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冒険者カトー、武器を買う

 フォーリードの街の北部にある真っ白な建物。三階建てのこのオフィスビルのような四角い建物が、よく話にのぼる冒険者ギルドである。入って直ぐにある受付カウンターには毎日のように物々しい格好の猛者たちが列を作っている……という事も無く。結構ガラガラだったりする。俺たちは大して待つ事無く新規登録を済ませた。登録手数料は一人100万。書類審査などに時間を取られるのではないかと思っていたのだが、受付の若い男が説得力のある説明をしてくれた。


「クロス様から、もしカトー様が登録に来たら宜しくと言われております。ルシア様からも信頼できる方だとお聞きしておりますので」


 素晴らしきかな、コネクション。人脈って有り難いものなのだなぁ。


 ギルドから身分証明書となるギルドカードが発行される。銀色に輝くカードには、今まで脳裏にしか現れなかったステータスが、表面に記載されている。これで俺たちは冒険者となる事が出来たのだ。


「なんだか、実感が沸きません。こんなにすんなり冒険者になれるなんて……」


「俺なんか嫁に失職した事すら伝えてねえってのに……勢いに負けてついて来たらとんでもねえ事になっちまった」


 2人は放心状態だ。


 あれから俺は強引に2人を勧誘した。ギルドの登録手数料に加え、一年間俺専属のパートナー契約を結んでくれと頼んだのだ。契約金は2000万。これには2人も驚いて飛び上がった。


 少し考えれば、これは高い金額ではない。命の危険や今後買い揃える装備品の事を思えば安いかもしれない。しかし2人は自分たちにそんな価値は無いと言った。そこで、俺は必死になってこう言ったのだ。

「俺にとって、2人にはそれだけの価値があるし2000万じゃ足りないと思ってるくらいだ。重要なのは俺にとって価値があるか無いか。俺はこれまで誰かと仕事をして、ここまで楽しんだ事は無かった。充実した事も無かった。だからその幸せだった時間を、一年だけでもいいから続けさせて欲しい。2人の貴重な人生の一年を、俺に買い取らせて欲しいんだ」

 口下手な俺が、精一杯気持ちを込めたのがこのセリフだった。そして2人には俺の所持する金額も伝えた。その額を伝えてアイテムボックスから一部を取り出すと、2人はようやく納得してくれたのだ。


 やっぱりただ者じゃなかったんだね、とセーラ。


 金に困ってる奴特有のニオイがしなかったから、おかしいと思ってたんだ、とはボンゾ。


 2人とも俺をどこかの貴族か何かだと思っていたらしい。ただ戦闘能力の高さから、俺が道楽で冒険者をやろうとしてるのではないと感じて、チームを組んでくれる事になった。いや、道楽と言えば道楽なんだけどな。この人生自体が道楽みたいなもんで、銃で撃たれたのだって今となっては楽しい思い出だ。


 そして今。


 勢いに乗って冒険者登録を済ませた俺たちは、互いにカードを見せ合って実力を確認しあっていた。


 まず、セーラ。


 名前 セーラ(Lv2)

 種族 エルフ 18歳

 職業 魔法使い(Lv5)

 HP 130/130

 MP 80/80

 筋力  9

 耐久力 9

 敏捷  20

 持久力 13

 器用さ 30

 知力  30

 運   25

 スキル

 ウィンドスラッシュ(Lv4)

 エアガード(Lv4)

 修復(Lv15)

 洗浄(Lv30)

 乾燥(Lv22)

 危険察知(Lv10)


 職業スキル

 木こり(鉈Lv9 斧Lv4 植物素材採取Lv28)




 筋力とスタミナ以外は異常に高い数値だ。こんな人材が魔法使いというだけで敬遠されるとか、世の中間違ってるだろう。加えてなんなんだ、このスキルは。まるで全自動洗濯機じゃないか。


「昔から家事とかでスキル使いまくってたんですよね。服とかもお金なくて新しいのが買えなかったから、修復スキルで直してたんです」


 苦労人だった。そりゃスキルも上がるだろう。




 次にボンゾ。こちらもかなりの高スペックである。




 名前 ボンゾ(Lv21)

 種族 ドワーフ 57歳

 職業 戦士(Lv18)

 HP 380/380

 MP 55/55

 筋力  30

 耐久力 21

 敏捷  9

 持久力 25

 器用さ 35

 知力  15

 運   25

 スキル

 兜割り(Lv15)

 どつきまわし(Lv9)

 憤怒(Lv4)

 仁王立ち(Lv34)

