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エルフの森 連続ツルツル事件(十三) 死闘の果てに


 突然だが、ゲーム『ワイルドフロンティア』には視点切り替えという機能があった。この機能は主に完全なヴァーチャル視点に慣れない人用に用意されたもので、後方から自キャラを見て遊ぶワイドビューという視点と前述の完全ヴァーチャル視点、ダイレクトビューの二種類を選ぶようになっていた。俺はせっかくヴァーチャルゲームをやるのだからとダイレクトの方を選んでいたが、一般的には死角が生じにくいワイドビューでやるのが主流だったらしい。また、装備した武器防具を見て楽しみたいというプレイヤーが多数派を占めていて、俺のように徹底して臨場感を求めるタイプは少なかったようだ。衣装確認がしたいならステータス画面を開けば良いだけだと思うのだが、俺の感覚はどうも一般とはズレているらしい。


 ただ、俺はこの世界に来て自分の視野の狭さに気づかされた。ワイドビューはワイドビューで良い所もある、と思ったのだ。あのミラクルパンツの奥義ミラクルフュージョンを発動して意識を失った俺は、どういう仕組みか分からないがワイドビュー・モードで森の中を眺めていて。これもどういう理屈か知らないがセーラ、ルシアをそれぞれ真後ろから視界に捉えた状態にあり。しかも2人の姿は女子プロのコスチュームというよりは競泳水着をもっと鋭角的にカットしたような蠱惑的な衣装に身を包んだものだったのだ。けしからん、これは実にけしからんよ運営。これが許されるなら俺の以前の下ネタ装備も許されるんじゃないか、と思ってしまうくらいに際どいラインだ。


 セーラはピンク、ルシアはブルーを基調とした色使いのコスチュームだが、後ろから眺める限り2人ともVラインは倫理コードスレスレ。お尻は半分以上出てしまっている。背中もパックリ開いていて、これに本当に防御力などあるのだろうか、と疑問を抱かせるほどだ。セーラもルシアも自分の姿に戸惑っているが、それは俺だって同じだと言いたい。一応、強敵を前にして危機的状況だというのに、一人戦線離脱してお尻観察モードに強制移行されるとは思わなかった。想定外の事態であり、誠に遺憾である事をここに表明します。……こりゃ凄いわ、ワイドビューって本当凄い。


 しかし楽しんでばかりもいられない。モッサンは2人の変身に戸惑ったものの、既に攻撃体勢を整えている。どうやら装備が変わって頭部が丸出しになった事により、2人の髪の毛が新たにターゲッティングされたようだ。こうして全体が見通せるとよく分かるが、味方の中で冷静なのはフレイだけである。彼女は木の上から弓を構えて集中しているが、それ以外は混乱状態にあった。


「セーにゃんもルシアも動いて! 攻撃、来るよ!!」


「は、はいっ!」

「え、あ、ちょっ……わっ、見えちゃう!?」

「見る人居ないから動いて、ルシア!」


 すまない、しっかり見ている人間がここに一人いる。いや、そもそも俺はどういう状態なんだ? 透明人間みたいになっているとか?


『プギュ!』


 そんな事を考えている間に、モッサンは攻撃を開始した。モグラ叩き戦法をやめて普通に突撃するつもりらしい。危険度が増したが、そこに効果的な攻撃を加えるのはフレイだ。木の上から数本の鉄の矢を放ち、モッサンの気を散らす。


「へっへ~ん、もうアンタの速さには慣れたよ。これからは絶対に外さない!」


『ギュギュ……』


 放たれた矢は全てモッサンの身体に突き刺さっていた。すぐに抜け落ちてしまったが、それなりに痛みはあるらしくモッサンも上を睨みつけるようにしている。その隙にセーラとルシアは戦闘体勢を整えるが、どうも変身時に一度装備が解除されたらしく武器を持っていない。丸腰状態になっていた。


