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ワンコイン・ライブ  作者: 藻塩 綾香
残り5日 初デート
12/43

11話 初デート

 冷たい風が頬を撫でる。


 外気は寒く「はぁ~」と息をすれば、白色の息が先程まで出ていた。それほど、今日は寒いのだと思わされる。


 手をポケットに入れながら、駅のホームで彼女が来るのを待つ。スマホを確認すると、もうすぐ待ち合わせ時間の十時になるところだった。


 駅の近くに飾られる時計台。その近くにある電灯が目に入った。


 あの場所で俺は出会ったんだと、その事実が自分の中で再度確認される。そして、頭の中で再生される美しい綾香の美声。もう一度、あの声が聞けるならばと、勝手に思い上がっているのは、俺だけだろう。


 実際、この一週間、いや残り五日を綾香と過ごすと俺が勝手に決めただけなのである。だから、綾香が来ない可能性だってあるわけだ。

 少しだけ心に不安の感情が募る。


「お待たせしました、雄一さん」


 心がドクンと強く跳ねる。

 待ちかねていたこの声。待っていたこの声。この声を聞いた瞬間、全身に駆け巡る血流が温かくなったか、体温が少し上がったような気がする。


「あっ、俺も丁度来たばかりですよ」


 さり気なく時計台を見ると、丁度十時を指していた。お待たせしてませんよ、と心の中で呟く。


 茶色のコートを羽織り、黒色のタイツをつける彼女を見るとこの頃の女子の格好だな、と思ってしまう。そして小さなバッグがちょこんと小さな手に握られている。


 素直に可愛いと思ってしまう。


「雄一さん。今日って、どこ行くんですか?」

「一応、動物園のチケットがあるから、動物園に行こうと思ってますけど」


 不思議と、口から言葉が敬語なのに自分でも気づくがなれない相手だけに、硬くなってしまう。

 そんな自分に、笑いたくなってしまうが、心臓がバクバクと脈打ち緊張の色が隠せない。


 彼女の方は、いつも通りという感じだった。なにも変ったところの無い、普通の綾香。


「動物苦手でした?」

「いえ、家にダックスフンドのテロがいるので、動物は大丈夫ですよ」


 あの長細い犬か。でも、名前がテロって少し不気味だな、といつもどおりの俺が出てきた。そんな、ことに少しホッとしてしまっている情けない俺が居るのも事実だが。


「そうですか、それじゃあ行きましょうか」


 そういうと、二人は駅の改札を通り、目的の電車に乗って動物園へと向うのだった。


 ◇◇◆ ◇◇◆


 駅を四つほど過ぎると、目的の駅が見えてくる。

 そして、目的の駅を降りるとそのまま動物園に向って歩く。駅からは、徒歩十分も歩けば付くと、パンフレットに書いてあったので、パンフレットを頼りに歩いていく。


 いざとなれば、スマホもあることなので地図を見れば済む話だ。


 その道中の会話と言えば、ただ俺が緊張しっぱなしで、綾香の言葉に反応するのが精一杯だった。俺から、話しかけようと思ったが言葉が喉に詰まってしまって、出なかったのが本音だった。


 そして、そんなこんなで動物園へとはすぐについてしまう。


 動物園の門の前まで来ると、大きな象の顔がお出迎えしてくれた。


「なんで門が象なんでしょうね?」

「お客さんが増ますの、増だからとか……」

 

 今の自分をぶん殴りたい。

 なにダジャレ混じりな発言をしているんだって、ぶん殴ってやりたい。


「象より、キリンの方が良いような気がするんですけどね」

「えっ、どうしてですか?」


 俺が聞くと、綾香は何食わぬ顔で言って見せた。


「象って横に太いじゃないですか、それに比べたらキリンは細マッチョみたいな体系で良いじゃないですか」


 心で、鍛えておくべきだったと後悔したのは、俺だけが知る秘密だ。


「でも、俺はキリンよりはシマウマですね」

「どうして?」

「キリンって首長いから、どちらかといえばスリムなだけな気がして。シマウマは、馬みたいなスリムじゃないですか。俺は、そっちの方が好きなんですよ」


 どんな好きだよっ!! 心の中で必死に自分の発言を取り消したいと願う。


「馬みたいなスリムってどんな感じですか?」


 綾香が乗ってきた。そう思ったときには俺は必死に頭をフル回転させ、何を話せば良いのかを考えていた。

 次ぎの一手で、どこまで会話を繋げるのかが問題だ。見たいなシリアスな頭になっていく。


「馬って体脂肪率低そうじゃないですか。筋肉質なスリムって感じですかね。キリンは皮しかないような気がして……」


 そういうと綾香は「なるほど」と言って、ふむふむと頷いてみせる。


 動物の見方が、面白いなと思う。

 筋肉質なスリムで通ったのは、結衣以外いないと思っていたのに、意外だった。


「でもまぁ、そんな事を言うと馬ってムキムキですよね」

「確かに……」

「競馬の馬とか、凄いムキムキなんですよね。アメリカの凄いマッチョよりムキムキらしいですから」


 ふと、気づいた時には会話の路線は確実にずれていた。


 そして、いつの間にか目の前に動物園に入る為のゲートが見てきた。

 そして、ゲートまで行くとそのにいた、カウンターの女性がいた。


「いらっしゃいませ。チケットはご購入でしょうか?」


 そういうので「いえ、あります」と言って、二枚のチケットを差し出す。


「大人が二名ですね。確かにお預かりしました。それでは、こちらをお持ち下さい。当動物園でのパスポートのようなものです。お帰りになる際に必要ですので、無くさないようご注意下さい」


