エルフの森 連続ツルツル事件(七)
危機は去った。
いや去ってしまっては何の解決にもならないんだが、完全にペースを握られていた状況を打開出来たのは大きい。あのまま攻められ続けていたら、きっと女性陣に被害が出ただろうから。
毛玉は思いのほか強敵だった。何らかの対策を講じないと、次に遭遇した時にまた同じ状況に陥ってしまうだろう。セーラの強烈なカウンター魔法で結構なダメージを与える事には成功したが、俺の索敵スキルは先ほど3km離れた所に生きた毛玉の反応を捉えている。毛玉はかなりのスピードで逃走し、索敵範囲から抜け出てしまった。
「みんな、お疲れ様。怪我は無かったか」
声をかけるもセーラ以外の表情は固い。怪我は無さそうだが、やはり戦闘で圧倒されたのがショックだったのだろう。よく考えるとクマさえも肉弾戦で圧倒する相手に無傷な女性陣も、充分凄いのだが。
「ねえ、カトさん」
「ん? どうした、やっぱり怪我したのか?」
「ううん、そうじゃないんだけど」
そんな中でも一際不安げな表情のリリーが、言いにくそうに話しかけて来た。
「これを見て」
差し出されたのはリリーが愛用している銅の剣。ボンゾが鍛えただけあって未だピカピカに輝いてはいるが、何やら刀身の一部が黒く煤けている。はて、どうしたんだろう。
「まさか『火炎剣』を使ったのか? 森の中で使うのは避けた方がいいぞ」
「ううん。使ったのは、あのモッサンだよ」
………。
……はっ!?
「私が戦った分身、木の枝を持って回転しながら、ハッキリと『火炎剣』って言って枝を燃やしたの。剣で受けたから何とか凌げたけど、焦げちゃった。……どう思う?」
どう思うって、いや、訳わからんぞ。あの毛玉は一体何者だ? 戸惑う俺に次はフレイが話しかけて来る。
「それなら私も報告! なんかさ、あのネズミ、木を飛び回りながら空中で変な回転したんだ。で、ナイフ投げたらすり抜けた。あれってイワクイツバメってモンスターがよく使う回避技の『ひるがえり』だと思うんだけど、なんであのネズミが使うんだろ」
おいおい……
フレイの言葉に、俺は嫌な既視感を覚えた。リリーが火炎剣で襲われた事、他種のモンスターのスキルを使える事……。少し前にそんな敵と確かに戦った。リリーの顔色が悪いのはその時の記憶がよみがえっているせいだろう。無理もない、あの戦いは俺ですら絶望しかけた最悪の戦いだった。
マルセル・マニマル。寄生した宿主をモンスター化させる粘菌を操り、その粘菌の貪欲な『スキル食らい』の性質を利用して自らを強化していた男。あの毛玉の多彩すぎるスキルも、あの男が関わっていると考えるととても自然に思える。
しかしあの時、奴は確かに死んだ。既にモンスター化した人間を殺した事はそれまでに一度あったが、人を人として認識していながら殺したのはあれが初めてだった。だからその時起こった事は強烈に心に残っているのだが、今思い返してみてもあの状況で暴走した粘菌が生き残る可能性は少なかったように思う。あの黒衣の男の発動した『ホーリーレイン』は、間違いなく粘菌たちを殲滅していたのだから。
「カ、カトーさん?」
「ん? ああ、すまないフレイ。どういう事か考えてみたんだが全く分からなかった」
「ううん、そうじゃなくて……」
恐る恐るという表情で声をかけてくる。見ると他の女性陣も何やら心配そうに俺を見つめて……なんだ?
「髪の毛、大丈夫? なんかすっごい臭いし、ぺちゃってなってるよ」
髪の毛?
