14話 昼食
サバンナエリアで、キリンの飼育の値段を考えて二人して落ち込んで、その調子で昼食を食べにきた。
休憩所という場所に来ている。ここには、簡易な昼食などが取れるばしょで、昼なので昼食をとろうという算段だ。
しかし昼時とあってか、人がとても多くいる。
「人多いですね」
「ほんとですね……、昼食取れるでしょうか……」
そう心配するほどに、人が多い……。
席数もそこそこにあるものの、人の数が少し勝っている。店には、人か小さな列を作っている。
「綾香さん、何を食べますか?」
「そうですね……」
そういうと、手を顎に当て悩む。
ん~、と小さく考える姿が、なぜだか可愛らしい。
「それじゃあ、寒いですし、うどんにしますかね」
「ここって、うどん売っているんですかね?」
「きっと、手打ちだと思いますよ」
「その、うちじゃないんですけどね」
「そうですか」
そういうと、綾香は店内を見渡す。
フードコートのように、様々な店が入っている訳ではなく、ここは券売機で売っているので、券売機を探さないといけない。
が、すぐ近くにある柱の傍にあった。
「……?」
「どうかしたんですか?」
俺がそういうと、綾香はこっちを向いて言う。
「券売機って、どこでしょうか?」
俺は軽く絶句して、何気無く教えてあげる。
「柱のところにありますよ」
そういうと、綾香はやっと見つけたのか、「あっ」と言って券売機の方へと歩いていく。
そして、またこちらの方へと歩いていく。
「……自動販売機と、同じ要領で良いのでしょうか?」
再び、俺は軽く絶句した挙句に、今度は付き添いながら買いに行く。
「雄一さんは、何にするんですか?」
「見てから、考えようかな」
「そうですか」
そういうと、綾香はうどんのボタンをポチッと押す。
沈黙の時間が一瞬だけ訪れたが、何も無かったように静けさが流れていく。
「故障でしょうか?」
「……」
俺は、このときに本当に絶句したのだった。
心の中では、「なにッ!! そんな訳無いだろ、絶対ないだろッ!! ありえないって!!」と、ひたすら唱えていた。
あの綾香に限ってである。
しかし綾香に関しては、券売機を軽く叩いていた始末である。
「綾香さん……お金を入れないと、券は出てこないですよ……」
「そうでしたか……」
何食わぬ顔で、ピンク色の長財布からお金を取り出すと、券売機に入れていく。そして、指で『うどん』と書かれたブレートのボタンを押す。ピッと券売機が反応して、中から『うどん』と書かれた券が一枚出てきた。
その、何気無い光景さえも、先程の行為のインパクトが凄く、何とも言いがたい光景に変わっていた。
「雄一さんは、何にするんですか?」
何食わぬ顔で、こちらに話しかける綾香。その神経は、測りきれない……。
「それじゃあ、親子丼にでもしようかな」
「そうですか」
綾香は、俺が購入するのを待っているようで、隣で腕を下ろしながら待っている。
俺は、普通にお金を入れ、『親子丼』のプレートのボタンを押し、券が出てくるのでそれをとる。
自分の行為になにも、異常が見られないことを自分で確認すると、綾香の元へと行く。
「この券をどうするのですか?」
「……」
いや、本当に待ってくれ……。
天然というのか、無知というのか、綾香は頭に『?』マークが出そうなほどに、首をかしげこちらに答えを求めてくる。
先程までの、自分の無知さが裏返ったような、逆転の法則のようなものが見える。
「まぁ、着いてきて」
「はい」
そういうと、俺は小さな行列のあるカウンターに向って歩いていく。
「ここに並べばよかったのですか」
なぜ知らない!!