「セ、セーラさんどうしよう!? 私たち武器が無くなってる!」

「大丈夫です、さっきカトーさんが『俺の力を預ける』って言ってましたし、普通に叩いたりするだけでもカトーさんみたいに凄いダメージが与えられるハズです!」

「なんでそんな事が分かるの!?」

「『直感』です!」


 最近なんでもアリになって来てないか、『直感』。しかしあのアナウンスが間違いないならセーラの言う通りのハズだ。セーラなら魔法、ルシアであれば格闘という得意分野で攻撃すれば、あのモッサンにも大ダメージを与えられるだろう。



「リリ姉、ビッグハンドの時を思い出して! 突進は風で勢いを殺せる!!」

「……っ!! そっか、それなら私にも出来る!」


 木の上から指示を出した後、フレイは素早く移動を開始してモッサンの視界から外れる。モッサンは分身で攻撃しようとしたが、ちょこまか動くフレイを追うのが面倒になったのかすぐにターゲットを2人に戻した。その間にリリーは2人とモッサンの間に入って銅の剣を構える。……なんだか、俺が居ない方が連携とれてるように見えるんだが気のせいか。


『ピギャアァッ!!』


「筋力爆発、疾風剣&『ソードダンス』!!」


 モッサンの体当たりが一直線に3人を襲う。それはさながら黒い弾丸だったが、リリーが回転しながら放つ風の剣舞の効果範囲に入るとその影が消えた。分身だ。


「ワンパターンなんですよ、攻撃がっ!!」


 そして真横から飛んでくる毛玉に、いち早く反応したルシアが狙いをすました蹴りを放つ。モッサンは風の影響を受けたのか突進力がやや衰え、ルシアでも容易に蹴りを当てる事が出来た。


「『奥義・外道昇天脚』!!」


 バゴォッ!

『オウフッ』


……なにか痛々しい声が聞こえたような。そしてゴメン、ルシア。そのハイキックは余りに眼福すぎた。このワイドビュー視点ってバックショットだけじゃないんだな、結構視点に融通が効くようだ。


 真上に吹っ飛ばされたモッサン。そこに容赦なく攻撃を加えるのはセーラだ。セーラの突き上げられた両手には、恐らく体内の魔力の殆どが集まっているんじゃないか、というくらいの魔力の渦が出来ている。そして次の瞬間、聞き慣れたフレーズからは想像出来ない巨大なカマイタチがその両手から放たれた。


「『ウィンドスラッシュ』!!」


『ピッ……!?』


 本能で死を予感したのだろう。モッサンの目が大きく見開かれ、顔が恐怖に強張った。そして身体から力が抜けて目も白目を剥いたようになった、その時。




『……この程度の恐怖で意識を失うのですか。まあ、その方が都合が良いですけどね』




 モッサンが突然流暢に話し始める。

 寸前まで迫り来ていたカマイタチは、なんと腹部から突き出た手のような物ではじき飛ばされてしまった。これは……なんだ!?




 空中でモッサンがピタリと止まる。意識を失ったのか、グッタリとうなだれているものの口は動き続けた。そこから発せられた声を聞いて、セーラとリリーは顔を青ざめさせる。勿論、俺ももし肉体を持っていたら同様のリアクションを取っていただろう。この声は聞き覚えがありすぎたのだ。


『やっと完全に肉体を支配出来ましたよ。なかなか根性のあるネズミでしたが、やはり所詮は下等生物。寄生してしまえばこっちの物です』


 ゆっくりと地上に降りてくるモッサンの形をした何か。胴体部分はそのままだが、短いネズミの手足がどんどん肥大して人間の物と同じ形に変化して行く。これはキモい、キモすぎる!