 捨て身のメガトンパンチ(Lv20)

 力加減(Lv20)


 職業スキル

 木こり(斧Lv25 鉈Lv22 植物素材採取Lv20)

 鍛治屋(ハンマーLv31 金属加工Lv30 金属細工Lv30 耐熱Lv35)





 物凄い戦士っぷりである。俺がこちらの世界に来た時よりも、多分強い。筋力30とかシャレにならない。確かに木の運搬の時に、普通に俺と一緒に木を引っ張ったりしていたからな。強いとは思ってたんだ。しかしスキルがまた男らしい。どつきまわしとか、どんな技なんだろう。仁王立ちのレベルが高いという事は、誰かを守って来たという事だろう。そこに捨て身のメガトンパンチ。嫁さんは3人。ここらへんがあまりにもドラマチックだ。


 気になるのが、鍛冶屋。何故鍛冶屋が木こりをやっているのか。ここには多分まだ触れない方がいい。向こうが話してくれるまで待とう。








 そして、俺だ。俺はまた更に少しレベルが上がった。




名前 カトー (Lv23)

 種族 人間 26歳

 職業 魔法使い(Lv18)

 HP  545/545

 MP  285/285

 筋力  58

 耐久力 55

 敏捷  40

 持久力 60

 器用さ 52

 知力  66

 運   50

 スキル

 ウォーターヒール(Lv5)

 ウォーターポール(Lv4)

 ウォーターカッター(Lv2)

 ウォーターミスト(Lv1)

 索敵(Lv3)

 力加減(Lv8)

 自動MP回復(小)

 成長促進(最大・効果範囲:小パーティー)

 

 職業スキル

 木こり(斧Lv12 鉈Lv8 植物素材採取Lv11)


※そろそろパンツが成長しそうな気がする……






 最後の文章は見なかった事にして欲しい。


 この数値を見た2人はピシッという音がなったように固まり、しばらく口が開いたままだった。確かにどう見ても人外である。俺もこのパラメーターを見た時に、攻略サイトで見たサイクロプスやミノタウロスを思い出した。だいたいこんな感じなのだ。これでパンツマンとか叫んだ時にはどうなることやら。


 しかし気になるのは成長促進に妙な記述が追加されている事だ。範囲が小パーティーって何だろう。小さなパーティーくらいだったら、俺同様に成長補正がかかるのだろうか。そんな事になったら2人も大変な事になりそうだ。


……いや、素晴らしいじゃないか。2人には幸せになってもらいたい。俺と組む事で強くなれるなら、それは最高の恩返しになるだろう。


「……カトーさん、何か顔が怖いですよ?」


「セーラ、やめとけ。これは多分、何か良くない事を企んでる時の顔だ」


 失礼な、俺は普段からこんな顔だ。


「2人とも、今日はここで解散する。明日はこの付近のモンスターで腕ならしをしよう。これから各自、自分に合った武器や防具を揃えてくれ」


 そう言って、俺は2人に約束した契約金2000万をそれぞれに渡した。まさか即金で渡されると思わなかった2人は戸惑ったが、恐る恐るアイテムボックスにお金を入れる。


「……なんか、改めてスケールの違いを感じました」


「益々嫁たちに説明しにくくなっちまったじゃねえか。失業して冒険者になっていきなり金持ちとか……」


 すまないな、そこはボンゾの人徳でなんとかしてくれ。










 さて今日の予定が丸々あいてしまった俺は、先ほど言ったように武器防具を探す事にした。ボンゾに助言を頼めば良かったかもしれないが、彼には妻の相手という大切な仕事がある。セーラにしても自分の買い物があるだろう。そこで俺は宿をとるついでにクロスのパーティーメンバーを頼ってみる事にした。あの高級ホテルなら多分出会えるだろう。今の俺なら割引も効くし、気軽に入れる。


 うろ覚えの記憶を頼りに通りを歩いた。この街に来て約1ヶ月経つが、あのホテルを利用したのは初日だけだから場所があやふやだ。あっちへ行きこっちへ行き、たどり着いたのは昼食時だった。懐かしいホテルのロビーに足を踏み入れると、いきなり懐かしい顔を見た。


「ルシアか。久しぶりだな」


「カトーさん?」


 シスターのルシアだった。彼女は相変わらずの修道士の服に身を包んでいる。ロビーには幾つも椅子とテーブルが置いてあるが、ルシアは何だか疲れた顔をして突っ伏している所だった。