そんなことは言えるはず無く、俺は無言を突き通すが顔ににじみ出ていないか心配だった。変な不安は、掛けさせたくない。
ようやく俺の番が来た。
「お願いします」
「はい、分かりました」
そう言って、カウンターの店員が言うと「うどん入りました」と言い、厨房の方から活気溢れた声が聞こえてくる。
ついでに、俺の券も出すと「親子丼追加です」と言う声がまた、響く。
「これで、よかったのですか」
そういうと、一人で納得したように言う。
先程の店員が「こちらの番号でお待ち下さい」というと、小さな紙を綾香に渡す。そして、二コッと笑ってみせる。
その意図は察しないことにした。
そして、開いている席に座る。
「綾香さんって、好きな食べ物とかあるんですか?」
何気無い質問をしてみた。
「そうですね……。あえて、言うなら甘いものが好きでしょうか。饅頭や洋館と言った和菓子みたいな甘さが好きですね」
「へぇ~」
意外といえば、意外だった。
結衣は、ケーキのような甘い食べ物が好きだったはずだ。
「ケーキとか生クリームの甘さは、砂糖の甘さで嫌いです。チョコレートとかカカオが原料って知ってますよね」
心の中で、ギクッと不覚にも驚いてしまった。
「はい」
「カカオは本当は、案外苦いんですよ。それを砂糖やココアバター、粉乳を入れて味を隠しているんですよ」
「へぇ~」
また、豆知識が出てきたな。と思いながら、綾香の話に耳を傾ける。
「挙句の果てに、コスト削減のために乳化剤を加え、風味を出すために色んなものを加えているんですよ。まるで、保存性を高めるために、保存料を大量に入れたコンビニ弁当かと、思うほどです」
「……」
「だから、チョコレートはあまり好きでは無いですね」
また、俺の中でチョコレートの美味しいランキングの順位が確実に落ちた。
「でも、食べられないわけじゃないんですけどね」
あっ、そうですか……。
「雄一さんは、好きなものとかあるんですか?」
「そうだな……」
基本好き嫌いはあまり無いほうなので、あまり考えたことが無かった。
「あえて言うなら、肉料理が好きかな……」
「へぇ~」
頷いてみせる綾香。
「部活をやっていた頃に、筋肉を付けるためによく食べていたんですよ」
「そうなんですか」
「鶏肉をよく食べていたかな。高タンパク、低カロリーだったので。ハーブ焼きとか、美味しかったですね」
俺は、いつの間にか鶏肉について語りだしていた。
「鶏肉ですか……。私も、お肉は好きなのですが、牛肉の方が好きですね。よく神戸牛や飛騨牛なんかを食べていましたから」
「高いな……」
「父が家に居ない代わりに、家にお金が凄い入ってくるので、それで食べてましたね」
まさか、綾香がお金持ちの家系だとは思わなかった。どこの社長か何かだろうか。大企業なんかを営業している人だったら凄いな、と思ってしまう。
アメリカなんかで実業家なんか、していたらもの凄いお金が入ってくるのは、間違いないだろう。
「でも、今は一人暮らしで、仕送りが少ないのでスーパーの安売りで生活していますけどね」
また、驚きのことが聞けた。綾香が一人暮らしと言うことだ。
「綾香さんって、一人暮らしなんですね?」
「そうですよ。家賃は親負担なのですが、生活費は安い仕送りで何とかやっていかないといけないので、贅沢できませんしね」
俺の家の場合は、親が家にいるものの余り居ないと言えばいない。が、綾香ほど居ない日は多くない。
夜になれば家に大概は居る。それに、妹が家には居るので、特には孤独は感じなかった。
でも、綾香の話から一人暮らしがとても辛いということが伝わってくる。
「そうなんですか」
「まぁ、ちっちゃな贅沢をするって良い事ですよね」
綾香が自分の着ている茶色のコートを触る。
あのコートは綾香が自分で買ったものなのだろう。
俺は、それに小さな喜びを感じていた。
この一週間のために、俺はバイト代で服を数着買った。それは、この一週間を楽しむためと、ダサい服装をしないためと二つあった。
もし、綾香もこの一週間を楽しもうとし、新しい服を買ってくれたのなら、何よりも嬉しいことの一つに入るだろう。それだけのものを、俺は感じた。
「そういえば、雄一さんって部活は何をやっていたんですか?」
「あぁ、バレー部ですよ」
「バレーですか、私は運動は余り好きでは無いので、よく知らないのですが」
「まぁ、男子でバレーは案外人数少ないですね。男子は野球やサッカーに行ってしまいますから」
俺の入っていたバレー部は、三年生が八人と多かったが、二年生、一年生とあわせて八人で、余りにも少なかった。
人気の無いスポーツと、いえてしまうだろう。
「レギュラー入りも出来ない部員でしたけど、案外楽しい部活でしたよ、大会とかでもそこそこの成績は残せましたしね」
「そうなんですか」
そういうと、綾香はカウンターの方を向いて言う。
「なかなか呼ばれないですね」
思えばそうだ。
「雄一さんって、何を頼んでいましたか?」
「俺は親子丼ですよ」
なぜそんなことを、聞くのだろうと思っていたが、思わぬ発言が飛び出すのは避けられないことだったのだろう。
「親子丼って、結局アレは親子じゃないと思うんですよね。卵と鶏って」
「えっ……」
卵と鶏って、親子じゃなかったっけ。と、自分の考えが、間違っていたのかと不安になってしまう。
「種類で言ったら親子でしょうけど、使った鶏と卵がDNAが一緒じゃなかったら、親子とはいえないような気がしますしね」
「……」
「それに、言ってみれば卵から孵ったヒヨコを育てるのは、養鶏場の方ですし。親と言えるのは、親鳥じでは無いような気がするんですよね」
絶対に聞かないほうが良い言葉が、飛んで来た。
「卵はヒヨコにならない残念な卵のことですし。孵らないですしね」
親子丼って、親子じゃないんだって知った。




