12話 サバンナエリアpart1
先程から隣で、鳥類の話で綾香がとてもわくわくしながら話すので、それを聞きながらチンパンジーを見てきた。
その際にも、「人類みたいなチンパンジーを檻に閉じ込めると、心が痛みますね」というので、そそくさと退散してきた。
先程、チンパンジーの横にエサ販売機があり、丁度腰に財布があったので、買ってエサがもらえると思ったのだろうか、若干悲しい顔をしていた。
頭が言いというのも、若干怖い。
そして、次にサバンナ系の動物がいるエリアにやってきた。チンパンジーは全く振り向きもせず通りすぎたので、じっくり見たいと俺は思う。
「サバンナって、国はどこなんでしょう?」
意外な質問が飛んできた。
「アメリカの州とかじゃないか? もしくわオーストラリア大陸とかにありそうだな……」
もう少し高校の地理を勉強しておくんだったと、後悔してしまう。
「いや……、サバンナってその場所の名称だった気がする」
「曖昧ですね……」
「確かサバンナは、熱帯で乾季と雨季があるところの、疎林と潅木がよく生えている熱帯長草草原地帯の事だった気がする」
曖昧な記憶を頼りに、話した結果まともな回答が出てきた。自分の頭に感謝。
「よく知ってますね、驚きました」
「妹が前、番組を見ていたのを一緒に見ていたときに、やっていたんですよ」
テレビって、最大の情報量を誇ってるって、今なら自慢できる。テレビに感謝。
「地理とか得意だったりしますか?」
「いや、四十七都道府県も曖昧ですけどね……。近畿とか曖昧ですし、四国もうろ覚えがひどいですよ」
そんな会話をしているうちに、大きな門に『サバンナエリア』と書かれた看板が張ってる、名のとおりサバンナエリアにやってきていた。
「キリン……いるでしょうか?」
「キリンもサバンナですし、いると思うんですけどね」
もう少し下調べをして来るんだと思うが、目の前の雰囲気に少し驚く。
コンクリートの道は変わらないが、柵の近くなどに茶色の草木が配置され、いかにもサバンナの乾燥しているなという雰囲気を表していた。
根気の入ったエリアだなと思ってしまう。
そして、最初に目に入ったハイエナの柵の近くに寄って見る。
犬のような少しがっちりとした体躯に、長い鼻面と長い足が特徴的だった。しかし、俺の知識ではペットの犬というのとはやはりかけ離れているなと、思ってしまう。
「ハイエナですか……」
岩の上に一匹のんびりとしており、他に三匹いるがそれはグループを作っているのか固まって行動している。
「ハイエナって、死肉を食べるから怖いイメージがあるんですよね……」
「いえ、ハイエナの中でもブチハイエナは案外狩りをするんですよ」
「へぇ~」
心の中で、始まったなと思うがそこは抑える。別に嫌なわけじゃないが、綾香のその自慢げな笑顔を見るたびに、自分の無知さが悲しくなる。
「でも、その狩った獲物をライオンなどに、横取りされてしまうお茶目な一面もあるのですが」
「なんかハイエナとは思えない可愛らしさですね」
そう言って俺が笑ったら、綾香が言った。
「ブチハイエナはハイエナの中でもかなり大型で、大きい個体で体長百八十センチ、体重八十キロはありますから襲われたらひとたまりもありませんけどね」
「大きすぎでしょ……」
「それも、オスよりメスの方が大きいという事実です……」
やっぱりハイエナは怖かった。
「メスは群れのリーダーで、攻撃性もメスの方が上というオマケつきです。オスの順列は下の方なんですよね……」
なぜか、こちらを睨まれた。
「まぁ、野生ではメスが強いことはよくある事ですからね」
そういうと、綾香は歩き出す。
ハイエナの社会に産まれなくてよかったと、心の中で思ってしまう。そしてハイエナの中のオスにドンマイと声を掛けてあげたくなる。いつになっても、女性は強い存在だと思わせてくれる。