「今から部屋をとって、食堂にでも行こうと思ってるんだが、一緒にどうだ?」


「あ、行きます。そう言えば朝から何もお腹に入れてませんでした」


 フラフラだった。俺は早々にカウンターで手続きを済ませて、ふらつくルシアを支えながら地下の食堂へ向かった。一体何故こんなフラフラになってるんだろう。今朝はクロスたちと一緒じゃなかったが、彼らとは別行動してるのだろうか。色々気になったので、食事をとりながらそこら辺りを聞いてみる事にした。


 それなりに賑わう食堂の、隅にあるテーブルに席をとる。適当に頼んだ定食を食べながら、ルシアの話を聞いた。彼女は少し前まで、クロスたちと離れて教会の依頼で動いていたのだそうだ。


 このフォーリードはマンディールという国の街の一つである。首都はここから海沿いに200キロほど北に行った所にある、キンロウという都市。ルシアの所属するミリア教会の総本部のある場所でもある。ルシアはそこの指示で、マンディールの兵士たちに随伴する仕事についていたという。


 兵士たちの仕事は、隣国との国境付近にある凶悪なモンスターの巣を壊滅させる事。冒険者や隣国の兵士たちと協力して行うという、大規模な仕事だったらしい。参加した冒険者の中にはクロスたちもいたが、ルシアは兵士付きだったため一緒に行動が出来なかったという。そのせいか、いつもと違って気苦労が耐えなかったのだそうだ。


「実は作戦中にケンカ沙汰が沢山あって、モンスターよりも仲間に怪我をさせられたって人が続出したんですよ。私、何だか馬鹿らしくなっちゃって……」


 ルシアは回復専門の医療班で働いていたとの事。ストレスに信仰心とMPと精神をガリガリ削られながらも頑張っていたらしい。


「仕事にくだらないプライド持ち込んで周りに迷惑かける人なんて、死ねばいいんですよね」


 非常に疲弊して別人のようである。ルシアとはあの日以来会ってないから人となりは掴めてないが、こんなキャラクターだっただろうか。俺の裸にドギマギしていた少女の面影はなかった。


「……大変だったんだな。良かったらデザートに甘い物でも食べないか、俺からの奢りだ」


「えっ、良いんですか!? やっぱりカトーさんって優しいですぅ……」


 食いつきが良かった。女性は甘い物を食べると機嫌が良くなると、昔同僚に教えてもらった。本当みたいで、暗く影を背負っていたルシアが明るい顔になった。メニューを見ながら迷うルシア。3つほどリストに上げていたのでその全てを注文した。パフェ、ショートケーキ、焼きプリン。これくらいで幸せになれるのなら安いものである。


「フレイちゃんが知ったら多分悔しがるだろうなぁ……後が怖い」


「その時はフレイも連れて来ればいい。ちゃんと働いて金銭的にも余裕があるから、この程度なら幾らでも奢れるよ」


 そう言うとルシアはプリンを食べながら嬉しそうに笑った。


「そう言えばカトーさんって冒険者になるかも知れないんですよね? 今朝ギルドに顔を出したらクロスさんと職員さんが話をしていたんで、私もちょっと話に加わって来たんです」


「ああ……それならもう登録を済ませたよ。そっちで俺の事を紹介してくれたから、やたらと手続きがスムーズだった。ありがとうな」


 俺はカードを作業着のポケットから取り出してルシアに渡した。スプーンを置いてカードを受けとるとルシアは案の定目を見開いて固まる。うん、面白い。誰かをビックリさせるのって気持ちいいな。プルプル震えるまでビックリされるとちょっと引くけど。しばらく震えていたルシアは、次に何故か青ざめた顔で、小声で俺に話しかけて来た。


(……スキルの項目に指を置いて、『隠蔽』と言って下さい。早く!)


「ん? ああ、分かった」


 何故だか凄い必死な顔だったので、言われた通りにした。隠蔽と唱えると、スキルの項目が消える。なるほど、見せたくない項目はこうして消せるのか。ルシアはスキル欄に何も無い事を確認すると、ホッとため息をついた。


「ビックリしましたよ、カトーさん……身体能力も凄いですけど、あのスキルは危険すぎます」


「一体なんのスキルの事を言ってるんだ? ああ、もしかして、あの補正のやつか?」


 ルシアは強く頷いた。


「レア中のレア、伝説と言われたスキルです。大昔にある国で、そのスキルを持った人が軍隊を指揮して無敵の兵士を作り上げたという話もあります。まあこれは御伽噺ですから本当か分かりませんけど、きっとやろうと思えば可能ですよ。そんなスキルを持ってると知られたら、カトーさんは色んな人に狙われると思います」


