13話 サバンナエリアpart2
ガゼルを見終わった後、今度はゾウが出迎えてくれた。
今まで見てきた中で、随一の巨躯を見せ付けるさまは勇敢にも捉えられるが、その優しげな瞳がそれを和らげる。
そして、大きな耳がとても特徴的だった。
「やっぱり大きいですね」
「でも、キリンの方が大きいです……」
何か、拗ねた言い方をする綾香。地雷を踏んでしまったのだろうか、少し不安になってしまう。
「確かに、キリンに比べると見劣りしてしまいますね」
「そ、そうですよね!!」
急に明るくなった。綾香の地雷とそうじゃない範囲がよく分からない。
「にしても、ゾウの鼻ってどうしてあんなに長いんでしょうね?」
ここは、あえて無知さをさらけだすように質問してみた。ただのご機嫌とりにしか見えない俺だ。
「アレじゃないですか? ロシア人の高い鼻が羨ましかったから、ゾウもなりたいと思って悪化したんじゃないですか?」
「それ……絶対に違いますよね……」
「きっと、そうなんですよ」
なんだか……怖い……。
「やはりキリンの茶色の模様は綺麗ですよね。あんな、全身灰色のゾウとは違いますよね」
「いや、ゾウにも良さがあると思うんだけど……」
「でもですよ、1日に百五十キロも草を食べて百リットルの水をのんだ挙句、百二十キロも排便するんですよ。飼育員さんの身になって欲しいですよね」
ゾウに何か恨みでもあるのだろうか。
なぜか、ゾウがかわいそうに思える。
「でも、あの体を動かすからそれくらい食べないといけないんじゃない?」
「もっと小さくなれば良いんですよ」
頭の中に思い描く、ネズミサイズのゾウ。やっぱり、それはゾウじゃないと、心の中で思う。
「いっそのこと、ミジンコと同じサイズで良いんですよ。微生物と、同じサイズで十分です」
「えっ……」
「いっそのこと、視界に入らない程度の小ささで十分です。風邪ウイルスと同じくらいの大きさで十分なんですよ」
そういうと、綾香がすたすたと歩いていってしまう。
本当にゾウに対して、何の恨みがあるのだろう。しかし、それを聞いてしまうのは、明らかなる地雷だと分かっているので触れない。
俺はふとゾウを見る。
親子で丁度いるのか、中むつまじく楽しそうにしている。鼻でお互いをつつきあっている。アレに意味があるかは分からないが、ゾウなりのコミュニケーションなのだろう――――――
『あの子、親がなかなか家に居なくてね』
ふと、喫茶店のおじさんの言葉を思い出してしまった。
綾香にとって、あの光景は何か嫌な記憶を思い出してしまうのだろうか。そう察すると、自分のあさはかな考えを訂正したいと思う。
そう考えると、ゾウのあの楽しそうな行動も、儚さを抱かせる。
「雄一さん、早く」
綾香が急かすので、その後姿を追う。
綾香が止まっていたところに居たのは、白色と黒色の縞模様があるシマウマだった。
一個体ずつ、その特徴的な縞模様はなぜか迷路のような模様を思わせてしまう。
きっと、そう思うのは俺だけなのだろうが。
「あの縞模様って、案外目立つような気がしますよね。サバンナにいたら、凄い発見が簡単そうですね」
「違いますよ、雄一さん」
「えっ?」
また、自分の無知さを知らしめてしまった。そう自分で自覚する。
「あの縞模様は、狩りをする際に獲物の判別をしにくくする効果があるですよ」
「へぇ~」
「逆に言えば、白黒のシマウマを発見できないライオンとかは、目が悪いんでしょうね」
「ですね……」
先程までのハイエナやライオンたちが怖い印象しかなかったのが、印象がいろんな意味で悪い方向へと変わって行った。
「ライオンって、絶対的な王者なイメージだったんですけどね……」
「いえ、ライオンの子供などは、親と違い弱いですからヘビなんかに食べられることもありますからね……」
あのライオンの子供が、ヘビに食べられるとは考えにくかった。逆に、ヘビを食べてしまいそうなものだ。
「そう考えると、ライオンはやっぱり弱いんでしょうね」
「いえ、シマウマと比べたら強いですよ」
「ですよね……」
凄い恥をかいた……。
「自然界は、上手く回っているんですよ」
そう言って、次のところへと移動する。
そして、目の前にいたのは悠々と長い首で自分を象徴しているキリンの姿だった。
「アレがキリンですか……」
細長くズッシリとした筋肉をした四つの足が体を支え、茶色の豹柄が一層目を引く。そのなかでも、キリンの特徴といった長い首が伸びている。
やはり、迫力があるその姿に「おぉ」と唸るほか無かった。
「やっぱり、大きいですね」
綾香も俺と同じ事を思っているらしく、キリンの姿を見て驚きが隠せない様子だった。
その目は先程までの動物を見ていた目とは違って、一機はキリンに惹かれているようだった。
「大きいよなぁ」
俺もキリンをみる。
隣に生えている木と、同じほどの大きさがあるキリンの身長にはやはり、蹴落されてしまうような迫力がある。
「五メートルはあるんでしょうかね……」
「それくらいは、普通にあるだろうな」
首を空に向けないと見えないような、その巨躯に驚きはやはり驚かされてしまう。
「飼ってみたいですよね……」
「キリンって飼えるものなんですか?」
「法律では大丈夫です。エサ代とかと、各自治体の許可、輸入の際の検疫などが必要ですけど」
自宅にキリンは入れれないので、必然的に庭などで買うことになるのだろうか。しかし、キリンを自由に歩き回らせることが可能な庭といったら、どれだけの敷地が必要になってくるのだろうか。
「エサ代って、どれくらいかかるんでしょうね」
「一日に三千円ほどらしいです。一ヶ月で九万円。一年で百八万くらい掛かると思いますよ……」
桁が違いすぎる。
「それに加えて、施設費用とかも掛かるでしょうから二百万ほど……かかると……思います」
綾香が落ち込みだした。
「キリンは寿命が長くて三十年は生きた個体もいるので……六千万……かかりますね……」
お心をお察しします。
「まぁ、キリンじゃなくても普通に犬やネコで俺は十分だな……。敷地ないし……」
敷地どころか、六千万円を持っているわけが無い。どこかの大富豪なら、飼えるだろうか……。
「まぁ、私もテロがいるので足りてますしね」
「六千万か……」
「六千万ですね……」
俺達二人で、キリンを見ていた。
あの首長動物のキリンが、六千万の価値がある動物だと思うと恐ろしく思えてきた。
「そういえば、輸入にもお金がかかりますしね。確か……千万らしいですから……七千万円……」
「無理ですね……」
「不可能ですね……」
いつの間にか、キリンを見る視線が確実に変わっていることが俺達でも、分かっていた。
そんなことを知らずと、キリンは何気無く葉を食べていた。
キリン、高いわ……。




