エルフの森 連続ツルツル事件(十四) ネズミがモッサンになった日
『おのれ、おのれ……。やっと美しい身体を得られたと言うのに……』
地面に這いつくばり、千切れた雑草まみれになったマルセルネズミが恨めしそうにこちらを見上げる。そして何があったのか知らないが、急に目を大きく見開いてわなわなと震え出した。……なんだ?
『ひっ、ひぃぃっ! 黒鳥、黒鳥が何故ここに!? ぐっ、ぐおぉぉ醜い醜すぎますよ、そして無駄に大きいぃいぃぃぃぃぃ!!』
また俺の黒鳥さんを馬鹿にしやがったな。いいかよく聞け、この世の中に無駄な物なんて何一つ無いんだ。一見無駄に見える物であっても、どこかの誰かにとっては役立つ物かもしれないんだぞ。例えば俺の黒鳥さんにしてもセーラにとっては……って、おい。今気づいたが、何故やつに俺が見えるんだ? それに何だか視界がいつものダイレクトビューになってるような。不思議に思って振り返ってみると、そこにはもっと驚きの光景が広がっていた。
仲間たちが勢揃いしているのだが、明らかにその内2人は裸だったのだ。
「「きゃあぁぁぁぁあぁぁっ!?」」
「すまない、しばらく背を向けておく」
何という事だ。どうやらミラクルフュージョンは解除されてしまったようだ。恐らくスキルキャンセラーのせいだと思うが、この理不尽かつ滅茶苦茶な運営の悪戯でさえ解除するとは恐るべしスキルキャンセラー。マレビトたちが苦しんだという理由も分かるというものだ。
……それにしても、網膜にくっきりと焼き付いた2人の裸体はあまりにも美しかった。
セーラの身体に関しては至近距離で見る機会は多いが、こうして離れて見ると迫力が違う。着痩せするタイプらしく、思いのほか凹凸の激しい身体をしていた。特に胸。ちょっと……いや、かなり膨らんでるような気がする。その内俺の胸囲を抜くんじゃないかと心配になってくる勢いだ。初めの頃はやけに細くて軽く、俺からして見れば栄養失調を心配するレベルだったが、最近はちゃんと女性らしいふくよかさが出てきて実に健康的だ。やっぱりね、ダイエットとか言ってガリガリになっている女性より全然良いよ。細すぎる人間はちょっと苦手だ。
ルシアは何というか、意外だった。いつもローブを着ていて露出が少ないからか、肌が凄まじく白く美しい。陶器かと見紛うくらいで、下手したら死んでるんじゃないかと思ってしまうレベルだ。ただ、胸が思っていた程は無かった。普段は服の上からでも膨らみが分かる程度に大きかったのだが、今は見る影も無い。恐らく、ローブの下に装着していた胸当ての膨らみがパッドの役割を果たしていたのだろう。ルシアはフレイと同様に背が低め。そこに小さな胸とシミ一つ無い美しい肌と来れば、世のロリコン共は発狂して喜び転がり堕ち逮捕されるに違いない。ちなみに俺にはその気は無いと信じたいが、26という年齢で18のセーラに手をだしてる時点でロリコンだと言われても仕方ないかもしれない。
「2人共、服はあるか? もしかしたらアイテムボックスの中に入ってるかもしれないぞ」
「あ、あります! なんか綺麗にたたんで置いてありました」
「な……なんで新品みたいに綺麗なんだろう、このシャツ少しほつれてたのに」
「いいから着替えなよルシア。それともカトーさんに見て欲しいの?」
着替えはちゃんとあるようだ。新品同然に綺麗になってるというのが気になる所だが、これがミラクルフュージョンの効果ならば劣化した装備の修復に使えるかもしれない。なかなか良い事を聞いたぞ、と思いながら俺はほくそ笑んだ。
2人が着替えている間、俺はマルセルネズミが何かしでかさないよう監視を続けた。スキルキャンセラーのおかげで、リリーの保有していた自動HP回復スキルが効果は失われている。ダメージ回復が出来ないマルセルネズミは、ただ横たわって虫の息である。
俺はゆっくりと奴に近づいた。ネズミに取り憑いて、一体何を企んでいるのか聞こうと思ったのだ。以前に相対した時には具体的な計画を知る事は出来なかった。だからこの機会に聞いておこうと思ってたのだが……
『く、来るな……来るな、おぞましい地獄の怪物め! 汚れなき美しい私に近寄るんじゃありません!』
そこまで言うか。
お前、自分の姿を鏡で見てみろと。明らかに子供の落書きにも劣る失敗作が何を言うか。
頭に来たので、横たわるマルセルネズミの顔近くでしゃがんでみた。
「カトー流マッスル奥義48手の12、『M字開脚』!!」
『うぎゃあああああああっ!!!!』
まさに断末魔。
凄まじい絶叫が辺りに響き渡り、口から泡をふいて……
マルセルネズミは気を失った。
おや?