 そういうと「いってらっしゃいませ」と言い、俺達を送り出してくれる。

 ガチャンと開いた鉄のゲートをくぐると、不思議とバレーの試合に臨むような、そんな緊張感が身を引き締める。

 

 不思議な感覚が身を包んでいたのは、確かだった。


「それじゃあ、行きましょうか」

「そうですね」


 俺はそういうと、綾香の隣を歩き出した。


 近くにあった地図を見ると、エリアごとに動物が分かれているらしく、そのエリアの中にサルのエリアや、ライオンなどのエリア、爬虫類のエリアまである。


「どこから回って行きますか?」

「一応、道なりにでも歩いていきますか」

「そうですね」


 地図に書いてある矢印に沿って歩いていくことになった。


 ふと、俺は思ったことを綾香に聞いてみた。


「綾香さんって好きな動物っているんですか?」

「私ですか? ……そうですね」


 顎に手を当て考え出す。

 小さく「んん~」と唸る。何故だから、少し可愛らしく思える。


「あえて言うなら、クロエリセイタカシギですかね」

「……え、何て?」

「だからクロエリセイタカシギですよ」


 なんかすごいのが出てきた。

 もっとポピュラーなパンダや、コアラとか、そんなのを考えていたらもの凄い名前が長い動物が出てきた。


 俺が困惑するのに対して、綾香は何食わぬ顔で長い名前を言う。


「えっと、クロ……エ……」

「クロエリセイタカシギです」

「そ、そう。その動物ってどんな動物なの?」


 次に専門学的用語が出てきたら、ちょっと本気で困ってしまう。


「簡単に言えば、白色と黒色のフラメンコみたいな感じですかね。詳しく言うと、チドリ目セイタカシギ科の……鳥です」


 なんか、聞いた俺が間違ってきた気がした。


「その……鳥のどんな所が好きなの?」

「あの可愛らしい顔と、それに合う細長いくちばしが何とも言えないですね。それと、首の黒色が服の襟に見えて面白いんですよ。他にも、黒と白の胴体のコントラストとか好きですね」

 

 淡々と出てくる言葉に、俺は呆気に取られていた。白色と黒色のフラメンコで印象は大体分かるが、その内容に困惑もしてしまう。


「チドリ目セイタカシギ科の鳥で他に好きなのは、ミユビシギとかカッコいいですよ。鷹がミニチュアになったらあんな感じだろうなって思いますし、あの灰色の毛がフワフワそうで好きですね」


 綾香に語らせては危ないと、思ってしまった。

 でも、喫茶店で見た音楽について語る綾香と同じような、楽しそうな雰囲気だった。


「鳥かぁ~、あまり詳しくないけど前に鳩が傷ついて庭に居たから、一ヶ月くらい介抱してあげた思い出があるな」

「鳩ですか?」

「そう、鳩。珍しいなとは思ったんだけど、飛べなさそうだから獣医に見せて、一ヶ月間だけ世話してあげてたんだよ」

「鳩ですか?」

「まぁ、名前まで妹がつけて、不思議と別れる時には辛く思えたんだよな」


 思えば、あの鳩結局どうなったんだっけ。

 俺が中学生の頃だったから、思うとも小学校の頃だ。妹が小さかったから、鳩を叩いてたんだよな。

 

 そんな記憶が頭を過ぎる。


「鳩といえば、幸せの象徴みたいな鳥ですから、その頃良い事があったかも知れないですよ?」

「あの、どこにでもいる灰色の鳩が?」

「鳩って言ってもいっぱい居ますからね。その鳩が運んだのは、厄介ごとかも知れませんが」


 綾香がニッコリと笑ってみせる。

 本当に楽しそうだった。


「でも、私思うんですよ?」

「何を?」

「マジックで使うギンバトって鳩。あの鳩、帽子とか服とかに入れられてかわいそうだなって……」


 突如、もの凄い疑問が飛んできた。


 俺の頭がフル回転する。こんな疑問にもしっかり答えてあげないと、俺の性根が腐る。なにか、言い事を言わなければ。

 バトンが渡ったときのような思い。


「まぁ、隠れる相手にもよりますよね。脇が臭いおっさんとかだったら、俺は嫌だな……」


 あぁ、ろくな事が言えなかったと思ってしまった。


「私は、人間の言いなりになる鳩が情けなく思えますね。社畜じゃあるまいし……」

「確かに」


 俺の解釈と、綾香との解釈が違ったようだ。もう少しまともな反応が出来たらよかったのだが。


「でも、鳩にも考えがあるんですよ」

「そうですね。鳩もわざと社畜を演じる馬鹿じゃあるまいしね」

「鳩といえば」

「?」


 俺は、一瞬背筋に冷たいものが走ったのを、気のせいだと押し込めようとしてしまった。実際は、本当に流れていたかも知れない。


「鳩を界から説明すると動物界、脊索動物門、脊椎動物亜門、鳥綱、ハト目、ハト科の動物なんですよ。そんな鳩の中でも更に分けられるんですけど、世界では

約四十二種二百九十種類居てですね、日本の在来種はカラスバト属、キジバト属、ベニバト属、キンバト属、アオバト属の五属十三種が居るんですよ。その中で、一般的な鳩が――――――」


 綾香は動物が好きなようだった。

 色んな意味で動物園は、間違えだったと思えてくるのだった。

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