10話 心構え
ピピピピ――――
枕元に置いてあった目覚ましが、俺を無理やり起そうとばかりに、うるさく鳴り響く。
手を伸ばして、目覚ましを止めると布団からモゾモゾと出る。体を撫でていく冷たい冷気が、まだ布団に入っていろと言わんばかりに体を冷やす。
しかし、窓の外には、夏と違い薄っすらとした太陽の光が部屋に差し込んで、リビングの方からは妹が作ったであろう朝飯の匂いが漂ってきた。
だが、若干焦げ臭い匂いがするが、気のせいだ、と無理やり頭の端に押し付ける。
「むむむ……」
口から零れる、今日はじめての言葉。
理解に苦しむ単語が出ていた。
重たい体を起しながら、部屋の中に充満している冷気に立ち向かいベットから這い上がる。首筋にフッと風が吹いたかのように冷たい風が撫でた。
「うぅ、寒いな……」
そういうと、寝起きであまり頭の回転が良くない状態のまま、ドアに手を掛け部屋を出ると、転げないように階段をおりリビングに下りる。
リビングの扉を開くと、妹がとっくに学校へと行く準備をしていた。そして、テレビからはアナウンサーが昨日あった事件を解説していた。
「あっ、お兄ちゃんおはよう」
「おはよう」
寝ぼけ眼の状態で、妹を見つめる。
「何? 朝っぱらからジロジロと実の妹を眺めて」
「いや、タイが曲がっていたからさ」
妹の下によると、首元の曲がったタイを直してやる。
「ありがと」
机の上に置いてあるカバンを妹は持つ。パンパンになった大きなカバンには、今日の授業で使うであろう教科書などが入ってあるのだろうが、それ以前にカバンの横に付いている大量のキーホルダーに目が行ってしまった。
あんなにいっぱいつけて、重たくは無いだろうか……。
ふと、学校での結衣のカバンが頭を過ぎった。結衣も、これに劣らないほどつけていたような気がする。
「えっと、何時出発だっけ?」
「七時三十分発だよ」
「この時期、朝の部活は無いのか?」
「うん、寒くてプールに入るなんて論外だからね。まぁ、体力つくりは歩けど、めんどくさいからサボる」
中学のうちから、部活をサボるとは何事だ。と、喝を入れたやりたかったが、これで全国レベルの奴だから、妙に口出ししづらい。
「まぁ、別に良いんだが」
俺は食器棚の中からコップを一つとると、インスタントコーヒーの粉を入れ、ポットを押しお湯を注ぎ込む。
ジュジュと音を鳴らしながら、徐々に粉がコーヒーに変わっていく様を見ている。
「朝ごはんはテーブルの上だからね」
コタツにいつの間にかスタンバイして、学校に行く前とは思えないくつろぎ体制で、妹が言う。
しかし、今日も元気に髪の毛がピヨッっと跳ねている。
寝癖くらい直せよ。
そう思いながら、テーブルの上に置いてある朝食を見る。
大きな皿にはケチャップのかかったスクランブルエッグとソーセージがあり、隣には味噌汁があった。
これが河野家での一般的な朝食だ。見栄えとしては、さほど良くないが忙しい朝のための効率重視の朝食。そして、節約術の集大成。
「おう」
素っ気無い返事をすると、自分の皿にご飯を盛りつけ、テーブルに置き自分も座る。
「あっ」
味噌汁があるのに、コーヒーを作ってしまった失敗を今更になって悔いる。が、それほどのことで一々残念がるほど、器は小さくないと自分に言い聞かせ、「まぁ、良いか」で済ます。
そして、黒色の漆塗りを施したような箸を持ち、もぐもぐと食べ始める。
「あっ、そういえばお兄ちゃん」
「ん?」
先程より、体勢を崩してくつろぎの体勢に入っている妹が聞いてきた。
こいつ学校行く気あるのだろうか?