「……そうなのか。教えてくれてありがとう、とんでもない目にあう所だった」


 ルシアは難しい顔をしている。


「カトーさんは私の優しさレーダーに引っかかる人だから大丈夫だと思いますが。くれぐれも悪い事に使わないで下さいね。この事は誰にも言いませんけど、もしカトーさんが悪い事をして指名手配されたら公表しなくちゃならないですから」


「分かってるよ。幸い俺の仲間はいい人ばかりだし、犯罪に手を染めるような事をしてあいつらを悲しませたくない。ルシアの優しさレーダーとやらの信頼を損ねるような事にはならないさ」


「……優しいというか、お人好しですね、カトーさんは。ちょっと危なっかしいくらいに。でもそんなカトーさんだから癒やされるんだろうなぁ……」


 力を抜いて、ほにゃっとした顔になった。俺には癒やし効果があるらしい。般若とか鬼とか言われて怖がられてばっかりだったんだけどなぁ。


 俺への忠告を終え、気持ちを切り替えたルシアは緩い顔をしたままデザートを食べ尽くした。見ていて若干胸焼けのする食べっぷりだった。そして最後にさっぱりとした紅茶を飲んでから、食堂を後にした。


 ルシアは明日からクロスたちと合流して冒険者の仕事に戻るらしい。ルシア自身も今日のうちに装備を整えるつもりだったらしく、俺が武器防具の店を探していると言うと買い物に付き合ってくれる事になった。……単純に親切心からなのだろうが、ちょっとモテ期でも来たのかと勘違いしそうだ。俺を怖がらない女性なんて、日本じゃ考えられなかったからな。動物園のゴリラのメスすら、怯えて糞を投げつけてきたくらいだ。








 俺とルシアはフォーリードでも特に治安が良くて賑やかな大通りを歩いている。この通りは街を南北に真っ直ぐ貫いており、大型の馬車が行き交う道幅のある通りだ。ここに店を構えるのは、勿論かなり評価の高い良質な品物を揃えた店ばかり。ただ値段もそれなりに高いので、コストと質を吟味すれば裏通りなどで買い物をした方がいい。言ってみれば駆け出しの冒険者には縁の無い場所なのだが、ルシアはその通りの一角にある店を俺に紹介した。


「なあ、そんなに豪勢な剣や鎧なんて必要ないんだぞ?」


「何を言ってるんですか! 幾らカトーさんが強くても、せめて武器だけでもしっかりした物を手に入れなきゃ駄目なんです。安い武器を買って戦闘中に壊れたりしたら死に直結するんですから。このお店はこの街一番の武器屋です。一番安いナイフでも他のお店のブロードソードより頼りになると、クロスさんも言ってましたよ」


 怒られた。武器をケチって命を落とした人を見た事があるのかもしれない。防具よりも武器を優先するというのがルシアのイメージとかけ離れているが、確かにナイフ一本でも色々な使い方が出来る。防具より優先順位が高くなるのは、現実的なのだろう。


 ルシアの説教を受けて考えを改めた俺は、言われるまま武器屋の中へと入っていった。フォーリードの大抵の建物同様に真っ白な外観の建物だったが、中に入ると床は大理石で、壁も様々な鉱石を切り出してつなぎ合わせた凝った造り。そんなフロアいっぱいに、静かな光をたたえる剣や斧が並んでいる。一つ一つが異様な迫力を放っており、店内は異界と化していた。


「いらっしゃいませ」


 出迎えた声は美しい女性の声。見ると紫色の長い髪が印象的なエルフの女性が歩いて来た。柔和な表情で微笑みかけてくるその姿は、同じエルフのセーラには無い成熟した女性を感じる。少し見とれてしまったが、俺は直ぐにいつものポーカーフェイスに戻って要件を切り出した。


「自分に合った武器を探している。出来ればナイフや鉈のような汎用性のある物がいい」


「分かりました。お客様は今までどんな武器を使ってらっしゃいましたか?」


「昨日まで木こりの仕事で、斧と鉈を使っていた。斧なら片刃の小ぶりの物がいいんだが、ちょっとこの店には無いみたいだな」


 見渡した所、ここにある斧はかなりデカいものばかりだった。普通の人間なら持って歩くだけですぐバテそうだ。格好いいと言えば格好いいのだが、振り回したら仲間を傷つけそうで怖い。


「カトーさん、剣は使わないんですか? 長さが足りないとモンスター相手に不利ですけど……」


「ん? モンスターなら魔法で撃退するよ。それより邪魔な草木を薙ぎ払ったりできる鉈や、野外で獣を捌いたり野草や果物の採集に使えるナイフの方がいい」


「……そう言えば魔法使いでしたね、カトーさんって」


 ルシアが苦笑いした。あのパラメーターを見たら魔法使いだなんて思えないわな、普通。


 そんな会話を聞いていた店員が、何やら驚いたような顔をした。


「あの、もしかして……ボンゾという名前をご存知ありませんか? 私の主人なんですが、木こりの仕事をしていてカトーさんという仲間がいると言っていたのですが」


 お?