『しかし残念だ。私が一番復讐したい男は居らず、会いたかった白鳥も居ない。だからせめて、あの時仕留め損ねたお嬢さんには私の味わった苦痛と屈辱を体験してもらいましょう』


 地上に降り立ったモッサンは、巨人並に伸びた手足を持つ巨大ネズミ男になっていた。


『お久しぶりです、セーラさん、リリーさん。お会い出来て嬉しいですよ』





「マルセルさん……」

「あの時死んだハズなのに、なんで……」



 やはりお前か、マルセル・マニマル。腹部から飛び出した手は、恐らくあの戦いの最中に切り離した腕の成れの果てだろう。あの赤毛の兎人族の女性と黒ずくめの男によって処理されていると思っていたが、生き延びていたようだ。参ったな、奴はあの時でさえパンツマン第二形態になってやっと倒した相手だ。魔力をかなり消費したセーラではまともに戦えるか微妙な所だぞ。……くそっ、俺の体力が一割を切らないと解除出来ないというのはこの技の最大のデメリットだな、このままではやられてしまう!


『さあ、見せてあげましょう。あれから益々強くなった私の、圧倒的なまでに美しく強い姿を!!』


 ネズミ男が何を言ってるんだ、鏡があったら見せてやりたい所だ。モッサン改めマルセルネズミは、ネズミらしからぬ長い脚を蹴り上げ猛スピードでリリーめがけて走り出す。ヤバいと思った次の瞬間、なんとその軌道にルシアが割り込んだ!


「ル、ルシア!? 危ないから、早く逃げ……」

「大丈夫です、リリーさんは私の後ろに隠れて!!」


 突進してくる人の手足を持ったネズミ。いやムチャだろ逃げるんだルシア、と叫びそうになるが、腕を胸前でクロスしたルシアは身体から真っ白な光を放ち始める。何をする気か分からないが、本気で盾になるつもりらしい。


「偉大なる盾の女神よ我に加護を与え給え……『大防御』!」


 ルシアが叫ぶ。すると白い光は収束してルシアの周りを取り囲み、翼の生えた天使のような姿へと変化する。マルセルネズミがルシアを捕まえようと腕を伸ばすが、その光に触れた途端に身体を痙攣させながら吹っ飛んだ。


『ギャアアァァァァッ!?』


 体長2メートル近いネズミ男が空高く舞う。そして巨木にぶち当たって身体の半分近くがめり込んでしまった。


 パキィイィィィィン……

 天使のエフェクトが、硝子が砕けるような音を立てて散って行く。ルシアはニッコリと微笑みながらリリーたちに振り向いた。


「元々は一割の生命力と引き換えに、物理攻撃を完全に防ぐ技です。カトーさんのせいで変な事になってますけど、これなら2人を守れますよ」


「ルシア……」

「凄いです、ルシアさん!」


 これがステータスカードにあった『素晴らしき大防御』か。もしこれがゲームにあったら戦い方が随分変わっただろうな。ルシアはすぐに回復魔法を使って減ったHPを回復させている。これならそう簡単にはダメージを受けなくてすみそうだな。ルシアはセーラの方を向いて話を続ける。


「セーラさん、魔力はどれだけ残っていますか?」


「それが……多分、通常の威力の『ウィンドスラッシュ』を5回唱えられるくらいしか残っていません。自動MP回復の杖も無い状態ですから、魔法戦はそんなに出来ませんね」


「そうですか……」

 少し困ったような顔をするが、すぐに何か閃いたような顔をした。

「なら、これから私が指示を出しますから言った通りの場所に魔法を放って下さい」


「わ、わかりました!」


「リリーさんも、これからしばらく私の指示通りに動いてもらえますか」


「いいよ。カトさんが居ない今、ルシアがリーダーやってくれたら助かるもん」


 ルシアがリーダーシップを発揮し出している。思えば冒険者としてはルシアの方が先輩だし、修羅場を経験した数も上なのだ。もしかしたら俺がリーダーをやるよりも上手く戦えるかもしれないな。……ちょっと複雑な気分だけど。










