9話目 改める想い
結衣は、雄一とラーメン店に寄ったあと、重たい足取りで家まで歩き、帰ったと同時に部屋に走って、ベットにもぐりこんだ。
頭を流れたのは、雄一の言葉だった。
『俺には、今、好きな奴がいるんだ!!』
その言葉が、頭の中をクルクルと回る。そして、一度抜けたかと、思うとまた頭の中に流れる。
枕に顔を押し付ける。そして、隣においてあるクマのぬいぐるみを抱き寄せると、ぬいぐるみに、顔を向ける。
「ねぇ、私って駄目なのかな?」
ぬいぐるみに話しかけても、答えが返ってくるわけがない。それを分かっていても、心の内を話す相手が欲しかった。誰かに、この胸の内を聞いて欲しかった。
しかし、ぬいぐるみは笑った表情のまま、答えてくれる気配がない。答えたら、それはそれで怖く思えてしまう。
ふと、結衣は苦笑いをしてしまった。
「私って馬鹿だなぁ」
今までの自分の行動が、少しずつ鮮明に思い出されていき、それに対する雄一の反応が思い返される。
結衣が軽くボケると、雄一が華麗に受け流す。そんな、いつもどおりの事が、今となっては幻の光景のように思えてしまう。
今、雄一はどんな気持ちなのだろう。ふと、気になるが、電話もメールするにも少し気が引けてしまう。
ふと気になった時間を、スマートフォンで確認すると九時を指していた。確認し終えると机の上に置く。
雄一と別れてから、二時間が経過していた。たった二時間前の光景が、頭の中にまだまだ鮮明に残っている。
ラーメン店の中での自分を思い返してみると、いつもとは違っていたな、と思ってしまう。
いつもみたいに、笑顔で元気な美少女のような自分を目指して、頑張っていたのに、ラーメン店で泣いてしまった。ラーメンを食べながら、ひたすらに号泣してしまったのを覚えている。
そのまま自棄食いとばかりに、ラーメンを三杯も平らげた挙句、餃子まで注文し、ご飯もつけてもらい、それを雄一に払わせる。なんて、最悪な女だろうか。今思えば、本当に酷いことをしたと悔やんでしまう。
「あー、私って最悪だ!!」
大きく叫びながら、ぬいぐるみに向って顔を摩る。ふわふわとした毛が、自分を慰めてくれているような気がする。
プルルルルル
スマートフォンがなったのに気づくと、手に取る。
画面を確認すると、メールが一件来ていた。画面をタップし、内容を見てみるとクラスメイトで友達の咲良からだった。
内容を見てみると、いつも通り絵文字やら顔文字やらが多い咲良らしい文章が書かれていた。内容の三割は、顔文字や絵文字などで埋め尽くされている。若干見ずらいのも、否定できない。
内容は、今から店に来れるかと言うものだった。
咲良はどこかのファミレスでバイトをしている筈だった。元気の良さから、お客の反応が良いとか、この前自慢話のように話していたのをふと思い出す。
店員の方とも、仲良くやっているようで傍から見たら正社員のようだ。
「何のようだろ……」
結衣は、重たい体を動かしながらハンガーに掛けてある白色のコートを取ると、羽織り出かけていく。
◆◇◇ ◆◇◇
咲良が働いている場所は、結衣の家からはかなり近く、十分も早歩きすれば着いてしまうほどだ。
交差点を曲がり、直線に進む。頭の中にインプットされた道を辿りながら、目的地へと向っていく。
目的地のファミレスに着くと、自動ドアをくぐり店内に入っていく。明るい店内が、外との暗さとの逆転を起し眩しくも感じる。
「いらっしゃいませ」
店内から、元気の良い声が聞こえてくる。
そのまま、店内に入って行くと店員の一人がこちらに来る。
「お席にご案内します」
「あっ、いえ咲良に呼ばれて来たんですけど……」
そういうと、店員は分かった口調で「分かりました」と言うと席へと案内する。
店内の明るい雰囲気にマッチするかのように、曲もピアノで弾かれた最近の有名歌手の歌が流れていた。
しかし、客は時間帯だからかさほど多くなく、ポツンポツンと数人が席に座っているだけだった。
「あっ、結衣!!」
「どうしたの咲良」
こちらに向ってテーブルに身を乗り出しながら手を振る咲良。私服ではなく、学校の制服でもなく、店で借りているであろうピンク色をした制服を着ていた。まだ仕事が終わってはいないのだろうか。
私が席に着くと、ソファーがモフッと言わんばかりに体重を吸収する。
「ご注文は、何にしますか?」
「えっ?」
咲良が呼び出したということで、頭がいっぱいになってしまっていた結衣は、ファミレスに来ているということを忘れてしまっていた。
驚くが、メニューを軽く眺める。
「それじゃあ、レアチーズケーキとドリンクバーをお願いします」
「かしこまりました」
そういうと、店員は店の奥に姿を消す。
「急に呼び出してごねんね」
「ううん、別に良いんだけどどうしたの。咲良から呼び出すなんて珍しいじゃん」
咲良は、明るい表情でこちらを見てくる。何故だから、こちらが不安になってきた。別に悪い事をした覚えが、無いのだが。
「そういえば、仕事は良いの?」
「一応、バイトは終わったから大丈夫。この制服は、今日洗濯するから着替えるのがめんどくて、来ているだけだから」