 おおっ、もしやこの人が!?


「ああ。それが今日失職して冒険者となったカトーなら、間違い無く俺の事だろうな」


「やっぱり! 私、ボンゾの妻のクレアと申します。うちの主人が何時もお世話になっております」


 綺麗な姿勢でお辞儀をする。丁寧すぎてこちらが恐縮してしまうな。


「ボンゾさんにはいつも助けられている。話を聞いたと思うが、彼を冒険者にしたのは俺だ。勝手に貴女達の日常を壊すような事をしてしまった。すまないと思ってる」


「いえ、主人も嬉しかったみたいで子供のように喜んでいました。私たちはあの人が笑顔でいられたらそれで良いんです。主人をどうか宜しくお願いしますね」


 ううむ、なんという良妻賢母。こういう女性を嫁に出来るボンゾは、やっぱり凄い人なんだろうな。そう思っていると、置いてけぼりのルシアが袖を引っ張った。


「あの、どういう事なんですか? この方の夫の人とお知り合いなんですか、カトーさん」


「ああ、木こりの仕事で一緒だった。気が合ったから一緒に冒険者をやろうと誘ったんだ。ギルドから派遣されてきた警護の連中より遥かに強いし、何よりいいやつだからな」


 そう言うとクレアは嬉しそうな顔をする。好きな人を誉められるのは、やはり気分がいいのだろう。初めて声をかけてきた時より幾分柔らかな表情になっていた。






 クレアは親切丁寧に武器の解説をしてくれた。ここには「かつて」ボンゾが造った武器が並べられているという。今はワケあって殆ど造っていない。品揃えが豊富な上に高性能な物ばかりだから、しばらく造る必要が無い、という事なのかもしれない。


 クレアのオススメはナイフだった。それも変わったナイフで、長さが鉈に近い。刃渡りは俺の肘から指先くらいの長さで、刃が若干内側に反っている。昔の戦争物の映画で見た『ククリ』というナイフに見た目は近い。


「カトー様の御要望にお応え出来るとしたら、この『ディメオーラ』が一番だと思います。主人の故郷で「風を司る神様」の名前ですが、その名の通り軽い上に丈夫で鉈としてもナイフとしても使えますから」


「確かに、刃渡りは絶妙な長さだ」


 森の中でバンプウッドと戦った時のシチュエーションを思い出してみる。あの状況でこの武器があったら。うん、ギリギリ振り回せる長さだ。重心が前に傾いているのも、力が乗せやすくて振り心地は良さそうだ。出来れば重い方がいいのだが、そこは追々慣れていけばいいだろう。


 値段は80万Yか。これは高いのか安いのか。昔ゲームをやってた時は敵からのドロップに頼ってたから、こうした店売りの武器の相場が分からない。出せる金額だから購入は躊躇わないけど少し気になった。


「これにするよ。ああ、気を遣って割引とかはしなくていいから」


「え、でも……」


「そうだな、もし気にするようなら」

 俺は隣にいるルシアを指差した。

「この子の買い物を割引いてやってくれないか。俺たちがすんなり冒険者になれたのも、彼女とその仲間たちの口利きがあったからなんだ」


「ぅええっ!?」


 びっくりしてルシアは声をあげた。


「まぁ、そうでしたか……。それなら、そうさせて頂きますわ」


「あ、あ、あの、カトーさん!? 私そんな大層な事してませんけどっ」


 慌てて手をパタパタするルシアに、俺は言った。持ちつ持たれつ助け合い、世話に成りっぱなしじゃ俺が嫌なんだ、と。何とか納得してくれたが、その後やたらとキラキラした眼差しを向けてくるようになって少し居心地が悪かった。




 ちなみにルシアが買ったのは杖などではなく、鋭利な刃物がついた手甲だった。今日1日で俺の中の彼女のイメージは、かなり物騒な物となった気がする。









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