光景に少し目を取られてしまうが、すぐに朝食の準備へと取り掛かる。


 今日のメニューは玉子焼きとソーセージ、昨日の残りの味噌汁とごはんにしようと考える。

 自室へと戻ると、今日着て行く服を選ぶ。


 今日は秋休みにある、学校の大掃除の日だ。秋休みで長期にわたって学校をあけるので、ゴミが溜まった学校を清掃するのだ。

 

 この担当学年は二年生と決まっている。一年生は高校初めてでなれないから、三年生は受験や就職で忙しいため、そんな理由で二年生がこの大掃除の担当学年となっているのだ。 


 下に着る白地のTシャツを取り出し、その上から着るジャージの上下、そして着て行く制服を順に着て行く。

 制服を着るのが少しだけ億劫になってしまうが、そんなことは気にしていられない。


 服を着おえると、朝食の準備に取り掛かる。


 冷蔵庫から卵と牛乳、ベーコンを取り出す。まず、卵を小皿で割り中に入れるとかき混ぜる。途中で砂糖と塩を少量入れる、そして牛乳も入れる。これは、かさましの役割となってくれる。


 フライパンをコンロにかけると火をつける。それと同時に換気扇の電源も入れる。


 ぶーんと換気扇が回ったのを確認すると、フライパンの温度を確かめる。温まったフライパンに卵を半分流して、捲いていく。捲き終わったら残りの半分を流し捲く。


 少し形が崩れてしまったような気がしたが気にしないようにする。


 そんな調子で、料理を進めて行き朝食が完成した。それをテーブルに並べるとすぐさま食べる。


 途中無言の空気に耐え切れなくなり、テレビでニュースを見ながら食べた。時間にはすこし余裕もある。


 朝食を食べ終わったら、洗面台で歯を磨き、顔を洗い、髪形をセットする。そんなことをしているうちにすぐさま登校時間を迎える。

 

 いつもの靴を履き、文庫本と今日学校で使う道具が入ったカバンを肩に掛け、音楽プレイヤーに繋いだイヤホンを耳に嵌める。

 そして、重たいアパートの扉を開けて外に出て、いつもどおりに施錠。


 ふと、後ろを向いたときに朝日がこちらに向って日を差しているような、不可思議な感覚に襲われる。

 いつも見るアパート十八階からの景色だっただろうか、と不安になるが気にせずに一歩を踏み出す。


 今日だけ頑張ろう、と心の中で決意して。


 ◆◇◇ ◇◇◆


 いざ学校へと考えると足取りは重くなっていく。校門が見えたと思ったら、足に何か枷があるのではと思うほどに、足が重たくなっていく。自然な拒否反応が出てしまっているようだ。


 周りには、同級生であろう生徒がみんな仲良く歩いている。友達と歩くもの、部活仲間と歩くもの、カップルで歩くものと様々だ。

 そんな中で綾香は一人で黙々と足を進める。心の中では、誰にも気付かれないようにと思うせいか、少しずつ大股で学校へと踏み出していく。


 校門から中庭を通り玄関で靴を抜き、やっとの思いで教室にたどり着くと見慣れた光景が広がった。乱雑になっている机の列、うるさく騒ぐクラスメイト、黒板に書かれた綾香への誹謗中傷を越した悪口の言葉。