『兄さん、明らかにオーバーキルや。付け加えると変態さんやで』
「うむ。今回に関しては自分でも言い訳出来ないと思った」
ごめんねマルセル。そしていい加減、俺も服を着よう。
身だしなみを整えて、俺たちは再び横たわるマルセルネズミのもとに集まった。セーラは困ったように笑うだけだが、ルシアはジトッとした視線をこちらに向けていた。誠心誠意を込めて謝ったのだが、その視線は俺の厚い胸板すら貫かんばかりの鋭さなので許してくれてはいないようだ。どうしようかと途方に暮れてしまうが、今は我慢してマルセルネズミを優先しよう。奴に復活されたら今度こそ危ないのだから。
「シマ君、どうだろう。何か分かったか?」
『うん。こら内臓をやられとるな、血で溢れ返っとる』
シマ君はマルセルネズミの調べている。目から怪光線を出しているが、どうやらスキャンをしているようだ。制作者が何をしたくてこんな機能をつけたのかは知らないが、今は有り難い。
『どうも兄さん達の言ってた粘菌モンスターが侵食しとるみたいやな。けど菌自体は動いとらん。スキルキャンセラーのせいみたいやけど、となるとコイツは大戦期に魔族が使ってた人造モンスターの一種や。魔族は暴走因子を植え込んだモンスターを、魔法アイテムで制御するのを好んどったから』
怪光線でスキャンしながら、シマ君が分析してゆく。しばらくすると、なんと口から紙が出てきた。コンビニのレジからレシートが出てくるような感覚で、白い紙がギコギコと音を立てて出てきたのだ。だから制作者よ、君は一体シマ君をどうしたかったんだ。
『検査結果や。……やっぱりな、スキル欄にちゃんと粘菌攻撃/吸収/溶解(Lv50)って出とる。あと狂戦士化(Lv11)ってあるから、暴走因子はこれやな。となると確実に邪神系列モンスターで属性は闇やから、聖属性で消せるか。
……兄さん、聖属性の魔法持っとる?』
聖属性? そう言えばあの黒衣の男はホーリーレインで退治していたな。今の俺は聖属性など持っていないが、ボーナスポイントで獲得可能なはずだ。早速脳裏にステータス画面を呼び出して確認するが……
あれ?
あるにはあるが、獲得出来ないぞ?
【ホーリーライト コスト30※獲得出来ない属性です】
【ホーリーヒール コスト30※獲得出来ない属性です】
【ホーリーキュア コスト30※獲得出来ない属性です】
【聖なる加護 コスト50※獲得出来ない属性です】
……おかしいな。俺、いつの間に闇属性に傾いてたんだろう。背反する属性に傾き過ぎてたり、敵対する精霊や神の眷属になると獲得出来なくなるというシステムがあるんだが、それが適用されてるなら俺は闇の眷属って事になるんだろうか。なんか嫌だな、勘弁してほしい。悪い事なんてしてないのに。悪ふざけなら沢山したけど。
「すまない、俺は持ってないよ。ルシア、君なら聖属性の技を持ってるんじゃないか?」
「……持ってますけど、回復魔法しかありませんよ」
『それでもええんやけど、コイツ中途半端に聖属性も取り込んどるみたいやから、下手したら回復するかもしらんなぁ』
その言葉にルシアが一気に顔を赤らめる。……ああ、毛か。だから分かりやす過ぎるんだルシアは。ポーカーフェイスを覚えなさい。
『まぁええわ。今回は例外中の例外で、俺がこの粘菌を始末したる。ホンマは俺みたいな大戦の遺物が手を貸すのはよくないんやけどな。今更や』
そう言ってから、シマ君は口を大きくパカッと開けた。
『白猫魔導砲(聖属性)』
真っ白なレーザーが放射される。マルセルネズミは身動き一つとれないまま、レーザーをその身に受け続けた。そしてしばらくすると、腹部から突き出していた腕が跡形も無く消え失せていた。
『変形した身体は元に戻せんかった。けど、これでもう何かに寄生したり吸収したりは出来んようになったで。あとはコイツをこのまま殺せばシマイやけど、どうする?』
殺…して良いのだろうか。これまで沢山のモンスターたちを殺して来たし、俺なんかは元々人間だったモンスターさえ殺している。だから今更躊躇なんてしないと思っていたんだが、なぜかこのネズミに関しては例外らしい。マルセルにのっとられる前、確かにコイツには人格のようなものがあり、人の言葉をしゃべっていた。暴れていた原因はマルセルだろうし、話し合いが可能で危険性の無い人格の持ち主ならば、もう敵対する事も無いだろう。殺す必要も無いように思うんだが……