しかし、あの視線が気になってしまう。
そんなことは置いておいて、次の檻に居たのはライオンだった。
百獣の王のライオンが、地面に堂々と寝ている。
ハイエナとは違った威勢を放つ体躯に、太い腕、そしてライオンの一番特徴的な黄金色の鬣が悠々と冷たい風でなびく。
まさしく百獣の王という風格の持ち主だった。
「可愛いですね」
「えっ」
怖気ずいているのは、俺だけだろうか。
「あの鬣なんて、ふさふさそうで良いですね」
俺と綾香では、ライオンの見かたと捉え方は違うようだ。
「それにどこと無くある、中肉中背な体も気持ち良さそうですね。一度、ライオンを枕にして寝てみたいものです」
「枕に出来るものなのかな……」
と、いうか噛み殺されたりしないだろうか。
「ですが、最近のライオンは生息数が少なくなってきて、危急種なんですよね」
「危急種? 絶滅危惧種じゃなくて?」
「まぁ、同じような意味ですね。国際自然保護連合がレッドリストで絶滅の危険がある種が選ばれるんですよ」
「同じようなものですよね……」
「同じようなものですね」
綾香の言葉一つ一つで、難しい単語が出てくるため、一般的知識しかない俺に対しえ見れば、かなり難しい内容に聞こえてくる。
綾香の知識はどこから出てくるのだろうか。
「ですが、生物は少し生息環境が変わっただけでこのリストに登録されます。それだけ、世界が汚いんですよね……」
「人間のせいですかね……」
「そうでしょうね」
少し話が重たくなってしまったのか、どちらも表情が暗い。
「ライオンもですね、ハイエナと同じでメスが強かったりするんですよね。メスが狩りを行うこともありますし」
いつもの口調で、話し出すが表情が暗い。
と、思っているとライオンがムクッと起き上がった。
そして、なぜか俺の顔を見た。その目は、まるで獲物を狩るような鋭い視線だ。サバンナの情景が目の前に浮かび、俺が食われる前の草食動物のような、今から食べられるのでは、という緊迫感が漂う。
冷たい汗が背筋を撫でる。
喰われる、まるでそんな自然の恐怖の感覚が体を襲う。
頭で感じた。人に飼い慣らされているだけで、まだ王の牙は存在すると。
ライオンは、こちらを一瞥すると直ぐに寝てしまう。
一瞬の恐怖。本当の王者の存在を頭ではなく、神経の髄まで思い知らされるような自然なる恐れ。
そんな感覚に浸っていると、ライオンは俺をもう一度見たかと思うと、鼻で「フッ」と大きく息を吐く。
鼻で笑われたのだろうか。
「あのライオン、眠たいのでしょうかね?」
綾香はそう言うが、先程の背筋に流れた汗が冷たい風に当たり、ヒヤリとする。
「いや、眠たいんじゃないと思うな」
あの一瞬で、何かを感じてしまった。あの、ライオンの失笑を買ったような失念、王者に笑われるような失態、そんな思いが心の中で生まれた。
「アレはきっと、王者の余裕じゃないかな」
「百獣の王だけにですかね?」
「たぶん……」
気づいてしまった、あのライオンに笑われた理由が。
俺は綾香の表情を見ると、ライオンを眺める横顔があった。決して恐れるようなものではなく、対等な立場で見ているような。
あのライオンの失笑を買ったり理由は、俺の綾香に対する立場や地位のようなもの。
ライオンは言いたいのである、お前と綾香は釣り合わないと。
「でも、ライオンを大きい猫って見れば、可愛いものですよね」
「そんなものなのか?」
「キャトフードあげれば、食べると思いますけどね」
思うのは、あのライオンよりも綾香の方がよっぽど肝が座っているということだ。
「鬣も、リーゼントにしたら面白そうですよね」
「リーゼントは……ちょっと」
綾香の方がやっぱり上だったわ。