「今日ってどこか行くの? 昨日結衣さんからメールがあったからさ」
頭を過ぎる昨日の自分。
そして、涙を浮かべる結衣。
結衣は怒っていないだろうか、と心の中で不安になってしまう。結衣は、人一倍誰かに気を使ってあげられる人だからこそ、自分の事になるとあまり上手く回らなくなるんじゃ無いかと不安になる。
「昼から……遊びに行く約束があるだけだけど」
「そう? 結衣さん、お兄ちゃんが明日デート行くからってメールで言ってたよ」
「あっ、そう……」
と、言うかあの二人いつの間にメアドを交換していたのだろうか。結衣を家に呼んだこともあるが、ここ最近は無かった筈だが。
「で?」
「あ?」
「お兄ちゃんのお相手って、どんな人なの? 可愛い人なの、それともクールな人なの?」
体の七割がコタツから出ている。先程のくつろぎモードからの急に一変して、質問攻めが襲ってきた。
「まぁ、お前が考えているよりもいい人だよ」
「ふぅん。お兄ちゃんの良い所ってどこなんだろうね」
今更思えば、俺と綾香は恋人でもなければ友達なのか不安なところにいることに気づく。
はじめて合ったとき、喫茶店に行き、その帰りに一週間一緒に居ようと言っただけである。それで、恋人となるだろうかという疑問が浮かび上がった。
だが、心の中の思いだけは本物だと感じていた。一方的な考えかも知れないが、これが恋という奴だろう。
「さぁな……」
妹の質問に対して、軽く受け流すともぐもぐと食べ物を口の中に詰め込む。
テレビの画面を眺めると、丁度経済のニュースが流れていた。新しい制度かなにかのことだった。
しかし、あまり経済などに詳しくない雄一にとって、難しい内容であることは変わりなかった。
「私からしたら、お兄ちゃんの良い所をあげるなら、妹に優しいところかな」
「それはお前限定だろ……」
「もう一つあげるとしたら」
なぜか、言葉を区切って小さく息を吸うと小さく微笑む。
その微笑に何が隠されているのかは、あまり深くは分からなかった。妹の微笑みには、時々深く考えさせられることがあるから、少し気になってしまった。
「その天性の跳ねた寝癖くらいだね」
「ほっとけ」
あまり気にすることではなかったようだ。
「まぁ、お兄ちゃんは色んな人に優しいからね。その辺惹かれたかもよ」
「俺のどこらへんが優しいのか、さっぱり分からないけどな……」
「顔じゃないのは、確かだね」
「怒るぞ」
いつもの他愛も無い会話だと思えば、この「怒るぞ」もさほど怖くないのだろう。
それを現すかの様に、ニコニコと笑う妹の顔がそこにはある。
「まぁ、俺があえて長所を言うとすると、誰でも平等に接せる所だな」
「自分で長所とか言うと、結構イタいよ」
なんか、やっぱり言わなければ良かった。
妹は、俺の発言に小さく笑っているし。
「それじゃあ、頑張ってよ。私そろそろ行くから」
妹は、カバンを手に取るとコタツから這い出て、そのまま崩れた制服を直すと玄関に向って歩いてく。
「健闘を祈る!!」
「お前も、授業中寝ないことを祈る」
そして「行ってきます」「言ってらしゃい」の挨拶を済ませると、急に部屋が静まり返る。
テレビから流れてくるニュースキャスターの声だけが、部屋に流れていた。
手に取った箸で、残りの朝食をもぐもぐと貪っていく。
◇◇◆ ◇◇◆
俺は、昨日買ったばかりの新調したブーツを履くと、金属のひんやりとしたドアに手をかけ開く。
ガチャっと言う音とともに外気が体を撫でてく。その寒さは、冬と同じなんじゃないかと思うほどに、寒かった。
朝のニュースでも、今日は一層冷えると言っていた。
「さぁ、行くか」
俺は小さく呟くと、玄関を出る。
そして、ドアに鍵を掛けるとそのまま歩き出す。
これまた新調した、俺のイメージカラーのようなブラックとグレーのチェックのパーカーを一層深く着込む。
これからが本番なんだと、自分に言い聞かせて。