「そう」
咲良が制服をつまんで見せると、自慢であろうか大きな胸が「どうだ」と言わんばかりにブルンとなってみせる。なぜだろう、心が傷つく……。
「それより、どうしたの今日は?」
「うん、相談があってさ……」
「相談?」
今日は本当に珍しいことがあったものだ、そう結衣でさえ思ってしまう。
咲良で言えば、結衣と同じほど身長が低く胸も大きい。が、天然で可愛らしいの言葉で表されるほどの、校内で人気者である。
昼休みに教室の小さなステージに登って、降りる際に「とーう」と言って降りる様は、まさしく天然で可愛らしいともいえる。
そんな結衣が、これだけ真剣な目つきで話をするということは、それだけ重要な相談なのだろうか。結衣も、腰を構えてしまう。
「まぁ……恋愛相談なんだけどね……」
「咲良って、好きな人いるんだ」
前にも、男子から告白されたと言う話を聞いたばかりだ。その一ヶ月前にも、ラブレターをもらったと言う話を聞いた。それほどまでの、人気者が好きな人とは、とても気になる。
「で、お相手って誰なの? イケメン?」
「イケメンって言ったら、普通だけどさ……。優しくて良い人なの……」
「ふ~ん」
何故だろう、今日のことが頭を過ぎっていく。
フラれた自分の残像が、頭のなかでフラッシュバックする。お腹の中に残る、ラーメンの重たさが、心の重みを表しているようだった。
「私と、彼と初めて会ったのが運動会の委員会の時なんだ。そこで、優しくされて、それから一目惚れみたいに……ね」
運動会の委員会という事は、雄一も参加していた筈だ。
雄一の場合、女子の一人は決まったが、男子の中でやる人が居ないからと言う理由で、半ば強制のようにさせられたも同然で決められたはずだ。名前だけなら、雄一に聞けば覚えているだろうか。
「私って結衣と一緒で身長低いでしょ、それでもそんなのを気にせずに話してくれるのも、嬉しくってさ」
「それは、ちゃっかり私も侮辱してない?」
「そんなことは無いよ!!」
咲良の好きな人とは、一体誰なのだろうか。
考えているうちに、店員が来て「お待たせしました」というとトレーから、真っ白なレアチーズケーキ持って来てくれた。
「まぁ、一旦ドリンク取ってくるね」
「うん」
それだけ告げると、一旦席を離れる。
コップを取り機械の前に立つと、慣れた手つきでコーラのボタンを押す。ジューという音とともに、炭酸のコーラと水が交互に出てくる。毎回思うのが、これが経費削減って言うものなのか、と言うことだった。
そして、席に戻る。
「ねぇ、いい加減名前を教えてよ咲良」
「結衣と同じクラスなんだけどね……」
なんという偶然だろうか、同じクラスなら結衣も知っている人なのだろう。優しいくて、身長が高いというと該当する人はいるものの、結衣の頭の中に一番に浮かんだのは雄一のことだった。
心で、馬鹿な私と笑ってしまう。
「――――――河野雄一さんなんだ……」
「えっ……」
驚きのあまり口から声が漏れてしまっていた。
頭の中に繰り返されたのは、河野雄一と言う結衣の好きだった、フラれた今でもまだ心を寄せる人物だった。
その名前を聞き間違えるわけが無かった。それも、結衣に限ってだ。
「結衣、クラス一緒でしょ? それに仲が良いって聞いたからさ、紹介して仲良くなる手伝いをして欲しいな……って思ってさ」
「う、うん」
「図々しいかな……?」
図々しいに決まっている。心の中で、どこから湧いたか分からない怒りが込み上げてきた。
雄一が好き? 馬鹿じゃないの?
そう声を上げそうになるのを、堪え平常心を心がける。
「良いけど……でも……ねぇ」
しかし、困ってしまう。
今日、ほんの数時間前に目の前で堂々と『好きな人がいるんだ』と言われたばかりである。それを、どう咲良に伝えてよいのか分からず、困ってしまう。
小さく心の中に、燃える怒りが突如哀れな感情に入れ替わっていく。
なぜ、恋敵のような咲良に協力しないといけないのだろうか。雄一に、好きな人がいると言うのにだ。なぜ、協力しなければと、自分の中での葛藤が始まっていた。
が、なぜだろうか直ぐに答えは見つかってしまった。
「雄一を紹介しても良いけれど……雄一好きな人がいるよ」
「えっ、そうなの!?」
「うん。あっ、でも私じゃないから安心して……誰かは知らないけど……」
「そうなんだ……」
咲良が、若干俯きながら考える。
「好きな人がいるのかぁ……」
ぼそりと呟くと、決意を決めたように結衣に向って視線を向ける。
「私、雄一さんに振り向いてもらえるように頑張る」
なんというポジティブと感心してしまうが、それを聞いて負けず嫌いな性格が刺激されたのか、それとも競争心が表れたのか何故か負けないという感情が産まれていた。
「まぁ、協力するから頑張ってね」
「うん!!」
咲良は、大きく笑うと結衣のレアチーズケーキを半分、強奪に近いかたちでフォークを使いとっていくのだった。
それを制止する結衣。
いつの間にか、結衣は自然な笑顔で満ち溢れていた。全てを振り切ったような、清々しい女子高校生の笑顔だった。