………。
あ。
そういえば唾液か何かかけられたな。どうなってるんだろう、ハゲたかな? 元々スキンヘッドだった俺には痛くも痒くもないが、臭いのは確かに問題だ。俺はすぐに水魔法で頭を洗う事にした。
先ず『ウォーターキュア』で状態異常を回復。今回は『異臭』『不潔』で、ゲームでも一定時間宿に入ったりしないとこの状態になった。臭いのせいでNPCから避けられたりモンスターに見つかりやすくなったり、王宮に出入り出来なくなったりと細かなデメリットが多い状態変化で、風呂に入るか『ウォーターキュア』で回復可能だった。放置しておくと『病気』になり、ステータスが全体的に低下したり他の状態異常になりやすくなる。俺は念入りに頭を『ウォーターキュア』でわしゃわしゃ洗い、次に頭皮が荒れないように『ウォーターヒール』をかけた。これで清潔になったと思う。臭いもしなくなったし。
「なあ、一応洗ってみたんだがどうだ? 鏡を持ってないから自分の頭がどうなってるか分からないんだ」
そう尋ねると皆は、意外な事に呆けたような表情でこちらを見たまま反応しなかった。おや、どうしたんだろうか。そんな酷い状態なのか、ハゲ散らかったりしているのだろうか。心配になった俺は比較的普段通りなセーラに再度尋ねる。するとセーラは頬を赤く染めながらこんな事を言った。
「カトーさんは髪があると印象が凄く変わりますね! 髪の毛もサラサラしていてとっても綺麗です!」
む?
突然容姿を褒められたぞ。セーラの視力は大丈夫だろうか。しかし続けてルシアまでもが褒めるような事を言う。
「驚きました……人って髪型だけでここまで印象が変わるんですね。今のカトーさんはハッキリ言って劇場の二枚目スタアって感じで格好良いですよ。何で今まで髪の毛を伸ばさなかったんですか?」
スタアって。えらく時代がかった言い方だがこの世界の娯楽って演劇なのか。というか俺が二枚目とか冗談にも程がある。俺程度が二枚目なら役者はゴリラとか怪獣とか魑魅魍魎で溢れかえってるんじゃないか。しかしルシアはそう言う俺を軽く睨むと、手鏡を取り出し俺に向けて言った。
「これだけの容姿をしていてそんな事を言ったらイヤミにしか聞こえません。絶対いつか刺されますよ。もっとも刺してもカトーさんなら死なないと思いますけど」
手鏡の中には……なんだ、いつも通りの俺の顔じゃないか。怒り眉に、何の色気も無い一重目蓋。一度部活で折れて少し太くなってしまった鼻筋と、ゴツい体格に似合わない貧相な顎も変わらずだ。魔法で美形に変化したのかと思ったらガッカリの結果である。変わったと言ったらセーラたちが結ってくれたボンバーヘアーがストレートヘアーになった事くらいで、毛玉の唾液に俺の髪は耐えきったようだった。しかし肩より長くなってしまった髪の毛は単に鬱陶しいだけで、ルシアが褒めるに値する物には見えないんだよな。が、間違ってるのは俺の方なのか、リリーやフレイもルシアの意見に賛成なようだ。
「カトさんって身体つきはごっついけど顔は結構良いもんね。髪の毛あると若返った感じだよ、なんか初めて同い年だって実感したわ」
「うん。若返ったってのは凄く分かる。っていうかカトーさん髪の毛綺麗すぎ! 針みたいだったのに、変わりすぎだよ!」
なんか恥ずかしい。
女なら髪の毛を褒められたら嬉しいかも知らんが、俺は男なんだ。大体髪の毛なんて戦いに邪魔だろう。視野が狭まるし相手に掴まれるし、良い事なんて一つも無いと思っていたんだが。
「こうなってくると、カトさんの囮作戦は考え直した方が良いね。せっかく髪が生えて格好良くなったのに、モッサンに食べられるのはみんなも嫌でしょ?」