 マルセルネズミとの戦いは、意外な事にルシアたちがイニシアチブを取っていた。どうやらマルセルは肉体を支配したもののスキルを発動させるのに四苦八苦しているらしい。よくよく考えれば当たり前で、あの最凶の攻撃『体当たり』は全身を猛烈に縦回転させて突っ込む攻撃スキル。長い手足なんて生えたら邪魔で仕方がないのだ。また忍術にしても発動に時間がかかり、その隙にルシアから跳び蹴りを食らってしまっている。無理な身体変化は長所をことごとく潰していた。


『くっ……ちょこまかとうるさい小娘です!』


「あなたは気持ち悪いネズミですねっ!」


 長い腕を振り回すも、格闘技に長けたルシアは全ての攻撃を見事に避けてみせた。その間も、リリーは疾風剣と火炎剣を使いこなしてマルセルの身体に細かな傷をつける。セーラは拾った小石を投げて攻撃しながら、何かのタイミングを測っていた。フレイはというと、木の上からステータス異常の矢を的確にマルセルネズミにむけて放っている。鈍足効果があるらしく、マルセルネズミは徐々に動きを鈍らせていた。


 こうして外から見ていると、ルシアの狙いが何となく読めてくる。ルシアはなるべくマルセルネズミを一カ所に留まらせるように戦っていた。そしてリリーは時折あらぬ方向に向けて火炎剣を放ち、木々に大きな焼き印のようなものを残している。フレイはルシアのやりたい事を察したのか、木から降りて茂みの中からの攻撃に切り替えていた。そして一進一退の攻防がしばらく続いた後、ルシアが大技を仕掛ける。


「奥義、『心的外傷幻惑拳』!!」

『ぬうううぅぅぅっ!?』


 一瞬ルシアの右手が光ったと思うと、マルセルネズミはビクンッと身体を痙攣させて硬直する。そして何やらブツブツと呟き始めた。


『あ…ぁあ……お母さん、お母さん……殴らないで、殴らないで……』


 心的外傷……つまりはトラウマか。マルセルの辛い過去が、頭の中でリフレインしてるというのか。とんでもなくキツい技だな、マルセルが可哀想になって来たぞ。


『殴らないで、僕の目覚まし時計……チャッピー、チャッピーが死んじゃうぅぅ!!』


 どんなシチュエーションだよ、全くもって意味分からんわ! チャッピーって目覚ましの事か、そんなんでトラウマ作るな!!


「セーラさん、今です! リリーさんもフレイちゃんも離脱してっ!!」


「はいっ!」

「わかった!」

「ルシアも早く逃げて!!」


 マルセルの動きが止まった途端に、ルシアたちが急いでその場から離れる。そしてセーラは練り上げた魔力をまた両手に集めてカマイタチを作る。


『そんな、何かの間違いです! 私はカンニングなんてしていない、ちょっと不穏な気配を察知して視線を向けただけじゃないですか!』


 マルセルのトラウマは次のシーンに移っている。セリフだけだからよく分からんが、とりあえずそれは立派なカンニングだと断言しよう。


「『ウィンドスラッシュ』!!」


 その間にセーラはまた風の魔法を発動させる。先ほどよりも小さいが、それでも充分大きなカマイタチを5つ作り出し、それをリリーが焼き印をした5本の木に目掛けて発射した。


 ズバッという音を立てて、切れ目が入る。リリー、ルシア、フレイはそれぞれの木に軽く攻撃をして倒れる方向を調整した。木は丁度中心にいるマルセル目掛けてゆっくりと倒れ始める。


『ええいおぞましい! 白鳥、白鳥を出しなさい!! い、いや、やめろ、黒鳥はイヤアァァァァァァァァァァ!!!!』


 そしてそのトラウマは俺の黒鳥さんの事だな、失礼なっ! こっちだってお前になんぞ見せたくなかったわ、見物料払えコノヤロウ!!