「みんなに聞きたい。原因が取り除かれた今、無理に命を奪う必要は無いと思うんだが、どうだろう」
俺が尋ねるとリリーとフレイが難しい顔をする。セーラはホッとした表情をしているから、殺したくないっぽいな。ルシアは……悪かった、悪かったからその目はやめてくれ。ゴメンって。
「カトさん、マルセルさんは消えたの? 人格がマルセルさんのままなら、何をするか分からないよ」
リリーが少し考えてから口を開いた。確かに言い分はもっともだ。マルセルの怖さは執念深さにあるし、その事を今回の件で俺たちは痛感していた。そしてフレイは別の視点から、ネズミを見逃す事に反対する。
「こんな身体になったら、もう普通には生きていけないんじゃないかな。一番怖かった体当たりも出来なくなってるし、放って置いたらこの森のビッグハンドあたりに殺されると思う。それなら今殺して、クエスト達成の証拠として突き出すのが一番良いんじゃないかな」
超現実的で容赦ない意見をアリガトウ。確かに無力化の証拠を示さないと、あのハゲエルフは信用しないだろうな。しかし……う~ん、このまま殺して良いものだろうか。
その時、不意に足下から声が聞こえて来た。
『殺シテ、ホシイ』
「……お前、起きてたのか?」
なんとそれはマルセルネズミ……というか、元のモッサンだった。口調も声もまるで違う。どうやらマルセルは消滅したらしい。一応リリーの懸念材料は消えたっぽいが、確かに身体はボロボロだし手足は妙に長くて扱いづらそうだ。
『モウ、腹モ痛スギテ苦シイダケナンダ。食欲モナイ。キットモウ助カラナイカラ、早ク殺シテ楽ニシテホシイ』
「お前……」
どうも強い食欲に突き動かされていただけだったのか、戦闘中の発言からは考えられない理性的な言葉を言うモッサン。殺す事を進言していたフレイでさえ困惑している。確かにこんな事を言われたら、情が湧いてしまう。
どうにか出来ないものか。粘菌にやられてモンスター化してしまうと、もう戻せないのだろうか。治療法は無いんだと、確か教会のネイが言っていたような。……あれ?
ネイは変化したよな。あれは植物化でモンスター化とは違うだろうが、とにかく身体が作り変わったような変化を遂げた事があった。もしかしたら、あの時のアレが使えるかも?
俺はアイテムボックスの中身を調べる。すると回復アイテムを集めた場所に、それは確かにソレはあった。
カトー農園産・異常回復薬草
ネイの持つ最高の種と、ローランドの無軌道成長スキルによって誕生した、最強の回復力を誇る薬草。下手したら頭から腕が生えるかもしれないという危険極まりない回復アイテムだが、既に腹から腕を生やしていたモッサンである。失敗して何本か生えても構わないだろう。少なくとも死ぬよりはマシな筈だ。ちなみにこれは薬草君本人から貰ったもの。庭の掃除をしていたらくれたのだ。俺と薬草君は結構仲良しだったりする。
「ダメ元でこれを使ってみよう。もしこれで助からなかったら、その時は俺が手厚く葬ってやる」
俺は先ず、肉厚な薬草をウォータージェイルで包み込んだ。そして木の机を作った時の要領で水に攻撃性を持たせ、水球の中で細かく刻む。充分に刻んだら水をウォーターヒールに変え、薬草ジュースを作った。味は不味くてもう一杯飲みたくなる健康飲料……にしたかったが、可哀想なので苺味にしておいた。そしてそれを彼の口元に移動させる。
「これを飲めばきっと良くなる。頑張って飲んでみてくれ」
『……ワカッタ』
口を開いたので、ゆっくりと流し込む。しばらく苦しそうに飲んでいたが、次第に飲むスピードが上がってゆく。最終的にはゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。そして……
変化が訪れた。
『ン……? 身体ガ、熱イ』
モッサンの身体が光を放ち始める。俺は反射的にセーラたちを背に隠して身構えた。大丈夫だとは思うが、あのルシアを弾き飛ばしたシーンを思い出したのだ。どんな風に変化するかは分からないが、万一暴走したら大変な事になる。