「そーだね、それは本当にそうだ。カトーさんの髪の毛を守りつつ、あのネズミをやっつける方法を考えなきゃ」
次第に話が変な方向に。
「いや、この件が片付いたらまたツルっと剃るぞ、俺」
「「「「それはダメ!」」」」
セーラを含めた全員に否定された。なんなんだよ、一体……
結局、毛玉対策より俺の髪の保護を中心にした作戦会議が、俺を抜きにしてしばらく続いた。彼女たちの思考回路はいまいちよく分からんな。
戦闘を終えて倒木ベンチに戻った俺たちは、また食事の続きをしながら毛玉との戦い方を話しあっていた。今回の遭遇で一応毛玉の特徴はある程度掴めた。そしてそこから戦い方を模索しようとしたのだが、俺はふとある可能性……というか危険性に気づいてしまい、背中に嫌な汗をかいていた。
この森には、火山性ガスの溜まる場所がある可能性が高い。ガスが不燃性なら問題ないのだが、十中八九硫化水素のような空気より重い可燃性ガスだろう。そんな物に毛玉の火炎剣が引火したら、ひょっとして凄まじい火災に発展してしまうんじゃないか。粘菌の件といいガス問題といい、今回の仕事はなかなかに骨が折れそうだ。
「やはり、一度この森に詳しい人にガス溜まりの出来てる場所を教えてもらった方がいいな。戦闘する場所に気をつけないと大変な事になる」
火山性ガスの危険性を皆に説明すると、やはりリリーは責任を感じているような表情で顔を曇らせた。
「やっぱりあの流れで火炎剣を身につけたのかなぁ、あのネズミ。あの時私が血を奪われなければ、こんな事にはならなかったんだよね」
「いや言っても始まらないだろう、それは。第一火炎剣はそれほど珍しい技じゃないからリリー経由で覚えたのかも定かではないし、そもそも毛玉の異常性があの粘菌がらみだと100%確定しているわけじゃない。今大切なのは、大火災を発生させないように奴を仕留める事だけだよ」
「うーん、そうかもしれないけど……。それに、個人的にあの村に戻って色々聞くのも嫌だよね。絶対あのてっぺんハゲ、お金を要求して来ると思うよ」
「何を言ってるのやら。あんな村に戻らなくても情報は聞き出せるだろうに。いるだろ、アイツらよりも森に詳しい人物(?)が」
はて、と首を傾げるリリーだが、セーラはすぐに誰の事を言ってるのか分かったようだ。
「猫さんですね! 猫さんなら、沢山生きてるからこの森にも詳しいはずです!」
「その通り。多分シマ君ならエルフ以上にこの森に通じてるし、知識も豊富だろう。丁度この近くの遺跡にいるみたいだし、会って色々と聞いてみよう」
午後の予定は、こんな感じですんなりと決められた。シマ君も恐らくこうなる事を予測して「遺跡にいる」と言っていたのだろう、索敵スキルで探すと相変わらず遺跡に青い味方の反応があり、そこから動かずにいる。丁度良い、何故こんなに俺たちに親切にしてくれるのかも聞いてみよう。それに……
ミシェルから買い取った報告書。そこに記述された大戦時代の遺跡というのにも興味があった。もしかしたら俺以外のマレビトの情報があるかもしれない。そんな事を考えながら、俺は固いハムチーズサンドを頬張るのだった。
◆◆◆◆その頃、遺跡にて◆◆◆
カトーたちが昼食をとっている場所から、2kmほど離れた森の中にその遺跡はあった。外観は完全に巨大な岩。長い年月で表面はびっしりと苔で覆われ、そこからキノコや草がひょろ長く伸びている。見ようによっては大きな苔玉に見えるかもしれないが、それが実は大戦時代にマレビトが作った基地だったと分かる人は中々いないだろう。そんな苔玉の中で、その猫妖精は一人静かに窓から外を眺めていた。窓、である。外からは全く分からないが、内側は人が住むのに充分な環境が整えられており、この遺跡は倉庫と宿舎を兼ねていた。広さにして60畳はあろうか、小学校の体育館くらいの規模の大きさであり、いくら岩が巨大だからと言って内側にこれだけのスペースを備えているとは、物理的に有り得ない事だ。勿論その有り得ない事を実現させたのは当時のマレビトたち。ゲーム『ワイルドフロンティア』におけるトッププレイヤーたちの中でも、生産者として活躍していた人々の手によって、この遺跡は作られたのだ。