 バキバキバキバキ……


 巨木が倒れる。


 幹周りが3メートル近くあるような、そんな巨木がゆっくりとマルセル目掛けて倒れて行く。そして技の効果が解け、マルセルが我に返ったと同時に、その巨木たちは一斉にマルセルの上へと覆い被さって行った。




『あ、あっ……ァアアァァァァァァァァァァアッ!?』


 ズズゥーーーーーーーンンッッ……


 巨大な地響きが周囲に鳴り響いた。空気は衝撃で震え、土埃が辺りを覆い尽くす。これはさすがに死んだだろう、セーラの攻撃で倒された巨木だから『防御力無効攻撃』が発動している可能性が高い。というか、いつの間にか幸運スキルを身につけていたセーラに俺のステータスが上乗せされているのだから、確実に発動しているだろう。普通の人間があれだけの巨木に押し潰されたら、多分かなりスプラッターな事になる。


 ルシアたちは、してやったりといった表情をしていた。短時間でこれだけの作戦を立てて連携出来るのだから、やはり皆のポテンシャルは並外れたものがある。しかし得意気になっていられたのも、ほんの束の間の事だった。なんと積み重なった巨木が動き出し、その下から血まみれのマルセルネズミがあらわれたのだ。


『ぐ……こ、これはかなり効きましたよ……』


「そんな、あれだけまともに直撃したのに!」

 ルシアが驚愕の声をあげる。そんな彼女にリリーはすぐさま声をかけた。


「ダメージはかなり与えてるよ、あとちょっとで倒せる!」

「そうですルシアさん、元気出して下さい!」


 セーラも励ましの言葉を投げかけるが、どうもルシアは予想外の事があるとショックで固まってしまう癖があるようだ。動揺で動きが止まっている。そんな彼女とは対照的に、既に次の事を考えて動いているのはフレイ。弓を目一杯引いて、スキルを発動させる。


「セーにゃん、リリ姉、一旦ルシアを連れて退いて! ここは私が引きつける!!」


「フレイさん!?」


 フレイの身体が一瞬光り、放たれた弓矢に一際大きくなったようなエフェクトがかかる。『強弓』だ。矢は一直線にマルセルネズミの頭部を目掛けて飛び、正確にコメカミ部分に突き刺さった。が、マルセルネズミは何事もなかったかのようにその場に佇んでいる。


『これは劣勢です。かなりの劣勢です……が、私はついに逆転への足がかりを掴みましたよ』

 丁寧な口調が不気味さを増す。ニタニタとネズミの顔で笑いながら、マルセルネズミは仲間に引きずられるルシアに向かって声をかけた。

『あなたとの格闘の最中、こんなものを手に入れました。これが何だか、分かりますか?』


 そう言って、マルセルネズミは腹から生えた手を上げる。どうやら何かを摘まんでおり、それは細くてひょろっとしていた。……何かの毛か?


「それは……えっ、まさか!?」


 ルシアが目を大きく見開く。


『そうです、あなたの体毛ですよ。これを吸収すれば、また私は新たなるスキルを身につけられるのです。素晴らしい技をお持ちですからね、それが今から私のものとなると思うとゾクゾクしてきますよ』


 体毛、ルシアの体毛か! いやしかし、それにしては短くないか。ルシアの髪の毛は肩くらいにはあるから、長さが一致しないように見える。なんだかフニャフニャしてるしな……


 ルシアが顔を真っ赤にする。ババッと身体を隠すような仕草をするが、そのリアクションのせいでどこの毛か分かってしまった。ああ、なるほど。マルセル、貴様は変態だ。そしてルシアは分かり易すぎる。そこを押さえるな、そこを。


『あ~ん……』


「やめてぇえぇぇぇぇぇっ!!」


 変態ネズミが口を開けて、今にもその毛を飲み込もうと舌を伸ばす。ルシアは隣の2人を振り払い、猛スピードでマルセルへと駆け出した。


「ルシア!?」

「危険です、ルシアさん! 戻って下さい!!」


 ルシアが跳躍し、空中で一回転する。そして物理法則を無視したような高速移動で跳び蹴りをマルセルに放つが……




 ピカッ!