ライオンを見終わると、となりの柵にいるガゼルに目が行く。
全身が茶色で黒色の線と白色の腹の部分の模様があり、そこから体に対してズッシリとした首がのり頭部が乗っている。頭に生える角は、ガゼルを象徴すると同時に、相手を威圧させるような感覚を与える。
なにより、頭部の目から鼻腔にかけての白色で縁取られた暗色斑が隈にみえて、生活大丈夫かとツッコミを入れたい。
近くの看板をよく見てみると、トムソンガゼルというガゼルらしい。
「アレって、ライオンの親子のドキュメンタリーで、よくエサになっている動物ですよね」
「ちゃっかり酷いことを言いますね、雄一さん」
「そんな意味を込めたんじゃないけど、ガゼルのイメージがそんな事しかなくて」
実際に、昔妹が見ていた教育テレビでちらっと見た程度の知識しか無いのだ。それで、ガゼルがアレだこれだといわれたら、まず困ってしまう。
「ガゼルも、エサになりたくてなってるわけじゃ無いんでしょうけどね」
自然界で、喰う喰われるの弱肉強食の世界は俺でも知っている。その中で、種を繁栄させようとしているのだ、わざわざ肉になりに行くなんて考え難い。
「でも、カゼルの肉って美味しいんでしょうか? 馬肉みたいな食感なんでしょうか」
「たぶん、歯ごたえはあるだろうな」
「絶対に焼肉店では出なさそうですよね」
「ガゼル肉が出る焼肉店の方が、聞いたこと無いですけど」
思えば、どんな味がするのだろう。
「そうですね、雄一さん。ここで一つクイズをしませんか?」
「クイズ?」
「簡単な二択クイズです。もし当てれたら、昼ご飯は私がおごらせていただきます」
「えっ!? 昼食くらい、自分で払うから大丈夫ですよ」
俺が慌てながら、答えると綾香は自信満々に笑って見せる。
「何を言っているんですか? 私が、わざわざそんな失態をすると思っているんですか? 絶対に勝てるっていう自信があるから、やるんですよ。じゃ無かったら、やりません」
「あぁ……そう」
これは、きっと俺が外れる事を前提にしているんだろうな……。
頭が一瞬だけ、裏をかく。
もしこれで当ってしまった場合、俺は綾香に昼飯をおごらせてしまう情け無い男になってしまう。
だが逆に、外れてしまった場合、綾香が考えている無知な俺をさらしてしまう。
どうにかして、回避したいところだが――――――
「カゼルはウマ科とウシ科、どちらの動物でしょう?」
回避は出来なかった。
「ウマ科……ウシ科……」
俺は観念し、ガゼルを見る。
地面に生えている草を、貪っているガゼルがそこにはいる。
外見的特長で言えば、ウマに似ていると思う。が、角が生えているのでウマと考えるには難しい。
それ以前に、ウシに角があったかすら疑えてくる。あるようで、無い。そんな曖昧なイメージしか浮かんでこない。
案外、身近な動物でも曖昧なイメージしか持って無いな、と考えられてしまう。
俺は、ユニコーンだって角が生えているんだ、そんな理屈でウマ科にする。
「たぶん、ウマ科かな……?」
俺がそういうなり、綾香が二コッと笑って見せた。
綾香の笑顔を見るなり、俺は外れたなと察する。
「残念、ウシ科でした」
ある意味、予想通りと言ったところだった。
「お昼ご飯よろしくお願いしますね」
「あ、あぁ……」
なぜだか、まんまと嵌められた感しか残らない。
「でも、何でウシ科なんでしょう? あの体系は明らかにウマなような気がするんですけど……」
素朴な疑問をぶつけてみた。
「ウシ科の特徴として、空洞の角が生えて、一生生え変わらないという特徴があるんです。カゼルも、角は空洞で一生生え変わらないから、ウシ科なんでしょうね。専門家じゃないので、詳しくは知らないですけど……」
「でも、凄い知識ですよね」
そんな質問をして、ガゼルは通り過ぎていく。