遺跡内部は『錬金術』によって作られた特殊な金属が使われており、千年以上過ぎても劣化せず、当時のままの姿を今に残している。乳白色の床の上には幾つものベッドが並び、その光景はまるで大きな病院の一室に見えた。大きな窓からは雨に濡れる木々が見え、所々で風を受けた枝が窓を激しく叩いていた。誰も居ないベッドの上、柔らかさを失わない布団の上で、猫はただ外を眺めて物思いに浸っていた。
エルフたちはこの遺跡の存在を知っているものの、内部に入る事は出来ていない。それはこの遺跡のセキュリティーに引っ掛かるからだ。かつてこの地は戦の最前線だった。あまりにも激しい戦いが繰り広げられており、そんな戦いに身を置けたのは異常とも言える戦闘能力を誇るマレビトたちと、魔族たちの作り出した兵器モンスターだけ。そんな中で、自分たちマレビト以外の侵入を完全シャットアウト出来るような安全地帯としてこの場所は作られた。
シマと呼ばれた猫妖精はこの遺跡の番をしている。彼だけはマレビトでなくともセキュリティーに引っかからず、自由に出入り出来るのだ。それは彼がマレビトによって『造られた』存在だったからだ。マレビトたちの開発した、魔族の兵器モンスターに対抗する手段。それが人造妖精のシマだった。
「なあ、ご主人様。もしかしたら千年ぶりに客が来るかもしれん」
ぼんやりと、そんな事をつぶやいた。
「この時間の止まった部屋に、久々の来客や。ここで人の声を聞く事なんてもう無いと思うとったんやけどな」
脳裏に浮かぶのはかつての仲間たち。血まみれになって、ボロボロになって、けれど闘志を無くさなかった戦士たちの姿だ。彼らと共に戦った日々はシマにとってかけがえの無い宝物であり、時折こうしてこの場所に来ては当時を思い返して過ごしていた。追憶と戯れる、という言い方の方が相応しいかもしれない。遺跡と共に、シマの時間も止まったままなのだ。
「プレストもゲイリーも、この場所を嫌って近寄りもせん。嫌な思い出が多かったとか言うとったけど、もしかしたらご主人様を嫌っとるんかも知らんな。俺を戦争の道具にするのに最後まで反対しとったし、目的の為なら簡単に自分をないがしろにして……人間を捨ててまうのも、理解出来んと言っとった。けどな、俺はご主人様の事が好きや。誰が何と言おうと、俺を造ってくれたご主人様が好きや。だからご主人様が眠るこの場所を、俺は守り続けとる」
ゆっくりと部屋の隅を向き、そこにある扉を見つめるシマ。扉は強固な結界で封印されており、見る物に凄まじい威圧感を与えている。しかしシマは微笑みながら言葉を続けた。
「けどな、流石にずっと独りは辛い。この場所を誰も好きになってくれないのは辛いんや。だから……な。千年ぶりにここに人を呼ぶのを、許してな。あの兄さんならきっと、ご主人様を嫌ったりせんと思うから」
その言葉に返す者は誰も居ない。ただ、シマの目には扉から放たれる威圧感が幾分和らいだように見えた。
おおきに、とシマは呟く。
その日、遺跡は千年の時を経て初めてそのセキュリティーを解除した。それは彼らの止まった時計の針を再び動かす切っ掛けとなったのだが、今はまだその事に気づいている者は誰もいない。
新たなる風が、すぐそこにまでやって来ていた。