そんな中、シマ君だけは平然と空中でホバリングをしながらモッサンを観察していた。彼は多分、何が起きても対処できるくらいに強いのだろう。目から怪光線を出しながら宙を浮く彼は、なんだかとってもホラーだった。
『……おいおい。兄さん、ちょっと来てみ。びっくりやで』
次第に光が小さくなって行く。シマ君に促されて警戒しながら近づくと、そこには先ほどまでの異様な姿は無く。かわりに、なんと小さい毛の球が転がっていたのだ。これは俺もビックリである。モッサンはどうなってしまったのだろうか。
「これは毛玉だな。彼は毛だけ残して消えてしまったのだろうか」
『いやいや、これが本来の姿や。シロヤマネズミは最大30cmまでしか大きくならん。せやから大きさ自体はこれが正解なんやけどな、コイツ、種族が変化しとる』
「種族……?」
シマ君の口から、またレシートっぽい紙がギコギコと出てくる。気持ち悪いからやめて欲しいんだ、割と真剣に。
その紙には、彼の現在のステータスが記されていた。
名前 モッサン(仮)(Lv100)
種族 モッサン
HP 5500/5500
MP 4500/4500
筋力 180
耐久力 220
敏捷 195
持久力 210
器用さ 425
知力 150
運 610
スキル
自動HP回復(中)
自動MP回復(中)
逃走確率上昇(中)
ステルス移動(大)
影分身の術(Lv18)
身代わりの術(Lv11)
土遁の術(Lv10)
火炎剣(Lv4)
ウォーターヒール(Lv12)
螺旋槍(Lv3)
ソードダンス(Lv1)
体当たり(Lv67)
呪詛耐性(強)
ひるがえり(Lv3)
パリイ(Lv2)
結界破り(Lv2)
成長補正(中・本人のみ)
犬の鼻(Lv1)
素晴らしき大防御(Lv1)
毛マスター(★)
恐ろしいステータスだ。もしかしたらクランのメンバー全員でかかっても、もう倒せないかもしれないくらいに。というか種族モッサンってなんなんだ、本当にそんな種族あったのか。スキル欄に毛マスターってあるけど、毛を食いすぎたからこんな事になっているのか。意味不明にもほどがある。
しかし唖然としていたのは俺くらいで、仲間たちはモッサンの姿を見て何やら瞳をキラキラとさせていた。なんだ、可愛いのか? 確かにちっちゃくてフワフワで可愛いかもしらんが、恐ろしく強いんだぞ、その毛玉は。
「お…ぉおお……フワフワ、フワフワですよカトーさん!」
「セーラさん、私も。私も抱っこしたいです!」
「あ、ズルいルシア、次私! セーにゃん、次私だから!」
「……私はいいや。さっきまでマルセルさんだったヤツを抱っことか出来ないもん」
リリーのリアクションが普通だろうな。セーラとルシアとフレイは、色々と切り替えが早すぎると思うんだ。しかし……治療は成功したと見ていいんだろう。シマ君の検査結果を見る限りは、マルセルの影はもう無いみたいだし。
「みんな、まだモッサンは意識を戻してないんだから、そっとしといてあげよう。とりあえず『おやすみハウス』に戻って、ベッドに寝かせてあげようか」
『せやな。全員疲れとるやろうし、帰って休むとええわ。よう考えると朝飯もまだやしな』
こうして、俺たちとモッサン(マルセル)の死闘は幕を下ろした。結果はシマ君のおかげで辛くも勝ちを拾ったといった所で、文字通りの辛勝だった。今回は予想の遥か上を行く強敵だったが、これから討伐クエストを受ける時は事前にしっかり情報収集をしておくべきだと実感する。そして俺は、次にこれからすべき事について思いを巡らせため息をついた。
カパマーキ村の長への報告。モッサンが助かった以上、無力化という解決方法は達成出来なかったし、このままモッサンを野に返したらあの連中は絶対に納得しないだろう。さて、どうしたものか。クエストを放棄してもいいけど、まだ結成して間もないクランである。評判を落とすのは避けたかった。
まあ、そこらへんは食事の後にでも皆と相談しようか。俺一人で悩むよりも、大勢で悩んだ方がきっと良い答えが出せるに違いない。
後ろでワイワイと騒いでいる仲間たちの声を聞きながら、俺は遺跡への道を歩いて行った。