「きゃあああっ!!」


 凄まじい光と共に弾き飛ばされた! 真っ白な光は何かの形に収束されているが、それはついさっきルシアが纏っていたものと同じ天使のような形をしている。つまり、これは……『素晴らしき大防御』だ。地面に打ちつけられたルシアは、半ば絶望したような顔でマルセルを見上げる。


 そのネズミには、人の手足だけでなく真っ白な翼をも生やしていた。


『ウフフ…ウフフフフフフ! 美しい、私はとっても美しいィィィイイ!!』


「あ……ぁあ、ぁ……」


『私は、私はついに手に入れました! 白鳥のように美しいこの翼を! これで私は世界で最も美しい生物となったのです!! ビューティホォオオウッ、モストビューティホォオオウッ!!』


 奇声をあげて喜ぶマルセル。どう見ても鳥とかネズミとかがしっちゃかめっちゃかになった異形の物体としか見えないが、本人的には大満足らしい。しかしこれはマズい事になったぞ、さすがに大防御まで使いこなされたら勝ち目は無くなってしまうだろう。どうにかして助けに入りたいが、今の俺には手の出しようが無い。ミラクルフュージョンは使い勝手が良いように見えて実際はデメリットがかなりあるスキルのようだ。どうにかして解除出来ないものだろうか。





 マルセルの変化に、仲間たちの顔から戦意が喪失して行く。唯一フレイだけは必死に打開策を考えているが、焦りばかりが先行して顔が強張っていた。くそっ、どうすれば良いんだ。こんな時こそ、アナウンスがあって然るべきだろうが。俺も必死に考えるがどうにも上手い手が思いつかない。


『フフフ……では、そろそろこちらから攻めていきましょうかね。あなたたちには随分と痛い思いをさせられました。先ずはあなたから血祭りにあげてやりましょう』


「くっ……足が、腰が抜けて……」


 もがくルシア、そこに伸ばされたおぞましく伸びたマルセルの腕。いつの間にかそこにはびっしりと黄色い粘菌がまとわりついている。そしてその指先がルシアの身体に触れようとした、まさにその時。


 不意に、聞き慣れた関西弁が耳に入ってきた。




『そこまでや。ようやっと、たどり着いたで』



「シ、シマさん……?」




 見上げるとそこには妖精猫のシマ君の姿が。何があったのか知らないが、なんと下半身が無く、そこからジェット噴射で炎を吐き出しながら宙を浮いている。その首には赤い宝石をあしらったブレスレットのような物が装着されていた。


『まさか俺らが苦しめられたアイテムに助けられるとは何とも皮肉なもんやけど……今はホンマに大助かりや。

 いくで、化けもんネズミ!! お前のけったいな成長もここまでや!』


『な、なんなのですかアナタは! 美しくない、極めて美しくないですよその姿は!!』


『やかましい、この畜生を適当に混ぜてこねくり回したような変態生物が!』

 首輪と化したブレスレットの宝石が、一際強く光り輝いた。

『スキルキャンセラー、発動!!』





 世界が真っ赤な光に包まれる。


 それはどこか禍々しさすら感じさせるほどにギラギラとした輝きで、周囲を染め上げて行く。そしてその場にいた者たち全てに、強烈な倦怠感と脱力感を与えた。まるで重りをつけたかのような負荷を感じて、ルシアたちは顔をしかめる。しかしそれ以上に苦悶の表情を浮かべたのは、マルセルだった。


『ぐっ、これは……痛い、痛い、痛い! 胃が、胃に穴が開く……ぐあぁぁぁあぁぁぁっ!?』


 口元から血を流しながらマルセルはうずくまり、のたうちまわる。一体ヤツの身体に何が起きているのかは分からないが、一つだけ確信を持って言える事がある。それは……






 もはやヤツに勝ち目は無い、という事だった。









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