「……」


 綾香が教室に入ってきたのを察したクラスメイトが、仲間内でクスクスと笑っているのが視界に入った。

 一々気にしていては仕方が無いと、けじめをつけて自分の席に座るとするが、頭で思ったものが目に入った。


 自分の机が無かった。


 辺りを見渡すが、自分の机は無い。見たくなくても見えてしまう黒い油性ペンで悪口が書かれていて、たまにイスに画鋲の罠が仕掛けられたりしている机とイスが無い。


 再度見渡して見るが、教室には綾香の机はやはり無かった。


「ねぇ、あたしって凄い頑張ったって思うこわない?」

「思う思う。ちょー頑張った。マジ汗ダクダクだわ」

「ほんと、掃除って大事だよねぇ」


 ふと聞こえた声に目を向けると、こちらを見ながら笑う三人の女子が居た。なんだか見慣れた顔ぶれに、不思議な思いを浮かべる。


 また、あいつらか。


 乱暴な言葉で三人を例えると、窓に寄る。綾香に触れまいと、クラスメイトが通り道を作るかのように避けていく。

 窓からグラウンドを見てみると、案の定綾香の机とイスはポツンと放りだされていた。


 そしてその周りには、大きな文字で『綾香はクズ』と土に石灰で書かれていた。


 綾香は、何も口にすることなくグラウンドに向う。自分を押さえ込むのに精一杯だった。目からは涙がすぐさま零れ落ちそうだったのを堪える。


 グラウンドには、油性ペンで悪口の書かれている見慣れた自分の机が置いてあった。そんな机に愛着を抱いていた。

 この机だって、悲しいのだ。本来の使用方法と違う使い方をされて悲しいのだ。そう、勝手に机を心情を考えていた。 


 グラウンドから、教室まで机を運ぶ。その過程で幾度と無く、登校する生徒から冷たい視線と奇異な視線が飛んでくるが気にしない。

 

 頭の中で思うのは、いつもの考え。

 数が多いほうが強者であり、数が少ないほうが弱者であり悪者という考え。いつも綾香は数が少ないほうであり、弱者でありながら悪者なのだと割り切っていた。


 そう、それはまるでグリーンアノールと同じだ。

 数さえ増やしてしまえば、それを無視することは出来ないが、対処の仕方が変わってくる。急激に減らした場合の環境への問題、生態系の変化。様々な問題が生じてくる。


 そう、数が多いほうが正義なのだ。

 数さえ多ければ勝ちなのだ。


 そんな考えを巡らせながら、教室に戻ってくるが今度はカバンが無かった。


「……」


 ただただ無言であの三人をみる。綾香は彼女らに何もすることなく、再びグラウンドへと戻っていく。


 土の付いたカバンが今度は落ちている。チャックを開け、壊れたものなどは無いかと探ってみたが、破損しているものは無かった。その事にホッとしてしまった。

 今日は損害は無いようだ。


「良かった……」


 小さく言葉にしながら、登校してきたときより重たい足取りで教室へと戻る。

 教室へ戻っていくとき、いつの間にか玄関にも廊下にも人が少ないのに気付いた。


 教室に行くと、丁度チャイムが鳴る。

 それと同時にいつの間にか来ていた、男性教諭が言う。


「綾香さん、いまからHRの時間ですよ。もう少しで遅刻になりそうなところでした、次からはもう少し早く来ましょう」


 その言葉に反論の言葉も出なかった。


 教室を見ると、クラスメイト全員が自分の席についておりこちらを向きながら冷たく笑っている。あの三人は、その笑いにも劣らないようなヘビのような目つきでこちらを見ていた。


「綾香さん!! 聞いていますか?」

「……はい」


 そう答えると、男性教諭は納得したのか「よろしい、席に座りなさい」と言う。それに従うわけではないが、自分の席へと向って歩いていく。

 いつの間に消されたのか、机の上に書かれていた悪口は綺麗さっぱりなくなっていた。まるで新品のようだ。


「……」


 どうせ、隣が空き教室だから取り替えたのだろうと勝手に仮説をつくり、自分の席に座る。


 その瞬間、イスからすベリ落ちた。いや、滑り落ちたのではなく、イスの足が曲がっており転ばされたのだ。

 

「綾香さん!! 少しはおとなしくできないのか?」


 悔しい。ムカつく。そんな感情が胸いっぱいに広がっていく。

 自然に目つきは尖っており、男性教諭を睨んでいた。


「何ですかその目つきは、生徒指導室に行きますか?」


 更なる怒りが込み上げてきたが、それを何とか心の内に留める。これほど難しいことは無いだろうか。


「……すみませんでした」


 おとなしく謝ると、「仕方ないな」と男性教諭は許してくれたが、心の中の怒りは収まることは無かった。


 その後、HRは始まって話をしていく間、壊れた足でまともに座ることもままならず、苦しい体勢のまま話しを聞く羽目になったのだ。


 今日だけ、頑張ろうと思った心はいつの間にか折れていた。

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